第20話 赤の国②
門番との一悶着はあったが、なんとか街に入ることができた。
巨大な門をくぐると赤一色の景色が広がっていた。
赤土の地面に、赤いレンガ造りの建物。道は細く、頂上へと続く坂道の途中に建物が規則正しく横一列に並び、それが頂上まで十段以上続いている。
「まるで階段だな」
なんとも面白い形をした街だ。よくもまあこんな傾斜のある場所に街を造ろうとしたもんだ。
だが建物の赤が、俺の馴染みのある赤ではなかった。
「この赤って、なんか塗ってんのか? すげえ赤いんだが」
俺の村の家も赤土と赤岩でできているが、ここまで発色の良い赤じゃない。
「ここは国王がたびたび訪れる街なんです。そのため、街の人々は毎日建物の壁を磨き、美しい赤を維持しているんです」
「岩って磨くとこんな色になんのか?」
「はい。赤岩は土ぼこりや風化などで本来の赤がくすんでしまうんです。赤褐色の岩山も、磨けばこうなりますよ。大変な作業ですがね」
なるほど。
圧巻だ。だが見慣れない色すぎて目が痛くなる。キョロキョロしながら歩いていると、あることに気がついた。
周りの人々の、俺に対する視線だ。汚物でも見るかのように、こちらを睨んでいる。
街にいる人間はほとんどが赤色で、青や緑、黄色なんかもちらほらいるが、七国以外の色の人間は一人も見かけない。
街が入る人間をかなり厳しく選んでいる証拠だ。
この街にとって、俺は異物なのだ。
俺は自分に向けられる視線は慣れているし気にはしないが、俺と一緒にいれば、こいつらも巻きこむことになる。
「なあ、今日ってなんかしなきゃいけねえことあるか? ねえなら、別行動したいんだか」
ダートは一瞬どうしてそんなことを言うんだというようにポカンとしたが、すぐに理由を察したようで
「すみません。わかりました」
と少し申し訳なさそうに謝った。
「ただ、宿までは一緒に行きましょう。泊まる場所は同じにしてと言われています。そこで部屋をとってから、別行動にしませんか?」
ダートに案内され、街の中心部近く、六段目くらいある小綺麗な宿屋へとたどり着いた。
店主は俺を見るなり眉をひそめたが、ダートが金をだして何やら話をすると、しぶしぶ金をうけとり、ダートに鍵を二つ渡した。
こりゃ、俺だけじゃ絶対に泊まれなかっただろうな。
「僕はまーさんと同室ですが、ロジさんは一人部屋です。お疲れでしょうから、ゆっくり休んでください。それとこれは、リレットさんから渡すよう言われていたお金です」
そう言ってダートはポケットから硬貨が入った小袋を取り出した。
「いやいや、こんなのもらえねえよ。少しは持ってるから大丈夫だ。これはおまえらで使ってくれ」
ダートは何やら言いたそうだったが、俺が首を振ると何を言っても受けとる気がないと判断したようで、
「すみません。わかりました」
とまたしても申し訳なさそうに謝ってきた。
「ところで、一つ頼みがあるんだが」
「なんでしようか?」
「転送魔法の魔導具って作ったりできるか?」
「転送魔法ですか?」
俺は一人では村に帰れない。
だが、転送魔法の魔道具があれば、もしもの場合隙を見て帰れるかもしれない。
ダートは俺の目をじっと見つめ、
「作れますが、一日待ってもらえますか?」
と意外にもすぐさま了承してくれた。
「えっ? あ、いや、急いでないんだ。ゆっくりでいい。助かるよ」
詳しく事情を聴かれるかと思ったが、ダートは何も聞いてこなかった。
俺が村に帰りたいことを知っているからなのかもしれない。
なんにせよ、それさえあれば少し安心できる。
「いくら払えばいい?」
「いえ、お金はいりません」
「そんなわけにいかねえだろ」
タダで作ってもらおうなんて思ってない。
「では……、そうですね。僕からもお願いがあります」
「わかった。なんだ?」
「今日の夜ご飯は三人で食べませんか? ご馳走します」
「……それのどこがお願いなんだ?」
俺は眉をひそめる。
「このお願いをきいていただければ、魔道具をお渡しします」
「おまえは損するだけじゃねえか」
「そんなことはありません」
ダートは微笑む。もしやリレットになんか言われたのか?
これが何かの作戦だというのなら、俺が従うことがダートのためになるのかもしれない。
礼はまた別の機会にするか。
「はあー、わかったよ。けど、それまでは別行動だ。夜にまたここに戻ってくるよ」
夜、ダートに連れられてやってきたのは、街の下段のほうにある古びた食事処だった。建物は磨いていないのか、くすんだ赤色をしていた。
「いらっしゃい」の一言もなく、厨房からちらっと顔を出したのはいかつい頑固親父といった雰囲気の赤髪赤目の男性だった。
俺たちをちらっと見ると、またすぐに厨房へと引っ込んだ。
やはり、俺は歓迎されていないな。
薄暗く狭い店内には他の客の姿はなかった。あまり人気店には見えないなと思いながら店内を見ていると、「お伝えしていたのを、お願いします」とダートが厨房に向かって声をかけた。
心なしかダートの声がはずんでいるような気がしたのだが、その理由はすぐにわかった。
出された食事が、とてつもなく豪華だったのだ。
美しく飾られた、見たこともない料理の数々。新鮮な野菜と柔らかい肉、何より感動したのは、魚がでてきたことだった。
魚は海がある青の国でしか捕れず、他国にはわずかな量しか流通していない。
もちろん、俺は食べたことはない。
この国で魚を食べようもんなら、いったいどれだけの大金が必要なのか、見当もつかない。
魔王は宝石でも見るかのように目を輝せ、口いっぱいに料理を頬張っていった。
「お、おい。これ、一体いくらするんだよ?」
俺はダートに小声で話しかける。
「気にしないでください。ちゃんとお金はありますから。さあ、もたもたしていたら、まーさんに全部食べられてしまいますよ」
話している間も魔王は手を休めることなく、料理を胃袋に流し込んでいた。
確かに。
このままじゃ、食べる分がなくなってしまう。
その後は三人とも無言で食べまくった。
店主は相変わらずむすっとした顔で料理を持ってくるが、そんなことはもうどうでもよくなっていた。
「人生で一番うまい」
あまりの美味さに思わず声がもれたが、その言葉を料理を持ってきた店主が聞いていたようで、去り際の横顔をちらりと見ると、優しい笑みが口角に浮かんでいた。
「うれしかったみたいですね」
ダートが店主に聞こえないようにこそっと話してきた。
「若い頃は辺境の村を訪れては、無料で料理を振る舞っていたんだそうです。おいしいと言ってもらえることが、何より嬉しいんですって。目つきが悪いせいで、そんなふうに見えないですけど、とても優しい方なんですよ」
ダートがニコリと笑う。
あの目は俺を軽蔑していたわけではなかったのか。
胸の中に、あたたかい灯りがともったような気がした。
その日の夜は、久しぶりによく眠ることができた。何年ぶりだったろう。
部屋の扉をドンドンと叩く音で目が覚めると、太陽はとっくに高くまで昇っていた。
「へいへい、なんだよ」
寝ぼけたまま扉をあけると、そこにいたのは魔王だった。
「ダートがいないんだが、どこに行ったか知らないか?」




