第15話 内緒の話
「まーさん、みーつけた」
魔王は洞窟の入口付近でうずくまっていた。数日前にも全く同じ光景を見たぞ。
朝日が昇り、あたりはあたたかい光に包まれていたのだが、魔王がいる場所だけは真っ暗だった。
「まーさん、どうしたの?」
魔王の反応がないので、リレットが不思議に思いたずねるも、魔王は何も言わない。
黒いマントにくるまり、小さく丸まったままだ。
「どうしたのかな?」
「わかるわけねえだろ」
「だよねえ〜」
リレットは腰に手をあて、ため息をつく。
「あの、もしかしたら、あれじゃないでしょうか?」
「どれだ?」
「先ほどの村で、その、魔王として姿を現したせいで、いろいろと言われてしまいましたから。化物、とか、おまえのせいで、とか……」
ダートはちらっと魔王に目をやり、もごもごと話す。
「ああ、言われてたな」
「なんだ、そんなことで落ち込んでるの?」
リレットの「そんなこと」発言に、魔王の手がピクッと動いた。
「リ、リレットさん!」
それを見てダートが慌てる。
「普通、ショックじゃないですか!? さっきまでよくしてくれてた人たちからそんな敵意を向けられたら!」
「でもわかりきったことだよ。あの格好で出ていったら魔王だと思われることくらい。それに、敵意なんてこれまでだって散々向けられてきたでしょう? まーさんはたくさん殺してきたんだから、恨まれるのは当然だし。今さらそれにショックを受けるの? 今までだって言われたことあったでしょう?」
リレットのもっともな言い分に、ダートも俺も、魔王でさえも、何も言えなかった。
確かにそうだ。
こいつは魔王。化物と言われて当然の存在だし、そう言われても仕方ないことをしてきたのだ。
だが、経験したことのない視線を向けてもらったことで、こいつの心は迷子になってしまったらしい。
リレットは魔王の隣にしゃがみこむ。
「まーさん、誰かに罵られることが嫌なら、魔王なんて名乗らなければいいんだよ。黒いマントも羽織らないほうがいい。黒いマントは魔王の象徴だから、あの深紅のマントのままでいればいいんだよ。ダーさんにそうしてもらえば?」
「……オレは別に、そんなことでショックなど受けていない。あんな下等生物に何を言われようと、気にするはずがないだろう。オレは魔王だ」
言っていることは強気の発言なのだが、相変わらず顔を上げないところを見ると、よほどダメージを受けているのだろう。
「まさか、まーさんがこれほど繊細だったとわね」
リレットはやれやれとため息混じりに言う。
「まーさんか動きたくないなら、今日はこのあたりで野宿かな。まあ、さっきの村の人は今頃忙しくしてるだろうから、わざわざ様子を見に来ないでしょ」
リレットは村の方角に顔を向ける。
まだここは灰色の岩石地帯だ。ここが赤の国からどの程度離れているのかわからないが、人や生き物がいる雰囲気はまるでない。
よほど辺鄙な場所にあるのだろう。
「野宿はいいとして、食いもんを調達できてねえけどな」
俺は腹を擦った。岩だらけのこの場所では、何も見つからないだろう。
一日くらい食べずとも平気だが、減るものは減る。
「あ、それなら」
ダートはそういうと、袋を見せてきた。
「先ほどの村の方が、パンをくださったんです。日持ちがするから、持っていくといいよって。いろいろ手伝ってくれたお礼だとおっしやっていましたが、何かしましたっけ?」
こんがりやけた、おいしそうなパンが袋いっぱいに入っていた。
すると魔王が頭を上げた。
黒いフードで顔は見えないが、パンという言葉に食いついたようだ。
「村の方はきっとまーさんのことを気に入って、おすそ分けしてくださったんですよ。あとで、食べましょうね」
ダートは魔王に優しく声をかけた。
魔王は顔をそむけたが、腹が膨れれば機嫌もなおるだろう。
俺はすることもなかったので一眠りしようとくつろぐ準備を始めた。
剣を置き思いっきり伸びをする。剣がないだけで何かから解放された気分だ。
岩にもたれかかり目を閉じる。ひんやりとした岩肌が気持ちいい。風の音を聞いていると、ダートの声が聞こえてきた。
「リ、リレットさん」
ダートがリレットに話しかけている。いつもにも増して声が緊張しているようだった。
「なあに?」
「あ、あの、大切なお話があります。その、場所を、少しだけ移動しても、かまいませんか?」
ダートが声をひそめる。
もしかして俺や魔王に聞かれるのを危惧しているのだろうか。よほど大切な話なのかもしれない。
「ここで話してくれる? あまり離れると、何かあったときに対処できないし。それに、まーさんもローさんも寝てるから、大丈夫だよ」
俺は起きてるけどな。
とりあえず寝たフリを続けることにした。
「……わかり、ました」
ダートは不満がありそうだったが、意見しても聞き入れてもらえないと思ったのだろう。
「それで、なあに?」
ダートは深呼吸し、決心した様子でリレットに問いかけた。
「あなたは、僕らの仲間ですか?」
なんだその質問は?
思わず声に出しそうなのをぐっとこらえ、会話に集中する。
「仲間でしょう?」
リレットは何を今さらと言わんばかりに答えた。
そりゃそういう反応になるだろうな。
「こ、この四人での関係を言っているのではありません。そうではなくて、あなたは……、あなたも、僕らと同じ、魔法を使っているのではないですか?」
同じ魔法?
「何のことか、わからないけど」
「『魔王より強い』という言葉です。あなたは、行く先々でこの言葉を言っていますね?」
「うん。それが?」
「あ、あなたは、『言霊の魔法』を、使っているのではないですか?」
言霊の魔法って、この前ダートが言ってたやつだよな。
「さあ、どうだろうね」
リレットははぐらかす。顔は見えないが、なぜかリレットがニヤリと笑っているのが想像できた。
口ぶりからして、魔法自体は知っているようだ。
「リレットさん!! お願いです! 本当のことを教えてください!」
ダートの声に熱がこもる。
何やら必死だ。
「じゃあ、わたしから質問。同じ魔法を使っているって言ったけど、それじゃあ、あなたは、誰に、どんな言霊を使っているの?」
「!! そ、それは……」
ダートが動揺している。
少しの沈黙が続き、こっちまで息を止めたくなるほどの緊張感が伝わってきた。
ダートが答えないので、リレットが次の質問をする。
「わたしが本当のことを言ったらどうなるの?」
「ぼ、僕の推測が正しいなら、僕は、あなたの役にたてます」
「どうしてわたしの役にたちたいの?」
「もしかしたらそれが、僕の望みに、繋がるかもしれないからです」
「望みなんてあったの?」
「はい。ですが、長年無理だとあきらめていた望みです」
「でも、まだなんじゃない?」
「どういう、ことですか?」
「まだ、覚悟を決めきれてないんじゃない? だってそれって、裏切るってことでしょう?」
「!!!」
ダートははっとして息を呑んだ。
「やはり、すべてご存知なのですね……」
「全部かどうはわからない。自分の目的のついでにいろいろと知れたらいいかなと思って調べてるだけ」
「僕は……」
ダートの声が弱々しくなる。
「ダーさん、わたしはあなたの言い訳に使われるってこと?」
「言い訳、ですか?」
どういうことだとダートは困惑する。
「わたしがダーさんのことを必要だと言えば、ダーさんはわたしに協力することにするでしょ? これは自分の意志ではなく、必要とされてしまったから、仕方のないことなんだと、自分にいいきかせるための保険。いざという時は、自分のせいじゃないと逃げることができる、
わたしは自分の目的に命をかけている。どんなことをしてもなしとげたいことだから。だけど、あなたはまだそこまでの覚悟ができていない。
あなたにも命をかけてほしいと言っているわけじゃないの。だけど、あなたに確固たる意志がなければ、わたしはあなたにすべてを話すことはない」
こんな真剣なリレットの声を聞いたのは初めてだった。いつもの飄々とした雰囲気は微塵も感じられない。
俺はうっすらと目をあける。
ダートは何も言えず、ただ立ち尽くしていた。
「覚悟が決まったら、また言って。そのときは、わたしの目的も話すから」
リレットは背中を向け、歩きだした。
「リ、リレットさん」
ダートはかすれ声でリレットを呼ぶ。
「一つだけ、いいですか」
「なあに」
「僕たちを、恨んでいますか?」
リレットは足を止めるも、言葉を発しなかった。少しの沈黙のあと、ダートの問には答えず、そのままどこかへ歩いていった。
ダートはリレットの背中を見つめていた。ぐっと握りしめた拳は震えていた。
それが怒りなのか、怯えなのか、悔しさなのかは、このときの俺にはわからなかった。