第12話 星に還る命
雷雲は散り、煙幕が晴れる。そこには直径9キロに及ぶ巨大なクレーターが出来ていた。かつて湖のあった場所は瓦礫1つ残らず跡形もなく消し飛ばされていた。
「・・・あれを喰らってまだ生きているとは。驚きましたよ。」
クレーターの奥底にて。全身が潰れほとんど肉片と化したNo.2382だったものが藻搔いていた。胴体は完全に消し飛んでおり残ったのは頭部だけ。その頭部も損傷がひどく、損壊した頭部を、なお蠢く触手が支えていた。オーレルはNo.2382の前に飛び降りた。
「オーレルヨ・・・ゴれ程ノ魔術ヲ・・・ヅガエヨウドハ・・・ミゴドダ・・・本当二。シヌ前二、コンナ魔術ヲ、ミレルトハ・・・タノシカッタゾ。フフッ、カンパイダッタヨ・・・。」
No.2382は弱弱しく呟いた。弱弱しいが、どこか凛々しく憑き物の取れたようなすっきりとした声だった。
「あなたは、一体何者なんです?」
「サアナ・・・ワカラナイ。我ハ・・・ハルザムトイウ、オトコ二ツクラレタ・・・ジッケンタイだ。ニンゲン・・・マゾク・・・マモノ。イロイロナ、セイブツヲ、クミアワセテツクラレタ・・・キメラダ。オレハ・・・タダ・・・コロスタメニ、ウマレテキタ。オマエヲ、ニンゲンヲ。」
「・・・違う。」
「フッ・・・チガクナド、ナイサ。」
「そうじゃない。私が聞いてるのは、今喋ってるあなたは誰ってこと。私の魔術を褒めてくれた・・・楽しかったと言ってたあなたは誰なの?」
「・・・ソレハ。ドウダロウ・・・ドウナンダロウ・・・。」
「あなたは私を殺すために作られたと言いましたね。そんなあなたが、何で私のことを褒めてくれたんです? これも実験で加えられた性質ですか?」
「・・・チガウ。オレハ、オレハ、オレノ名前ハ、カイル・・・。ソウダ、エルド、エルドは無事カ?」
カイルと名乗る青年の言葉にオーレルは記憶を巡らせる。エルドという名前は聞いたことがないが心当たりのある人物が1人いた。
「エルド・・・瞳が銀で背の低めな銀髪と茶髪の入り乱れた少年ですか?」
オーレルが聞き返すとカイルの表情が少し和らいだように見えた。皮はめくれほとんど肉片となった顔でも目に見えてわかるほどに。
「ヨカッタ・・・無事ダッタンダナ・・・。ナラヨカッタよ。本当二、ヨカッタ・・・。」
カイルの目元に黒い血涙が一筋流れた。そして彼は息絶えた。オーレルはその場でカイルの死体を火葬。そして空を眺めた。霧が晴れ、雷雲も散り。露になった満面の星空に向けて呟いた。
「・・・もう、こんな悲劇は起こさせません。誰かが誰かを傷つけなくていいように。後は任せてください。」
オーレルはその場を後にした。向かった先はヴィレヤとエルドの元だった。ヴィレヤは木の下で静かに眠っていた。負傷した彼女の足は糸で止血されており、その傷口もまた糸により塞がれていた。
「えっと、確かオーレルだったか? 名前は何度も聞いてたけどさ。いくらなんでもよ・・・桁違いすぎるだろ。」
エルドは若干引いた様子でオーレルを見つめていた。あれだけの激闘を繰り広げて頬と腿の掠り傷以外に目立った外傷のない彼女に若干畏縮していた。
「仕方ありません。相手も相当強かったです。こちらも手は抜けませんでした。」
「いや、そうじゃなくて。俺はあんたの強さにもうとにかく感激してんのよ。戦死した俺の戦友がさ。あんたのファンだったんだよ。」
「私の・・・ファン?」
エルドの戦死した戦友。それはカイルのことだろう。もしそうだとすれば。魔族らはカイルの死体を素体としてNo.2382を創り出したのだろう。No.2382はカイルの言う通りただ人を殺すために作られた怪物だ。しかしその中には、素体となった彼の意志も確かに存在した。
少し悩んだが、カイルのことをわざわざエルドに伝える必要はない。彼の意志、彼に起こった悲劇は自身の心中に留めておくべきだと。オーレルはそう判断した。
「ああ。いや、正直俺もあんたのファンっちゃファンだ。」
エルドは照れくさそうに笑う。
「・・・サインでも書きましょうか?」
「気持ちは嬉しいけど、遠慮しとくよ。こういうのはさ、一期一会ってやつだろ?」
エルドはそう言うと夜空を眺め、そして語り出した。
「魔宴教団って覚えてはいるよな? 俺たちの故郷は奴らに潰された。俺たちは奴らへの復讐のために魔術師になったんだ。でも俺たちは魔術の才能がなくてよ。俺らがちびちび魔術の鍛錬してる間にも魔宴教団の猛威は各地に広がっていって。許せなかった。そんな中で動き出したのが最強の魔術師ヴァルトランだ。ヴァルトランに敗れた奴らは雲隠れしたって話をまあよく聞くが・・・。あんたなんだろ? 3年前のカロノスの戦いで、魔宴教団を率いる教祖"マレヴァント"を討ち取り、魔宴教団を壊滅寸前まで追い込んだのは?」
「何故そう思うんです?」
「俺たちは従弟で当時王都にいた。だから知っている。ヴァルトランは糞みたいな王族共のせいでうまく動けなかった。だからヴァルトランの弟子であるあんたが代わりに出向いたんだろ?」
「・・・半分正解ってとこです。師匠は王政のせいで中々戦場に出向けない状況でした。なので私が代わりに前線まで赴き、カロノスの戦いで魔宴教団と戦ったと言う部分までは事実です・・・。ですが、私はマレヴァントを殺せませんでした。あと一歩のところで逃げられました・・・。師匠ならこんなヘマはしなかったでしょう。私の見解が正しければ、奴らは今でも水面下で動いています。そしてまもなく、再び我々の前に姿を現すでしょう。」
「クックッ、そりゃあおもしれえ。んじゃ今度は俺もちゃんと活躍しねえとな。せっかく術士の称号も貰ったんだ。あいつの分まで、しっかり頑張らねえとな・・・。俺の名はエルド。安心しろオーレル。もし次あんたが敵の大将"マレヴァント"を逃がす羽目になったら、そん時は俺が代わりに奴をぶっ殺しといてやる!」
「それなら安心です。でも大丈夫です。次は絶対に逃がしません。」
オーレルの眼差しからは強い意志が感じられた。この時エルドは憎きマレヴァントに少し同情の心すら覚えた。
長旅や戦いの疲れもあり、オーレルはあっという間に眠りについた。エルドは念の為見張りとして起きていた。エルドはふと、かつて自分を幽閉していた巨大な湖があった場所へと目をやった。
エルドが考えたのは1つ、ザイルのことだった。あの時、ザイルは路地の裏へと逃げていった。その後彼はどうなったのだろうか。オーレルとNo.2382の激闘に巻き込まれ死亡したのか。将又うまいこと逃げ伸びて今もまだどこかに潜んでいるのか。考えても無駄なことはわかっていた。それでもエルドは形容しがたいこの胸騒ぎを抑えることができなかった。ザイルとはきっとまたどこかで巡り合う。そんな不確かな予感だけが、胸の奥に残った。