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冥刻のヴィレヤ  作者: おはぎ
第二章 自由ノ鳥
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第9話 黒煙街の攻防戦 その①

 半年前。エルドと彼の仲間は1人の魔族を捕らえた。名はヴィネス。捕らえたのは彼の魔術は戦闘向きではなく危険は少ないと見なされたためだ。


 2人は冥刻の狩人(デュラハン)という魔族の組織を追って北部の地にたどり着いた。そして冥刻の狩人(デュラハン)についてヴィネスに対し尋問しているところだった。突如現れた長髪で軍服の男の奇襲を受けエルドの仲間は戦死。


 「よく来てくれたねー! 流石はザイル!」


 ヴィネスの言葉で男が魔族であることを初めて知った。その後エルドは応戦するもザイルの魔術に対応しきれず敗北。その後彼らに捕らえられ研究所に幽閉。実験体として改造を受けることになった。



 街全体を覆う黒煙が夜街を更に暗くした。月明りすら通らぬ暗闇の中、街灯のわずかな光を頼りに両者は睨み合いを続けた。


 エルドはヴィレヤの体に糸を巻き付ける。相手は3人。だがぱっと見の魔力量はかつて己と戦友を破った長髪の魔族と比べればかなり格落ちしている。


 「ここなら開けている。俺の糸を乱立した建造物に貼り付けて飛べば一気に距離を離せる。しっかりと掴まってろ。」


 「わかった。」


 ヴィレヤはエルドの服を掴む。エルドは左方にある巨大な建物の屋上まで糸を飛ばす。


 「させるか。」


 ノイルはそう言うと自身のポケットを弄る。中に入っていた3枚の紙札に魔力をこめる。カルドも背から生やした翼を大きく広げた。エルドは右手にナイフを構えつつ左手でヴィレヤを抱え更に糸を飛ばし続ける。


 「ひゃっ! いたいた! お前ら、何しやがったっ!!!」


 路地の後ろからグロアの甲高い声が響く。それと同時に鎖に吊るされた鉄球がエルドとヴィレヤ目掛けて飛ばされる。


 「くっ、まずい離れろ!」


 エルドは糸でヴィレヤを右方向に飛ばす。エルド自身は地面を思いっきり蹴り上げ左方向に逃れる。鉄球は2人には当たらず猛々しい騒音と共に地面にめり込んだ。


 「まずいな・・・。」


 エルドは小さく汗を流した。寸でのところで鉄球を躱すもヴィレヤと分断されてしまった。糸の準備は出来ていた。いつでも飛ぶことは可能だったがヴィレヤを抱えた状態では今の鉄球は避けれなかった。やせ形で軽めなヴィレヤだがエルド自身の体系もやせ形でそこまで力があるわけではなかった。


 「すまん! 大丈夫か! すぐにそっちに!」


 エルドがヴィレヤの元に走ろうとしたその時、ノイルの手から3枚の紙札が放たれる。2枚はエルドの元へ。1枚はヴィレヤの元へ。エルドはすぐに糸で紙札を絡めとる。


 「ヴィレヤ! その紙から離れろ!」


 エルドは叫んだ。だが時すでに遅かった。ヴィレヤの腰辺りに紙札は張り付いていた。


 「爆発だ!」


 ノイルが叫ぶ。エルドが絡めとった2枚の紙札はその場で爆発を起こす。糸は焼き切れ粉みじんになりその爆風にエルドは吹っ飛ばされる。


 「1枚不発・・・。そうかあの餓鬼。魔術が使えるのか。」


 ノイルはヴィレヤを睨みつける。


 「"水礫(アクア=レク)"。水を出すだけの魔術。一か八か無詠唱でやってみたけど・・・。部屋から脱出するときいっぱい出した成果が出たわね。馬鹿正直に"爆発だ!"なんて叫ぶから対応できたけど・・・初見殺しもいいところね。」


 ノイルの魔術"紙爆(シグナ=イグナート)"は自身の魔力を紙にこめることで爆発性を帯びた爆符に変化させる。紙はノイルの意志関係なく一定時間たつと爆発する。ヴィレヤは腰についた紙札に水をかけることで爆破性を抑えた。


 カルドはノイルの肩をど突いた。


 「悪い悪い。ついいつもの癖でやっちまった。まあ結果オーライ!」


 「馬鹿が。人質が死ねば俺たちに勝ち目なんてないんだぞ。俺は最悪逃げ切れるがお前らはまず助からんだろう。」


 カルドとノイルがもめそうになってる間にヴィネスが割って入る。


 「落ち着いて。こうしてる間にも魔女オーレルは僕たちを探知してるだろう。」


 ヴィネスの言葉にヴィレヤは微かに狼狽した。わかってはいたことだがオーレルがここに来ている。そう思うだけで心拍が上がり呼吸が荒くなっていくのが感じ取れた。


 あの夜、突如ヴィレヤの前に現れた魔術師の少女。透き通るような白い肌とパッチリとした二重。影すら美しいすっと通った鼻筋に、吐息ごと誘うような甘い口元、艶めいた唇。王宮から暗い森まで迷い込んでしまったお姫様のように綺麗で、突如舞い降りた天使のように妖艶で、孤高の騎士のような勇ましさを持っていた。人類史上最高の天才と呼ばれた彼女の扱う魔術は圧巻だった。夜空の下で舞うように弧を描く炎。静かに、でも猛々しい。彼女自身の内面をそのまま映したかのようなその炎には心を奪われずにはいられなかった。


 あの日、ヴィレヤは星を見た。星を見た彼女は既に首輪に繋がれた従順な子犬ではない。彼女の心は自身を束縛していた首輪を外し、夜空の下をただがむしゃらに駆け回っていた。夜空に浮かぶ星を求めて。手を伸ばし、走り続けていた。だからこそヴィレヤは今生きている。ただの奴隷少女だった彼女が、エルドと協力して魔術を使い看守を罠にはめ、筋骨隆々の魔族を抑え脱獄に成功。更には突如飛ばされてきた爆符を即座に濡らし命からがら爆発を避けることができたのだ。


 「カルド。あなたは人質の奪還を。僕たちはそこの蜘蛛人間を殺る。異論ないかい?」


 「ああ。しくじるなよヴィネス。」


 カルドはそう言うとヴィレヤを睨みつける。その目は鷹のようだった。目の前の小さな子ネズミをしっかりと捉え、確実に仕留める。


 「エルド! 私は大丈夫! あなたは自分の命を優先して!」


 「・・・。」


 エルドは数秒沈黙した。ヴィレヤは魔術を覚えたて。しかもその魔術には何ら攻撃力はない。いくら下級魔族(ニダリング)といえどタイマンで勝てるわけもない。"私は大丈夫"。それが虚勢によるものでないことはわかっていたが、それでも尚無茶をしがちな彼女に対する不安はあった。だが既に敵の包囲を受けている。増援も来るかもしれない。ここは彼女を信じる他なかった。確かにヴィレヤに魔術の才はない。だが彼女は中々に頭はキレる。


 「わかった! だがしんどくなったらすぐに俺を呼べ! いいなっ!」


 エルドはそう言うと辺りに糸を張り巡らせる。ノイルの飛ばしてきた爆符を糸で絡め距離を取る。更に建造物の屋上部分に引っ掛けていた糸を伝って空を舞う。寸でのところでグロアの鉄球を躱す。そうしてる間にもヴィネスは2人の背後で1人詠唱をしていた。


 彼の魔術"幻視(イルージア=ヴィズス)"はある特定の相手にのみ幻覚作用を引き起こす。引き起こせるのは1人まで。ただし詠唱さえ終えれば無条件に幻覚を引き起こすことが可能。ただし幻覚と言ってもそこまで強力なものではなく精々物が2つに見えたり視界がぼやける程度だ。しかしそれでも戦闘中において厄介極まりない魔術であることには間違いない。


 そしてヴィレヤとカルドは睨み合う。カルド側が動かないのには1つ理由があった。エルドの協力があったにしろただの奴隷少女が研究所を脱出した。エルドが幽閉されたのは半年前。彼が今脱獄に成功した引き金は確実にヴィレヤだ。だからこそ油断はできない。


 両者の間にしばらく沈黙が続く。しかし戦闘が始まった以上、いつあのオーレルが来るかわかったものでない。カルドは覚悟を決め、背に生えた巨大な翼を広げ空へと舞いあがる。そした翼を窄め、ヴィレヤ目掛けて一気に急降下。ヴィレヤは即座に走り出した。そして近くにあった側溝の蓋を開け中に逃げ込んだ。


 「何!?」


 側溝の蓋は予め開けられていた。カルドらに気づかれないようエルドが糸で開けたのだろう。コンタクトを取ったわけではない。ただエルドがいざという時の逃げ場を作り、ヴィレヤはそれに気づいていた。


 「くそっがっ!」


 カルドは側溝をのぞき込む。湖上都市というだけあり中は深く、カルドの手の届かない程であった。


 「人質でなきゃ炎魔術辺りで焼き殺していたんだがな・・・仕方ない。」


 カルドは側溝の中に入り込む。深さはあるが幅は狭くカルドの体では若干動きづらいところではあった。だが痩せぎすな彼の体格もあり何とか身動きをとることはできた。


 「くそっ! 擦れる! 痛え! あの餓鬼。ただで死ねると思うなよ。」


 ヴィレヤはすぐに側溝を伝ってカルドから逃げる。カルドはその後を追うも距離はどんどん離されていった。



 ヴィネスの魔術による幻覚作用にエルドは苦戦を強いられていた。激戦の中でナイフは既に落としていた。グロアの鉄球は二重にも三重にも増加。次から次にばらまかれる爆符の数はおびただしい数であった。どれが本当の攻撃かわからない以上全てを躱す必要があり、エルドは大幅に体力を削られていった。


 「いいぞ。クククッ。そろそろ幕だねー。」


 薄っすらと笑みを浮かべたヴィネス。彼は目の前のエルドに集中しており側溝を抜けて背後から忍び寄るヴィレヤの存在に気づきなどしなかった。


 ヴィレヤはエルドの落としたナイフでヴィネスの背を突き刺した。突然の出来事によろけたヴィネスに全体重を乗せて押し倒す。更にナイフをヴィネスの頭部に突き立てた。


 「やっぱり、あなた。後方支援タイプで直接戦闘は弱いのね。」


 確かにヴィネスの魔術は戦闘向けではない。ヴィネス自身の戦闘力も大して高くはない。だが腐っても彼は魔族。魔術を覚えたばかりのヴィレヤが敵う相手ではなかった。


 ヴィネスはヴィレヤの首を締め上げる。


 「やってくれたな小娘が。」


 ヴィネスの集中がヴィレヤと頭の傷に向く。それと同時に幻覚の効果が切れる。エルドはグロアの鉄球を躱し、ノイルの爆符を糸で絡めとる。そして糸をヴィネス目掛けて発射。糸はヴィネスの体を縛り上げる。


 「くっ、しまった!?」


 狼狽するヴィネス。ヴィレヤは魔術で炎を出しヴィネスの手を炙る。小さな火といえど突然の熱波にヴィネスはヴィレヤを締め上げてた手を離す。ヴィレヤはすぐにヴィネスの元を離れ走り出す。


 「ヴィレヤ・・・あいつ詠唱せずに。」


 単なる炎や水を出す魔術。当然誰もが使える魔術だ。基礎中の基礎魔術。しかしヴィレヤに魔術の才は全くなかった。誰しもが当たり前にできることができない。エルドの憶測ではこの簡単な魔術でもしばらくは詠唱無しでの魔術の発動は不可能であった。だがヴィレヤはここ数十分のわずかな魔術の使用で無詠唱の魔術を使用して見せた。


 「・・・なるほど。感覚が鈍いだけで要領自体は良い方だな。ただその要領を掴むのが難しいってとこか。」


 エルドは糸を更に引き出しグロアの鉄球に引っ付ける。そして糸を一気に圧縮しヴィネスの胴体を鉄球に括りつけた。


 「おっ、おい。グロア! すぐに僕を鉄球から引きはがせ!」


 ヴィネスが叫ぶ。


 「ば、馬鹿な。どうしよう・・・。リーダーが、俺の鉄球に。どっ、どうしよう? なあリーダー?」


 グロアは狼狽しきっていた。隙だらけのグロアの体にエルドは糸を巻き付ける。グロアの怪力は並外れている。下手に糸を巻くだけではすぐに引きちぎられてしまう。エルドは辺り一面に張り巡らせた糸を一気に圧縮しグロアの全身を糸で覆いつくした。


 「くそっ! なめんなよ餓鬼共がっ!」


 ノイルは爆符をばらまくも糸で簡単に絡めとられる。


 「残念だが、相性最悪だな。」


 エルドは糸を飛ばしノイルの体を締め上げた。


 「あーっ、クソがっ! カッ、カルドの野郎は何をしているんだっ!!」


 ノイルが叫ぶと同時に突然側溝内で爆発が起きた。爆発の衝撃でカルドの死体は遥か上空を舞う。頭部と両手首は完全に砕け散っておりぐちゃぐちゃの肉片と化していた。肉片と共に舞う焼け焦げた胴体がノイルの目の前に落下。


 「は?」


 ノイルは困惑した。今のは自身の魔術による爆発だ。ノイルは常にエルドだけを狙い爆符をばら撒いていた。それが何故側溝でカルドを吹っ飛ばしたのか。困惑するノイルを前にヴィレヤは口を開く。


 「あなたが私に最初に投げた爆符。あれは私が水で濡らしたせいで火が起こせずうまく起爆することができなかった。でもあなたの魔術の爆発はあなたの魔力を使ったもの。乾けばまた爆発するんじゃないかと思った。だから私の炎の熱で爆符を乾かした。もちろんすぐには乾かない。だから爆符と私の服の袖部分を千切って側溝に置いてきた。繊維には火をつけておいてね。それから、あの鳥の魔族が通るタイミングで起爆できるよう計算して配置した。・・・流石にバレるかなとは思った。賭けではあったけど結果オーライね。」


 それを聞いたノイル、ヴィネスの2人は瞬時に理解した。この少女は自分たちの想像より遥かに恐ろしい悪魔だ。本来は奴隷少女として人生の幕を終える筈だった。だがいくつもの偶然が重なり、彼女の中に眠る悪魔は目を覚ました。そして自分たちはその生贄として捧げられたのだと。


 「なっ、なあ? 命だけは助けてくれねえか?」


 鉄球に括りつけられたヴィネスは半年前同様、追い詰められた子猫のようなつぶらな瞳でエルドを見ていた。ヴィレヤに命乞いなどしたところで無駄だということは当に理解していた。


 「どうしようかな・・・そうだ! お前らの仲間の軍服の魔族。あいつについて教えろ。」


 それを聞いた瞬間、ヴィネスの表情が変わった。明らかに先程より動揺している。瞳孔が肥大化し潤んでいた。


 「やっぱりな。お前らのボスはあいつか。さっきそこの巨漢がお前をリーダーと言っていたが、それはあくまで表面上。本当のリーダーはあいつなんだな。あいつがお前ら冥刻の狩人(デュラハン)の頭なんだな?」


 ヴィネスはおびえた様子で何かを見ていた。エルドの背後にいる何かを。


 「冥刻の狩人(デュラハン)ともあろうものがこのザマか。ひでえ体たらくだな。」


 エルドは振り返った。エルドの背後に突如現れたザイルはナイフをエルド目掛けて放り投げる。エルドはすぐに糸でナイフを絡めとる。ヴィレヤは足手纏いにならないようエルドの背後へと回る。


 「久しぶりだな。半年振りか?」


 エルドの挨拶にザイルが答えることはなかった。ザイルは続けざまにナイルを3本投げる。しかしそれはエルドやヴィレヤを狙ったものではなかった。3本のナイフはそれぞれ糸で絡めとられたヴィネス、グロア、ノイルに突き刺さる。


 「おっ、おい。ザイル・・・。」


 ナイフが刺さった途端、ヴィネスとノイルの顔色が変わった。2人は激しい痙攣を起こしながらもがき始める。口から血反吐を吐き散らすとすぐに息絶えた。グロアも同様、糸で覆われたその表情がどのようなものかはわからないが、糸の中でもがき始めやがて息絶えた。


 「毒ナイフってわけか・・・にしてもお前、仲間を。」


 「仲間ってわけでもない。そもそもな。こいつらは弱すぎる。下手に生かしといて今回みたいに捕まられるのも後々困るんでな。」


 ザイルはそう言うと大刀をエルドに向ける。


 「さてと。魔女オーレルは既にここに向ってるだろう。あの天才ちゃんが来る前に。お前を始末し人質を捕らえるとしよう。」

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