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第28話 世界のための嘘④

 開いた口がふさがらなかった。


「そんな、馬鹿な話が……。それって、本物の魔王がすることと何が違うってんだよ。結局虐殺してんだから、偽物だろうが本物だろうが同じじゃねえか!」


 あまりにも頭のおかしい作戦に、たいていのことに無関心な俺でさえ、声をあらげた。


「しかも、ただの予測だろ? 本当にそうなるかもわからねえのに、よくそんなことしようと思ったな!」


「ローさんローさん」


 リレットが俺の服を掴む。


「本物の魔王なら、世界なんて一瞬で消せちゃうんだよ? 偽物の力なんて、それに比べたらかわいいものだよ。長い年月をかねて、ご丁寧にちょーっとずつ街や村を消していくんだから」


「おまえはどっちの味方なんだ!?」


 リレットのこのいつもと変わらない態度にイライラしてしまい、思わず怒鳴ってしまった。


「どっちでもないよ?」


 だがリレットは首をかしげただけで、とくにダメージは受けていないようだった。


「じゃあ、頼むから少し黙っててくれ」


 リレットは「はーい」と気の抜けた返事をした。

 俺は気を取り直し、再びブレイズを問いただす。


「そんな非人道的な作戦を、国王は知っているのか?」


「知らぬ。知っているのは、我々『影』だけだ。我々は魔王の誕生を危惧する人間の集まりで結成された組織なのじゃ。『赤の国』以外の人間も何人かおる」


 他の国のやつも関わってんのかよ。そいつらは自分の国が偽の魔王にやられても、何も感じないのか?


「だが、誰かがやらねばならなかったのじゃ。でなければ、でなければ魔王が生まれてしまう。そうなれば、世界は本当に滅ぶのじゃ」 


「それはただの推測だろ!」


 俺の言葉に、ブレイズの目つきが変わった。


「おまえに何がわかる! 何も背負わない人間が! 民を、国を、世界を、少しでも危機から救うために、我々がどれだけ戦っていると思う! 何十年もそのことだけを考えてきたのじゃ!」


 ブレイズは体を震わせる。


「我々の作戦はうまくいっている! 現に今、魔王は現れていない! 我々が、偽の魔王が、光を消しているからだ! 我々がそうしていなければ、今頃世界などなくなっている!」


 ブレイズは声を張り上げすぎたのか、ゴホゴホと咳込みはじめ、騎士たちが「大丈夫ですか」と寄り添う。


 ブレイズはかなりの歳だった。チョンとつつけば今にも倒れてしまいそうなほど、弱っているのがわかった。


 だが彼の力強い意志に、背負ってきた想いに、俺は圧倒された。

 その生涯を、世界を救うために捧げてきたのだとしたら、そのこと自体は尊敬に値すると思ってしまった。



「魔王本人は、知っているのか?」


 俺の怒りはおさまっていた。

 むしろ別の感情がわき上がってきていた。


「知らんよ。あれは、何も知らん」


「じゃあ、あいつは誰なんだ?」


「孤児じゃ。赤子のころに引き取り、魔王として育て上げた。十七年前、あやつが五歳のときに魔王としての最初の任務をこなした。見た目は変身魔法で変えておるから、誰もそれを子供がしているなどとは夢にも思っておらんじゃろう。それからは、自分のことを本物の魔王だと思っている」


「まーさんのあの黒い姿は偽物だよ。本当の姿は、あの赤いほう」


 それについては、そうなんじゃないかと思っていた。


「魔王の見た目を醜くしたのは、わざとか?」


「ああ。そのほうが、魔王らしく見えると思っての」



 俺は息を吐き、空を見上げる。

 様々な情報が一度に押し寄せてきて、もういっぱいいっぱいだった。


 別に魔王と仲良しだったわけじゃない。

 本人すら知らないあいつの秘密を知って、俺がショックを受けてどうすんだ。


 頑なに自分の顔を隠そうとした魔王。

 ありがとうと言われて嬉しそうにしていた魔王。


 けどあいつの人生をかわいそうだと思ったとして、それがなんだっていうんだ。 


 世界のことだって、俺は別に世界を救いたいなんて思っちゃいない。村のみんなさえ元気ならそれでいい。

 俺ができるのは、手の届く範囲の人間を気に掛けることくらいだ。


 このじいさんのように、知らない誰かを救うために、まあやり方は非人道的でまったく褒められたもんじゃねえけど、それでも懸命に、平和のために、人生を捧げている人を、すごいと思ってしまう俺はおかしいのだろうか。


 ずっと村で過ごし、何もしてこなかった俺には全てが衝撃的で、規格外で、ああ、自分には何の力もないんだ、何もできないのだと、あらためて気付かされた。


 つーかなんで落ち込んでんだ俺、もうわけがわからん。



「聞きたいのじゃが」


 ブレイズはリレットを見る。


「なぜ、魔王が偽物だとわかった? その話を誰から聞いた? 」


「気になる?」


「わしらの中に、裏切り者がいたということじゃからな」


 裏切り者? ダートのことか? 

 俺はうなだれながらも会話だけは聞いていた。


 いやでも、リレットはダートと会う前から魔王が偽物だと気づいていた気がする。


 俺は最初にリレットと魔王に会いに行ったことを思い出していた。

 あの時のリレットの態度は、今思えば偽物だとわかっていたからこその振る舞いだった。


「内緒だよ」


 リレットは唇に人差し指を当てる。これは言う気はなさそうだな。


「ちなみに、ダートさんじゃないよ。ダートさんがわたしと一緒にいたのは、わたしが脅したからだよ。ダートさんが死んだのも、わたしの作戦のせいなんだよ」


 ブレイズは少し面食らった顔をしたが、すぐにとても柔らかい表情に変わった。


「ほっほっ」


「なあに?」


 リレットは眉をひそめる。


「ダートをかばう必要などないぞ。あれは気弱そうにみえて、自分の意思をちゃんと持っている」


「ダートさんと仲良かったの?」


「ダートはわしの孫じゃ。ダートは赤色ではないのは、母親が水の国の人間だったからじゃ」


 リレットの手がピクリと動いた。

 表情は普段と変わらないが、一瞬動揺したように見えた。

 

「ダートは自らの意思で死ぬことを決めたのじゃろう。そうすべきだと思ったら、あやつはそうする。そもそもあやつは自分と同じ歳の魔王のことを昔から気にかけておった。我々の計画にも、ずっと疑問を抱いておったのじゃ」


「ふーん」


 リレットはとくに興味はないといった感じに振る舞ったが、

「思っていたより、優しいお嬢さんのようじゃ」

 とブレイズは微笑んだ。


「勘違いしてほしくないから言っておくけど、こう見えてわたしほんとに優しくないよ。自分の目的のことしか考えてないんだから。ねっ、ローさん」


「ああ。こいつは本当に優しくねえぞ。自分じゃなにもしねえくせに、口ばっか達者で、人をこき使ってばっかだぞ。魔王なんかよりよっぽどたちが悪い」


「ローさん、いいよいいよ。もっと言って」


「否定しねえのかよ」


「だって良い人と思われたら嫌じゃない?」


「なんだそりゃ」


「ほっほっほ。そうかそうか」


 ブレイズがまた微笑んだので、リレットが居心地の悪そうな顔をした。こいつのこういう顔ってなんか新鮮だな。



「そんなことよりっ」


 リレットは両手をパンッと合わせる。


「魔王ごっこを終わらせる、いい方法があるんだけど、興味はある?」


 そう言うとリレットは、ブレイズにある作戦を伝えはじめた。


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