第16話 魔王信仰
翌朝、俺たちは次の目的地へと出発したのだが、そこに着くのに少し時間がかかった。
リレットいわく、その場所には直接転送魔法では行けないため、いくつかの場所を経由する必要があるのだそうだ。
魔王はまだ灰の人との件でご機嫌斜めのようで、ダートが変身魔法をかけようとすると、「近づくな!」と手を振り払い怒鳴った。
「嫌ならそのままでいいよ」とリレットは言ったが、ひと目で魔王だとバレるのにそのままでいいわけないだろうと、俺とダートは反対した。
「無理矢理したらかわいそうでしょ? 別に困らないんだからいいじゃない」
リレットは全く気にしていなかった。
「まーさんはそのままの格好でいてもいいけど、一つお願いがあるの。これから行く場所では、自分のことを魔王だとは言わないでいて。この約束を守ってくれたら、そのままでも大丈夫」
そんなことに何の意味があるんだ。誰だって魔王だと気が付くのに。
魔王は返事こそしなかった。拒否しないということは、了承したということだろう。
ダートがリレットの指示通りに転送魔法で俺たちを運び、いつくかの場所を渡っていく。俺とダートは人に見られやしないかとヒヤヒヤしていたが、運良く誰にも出会わなかった。
そして何度か転送魔法を繰り返し、ある場所にたどり着いた。
「ここって……」
これまでの赤い景色がガラリと変わり、驚きのあまり言葉を失った。
そこは森だった。
森に来たのは初めてだった。
村からでたことのない俺にとって、森は話でしか聞いたことのない場所だったのだ。
緑の国の象徴でもある森は、俺の想像をはるかに超えて美しかった。
太い幹、力強く伸びる枝、光にあたりキラキラと光る緑の葉、そのどれもに心を奪われた。
嗅いだことのない森の匂いはすーっと俺の身体に入ってきて、なんとも言えない心地よさで包んでくれた。
「すげえな。これが森か」
そして森があるということは、ここは緑の国ということだ。
「ロジさん、森は初めてですか?」
キョロキョロとあたりを見回す俺に、ダートが声をかけてきた。
「ああ。ガキのころ、一度だけ赤の国にある木を見に行ったことはあるが、森じゃなくて狭い空間に木が何本か植えられただけの場所だ。葉の色も緑じゃなかったし」
俺は木を見上げながら、昔を思い出す。
楽しみにして見に行った森は、森というには小さすぎた。
それでも、俺はその木を見て感動した。
「僕もそこに行ったことがありますよ。あれは緑の国から木を持ってきて植えたらしいです。最初は緑の葉っぱだったそうなんですが、赤い国の赤土のせいか、次第に葉が赤くなっていったそうです。環境が変わると植物も変化するようです」
「じゃあ、赤の国でこういった森を見るのは不可能なのか」
「土ごと持ってくれば、できるかもしれませんね」
などと雑談をしていると、
「おい。そんなわかりやすい格好をしていては、殺されても文句は言えないぞ」
と誰かの声が聞こえ、驚きのあまり体がビクッとなった。
声のしたほうを向くと、男性がいた。四十代くらいだろうか。上下薄緑色の服を着ているが、髪は青く、瞳も青だった。緑の国の人間じゃない?
「そっちの三人は、我々の仲間になりに来たのかな? おや……?」
男性は俺たちを見て、何かを感じたのか、口を閉じた。
しばしらくお互い見つめ合っていたが、その沈黙を破ったのは小さな男の子だった。
五歳くらいだろうか。柑橘の果物に似た色の髪と瞳だ。黄色をもっと濃くしたような色で、首から石のペンダントをさげている男の子が、森の奥から走ってきた。
「ようこそ! ドゥールの隠れ家へ!」
そう言って、笑ってみせた。
ちょっと待て。
今、ドゥールって……。
俺はダートを見る。
ダートも唖然としていた。
「おい。ここって、まさか」
「ドゥールの隠れ家だよ! ようこそ!」
男の子は両手を広げた。
「リレットさん!!」
ダートは声を荒げた。
「どうしてここに来たんですか! 何を考えているのですか?」
珍しく、ダートが怒っている。
「何か問題でもある?」
だがリレットは動じない。
「あるに決まっています! もし本当の……」
本当の、といいかけて、ダートは口を噤んだ。顔は真っ青だ。
「なになに? どうしたの?」
男の子が興味津々でダートとリレットのやり取りを見つめる。
「なんでもないの。わたしたち、ドゥールに関心があって、ぜひ話を聞きたくて来たの。よければ、いろいろと教えてほしい」
「大歓迎だよ!! ドゥールはいつでも仲間を集めてるんだから」
男の子は両手を広げ、心底嬉しそうに笑った。
「そういうことなら、家に案内しよう。立ち話もなんだからな」
突然現れたにもかかわらず、男性は俺たちを快く迎え入れてくれた。男性とリレットが先を行き、俺たち三人は後ろをついて行く。
「おい、さっきから何の話をしているんだ? ドゥールとはなんだ?」
魔王は少し機嫌が戻ったのか、そのことを忘れているのか、普通に話しかけてきた。
俺はこいつに言っていいものかと考えていたが、ダートがしぶしぶ答えた。
「ドゥールとは、魔王を信仰している人々のことです」
「オレを? そんなやつらがいたのか?」
魔王はまったくの初耳だったようで、驚いていた。
ドゥール教。
魔王に心酔し、魔王のために命を捧げている、おかしな集まりだ。
ドゥールと魔王を会わせるなんて、何を考えてるんだあいつは。