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少年と自転車

作者: 原田 和




……一人の少年が、行方不明になった。ママチャリと共に。




少年は、近所ではちょっと有名な大家族の長男であった。

両親は共働きで、朝早くから夜遅くまで出ている為、少年が下の子らの面倒を見ていたという。

元々面倒見が良かったのか、それとも習慣化してしまったか、少年はいつも元気に明るく世話を焼いていた。

その彼が、ある日突然姿を消したのである。

最初に首を傾げたのは、近所の御老体達だった。いつもの時間に、ママチャリを爆走させながらの元気な挨拶が無い。次に違和感を覚えたは、少年の友人達と担任だ。授業開始ギリギリに飛び込んでくる、健康優良児が来ない。

その次は、末っ子達を預かる保育園の保育士達。可愛い弟妹ラブ!…な、長男が迎えに来ない。時間が過ぎても、来ない。


――あの、そちらに彼のご兄弟が在籍してますよね?実は……


――あ、お忙しい所すみません。実は、あ、いえいえそうではなく……


少年は、スマホを持っていない数少ない子であった。更に両親は、我が子らの為と全力で仕事と格闘していたので、連絡を受け取るのが遅れた。

ここでようやく全員に、少年が居ないと認知されたのである。

それからは酷かった。

全員が動揺し取り乱し。末っ子達は、大好きな兄が来ないとギャン泣きし続け、保育士達はオロオロしつつも歌って踊って対応。

上の兄弟達は、半泣きで学校から飛び出し全力疾走で探し回り。少年の友人達も、心当たりを虱潰しに駆けずり回り。担任はそれを追いかけ肉離れを起こし、救急搬送。近所の御老体達は、山狩りじゃぁぁぁ!!と叫び家族に止められ。両親は警察に駆け込むも、家出じゃないっすか?という適当な対応に右ストレートを繰り出す。

正に、大混乱。

一つの柱を失ったが如く、少年の家族、隣近所関係者達は恐慌状態に陥った。

そして、ここでようやく警察が本格的に動き出し、徹底的な捜索が行われた。しかし、捜査のプロが血眼になっても、少年の行方は杳として知れなかったのである。

……ただただ時が過ぎていく。少年の無事を信じ、探し続ける毎日。

そして、ひと月。



少年はふらりと帰ってきた。ママチャリと共に。









 「兄ちゃん、ちょっといい?」


どーした?と振り返る兄は、以前と変わらない。明るく元気な、兄の姿だ。次男と長女は顔を見合わせ、単刀直入に切りだした。


 「私らには、正直に言って欲しいんだ。記憶が無いって嘘だよね」


兄は目に見えて動揺し、肩を揺らす。ホントダヨ、と口では言うが、大量の汗と泳ぎまくる目では、説得力の欠片もない。

結果だけを言えば、兄は無事。病院に担ぎ込んで、徹底的に診てもらったが何処にも異常は無し。それには安堵したが、問題は記憶。ひと月分、まるっと無いというのだ。

何処で何をしていたかも、何一つ覚えていないと言い張った兄。

ショックで記憶を失うというのは、あり得ることだ。

無理に思い出させると、彼自身が壊れてしまう可能性がある。

そう医者に言われ、しぶしぶながら警察は退いた。何より両親が、頑として許可しなかったのが大きい。


 「言えないくらい、辛いの……?」


 「い、いやそーじゃなくって。……頭おかしくなったと思われるだけだし、」


 「思うわけないだろ、兄ちゃん前々から面白おかしい人だったし。今更じゃん」


 「あれ、兄ちゃんの事馬鹿にした?」


 「心配してるんだよ。無事だったのは嬉しい。でも時々、ぼんやりしてる時もあるから…。だから、話して欲しいんだ。私らちゃんと聞く。兄ちゃんが嘘つかないのも、嘘つけないのも知ってる。私らじゃ、頼りない?」


こう言えば、優しい兄は喋らざるを得なくなるのを、次男も長女も知っていた。家族にはとことん甘くなるのが、長男なのだ。案の定、兄は唸りながら、白旗をあげた。







 「……異世界に行って、勇者になってたんだよ」


おっと、思ってたより斜め上だったぞ。次男と長女は目で会話をする。

口は挟まず、聞くだけと約束したのだ。二人は静かに頷き、先を促した。


 「うん、分かってんだ。俺だって、どうしたんだコイツって思うもん。でも事実なんだよ。あの日、いつも通りにチビ達を保育園に預けて、俺は学校に向かってた。そしたらな、前がバァーって明るくなって、気づいたら異世界に居たんだよ。でな、なんか王族みたいな格好した人達が、『勇者よ、よくぞ参った!』とか言い始めてさ。俺全然分らんから、ずっとチャリ漕いで話聞いてたんよ」


床にでかい曲線が引いてあったから、それに沿ってさ。

と言う兄。その情景が目に浮かぶ。

それは恐らく魔法陣。召喚の陣とかだろう。多少、ファンタジー小説をかじった事がある二人は分かった。その上を、兄は疑問符を浮かべながらチャリ走行していたのだろう。


 「で、いつの間にか魔王倒す事になってさ。倒さなきゃ帰れないって言うし、俺に選択肢なかったし。制服じゃ目立つからって、装備一式渡されてさ。それが布の服とヒノキの棒でさ」


なんか聞いたことあるな。初期装備的な感じで。二人は青褪めた。

よもや、兄はそれで魔王に挑んだのか。


 「これはないだろって、俺ハッキリ言ってやったんだ。せめて竹の槍だろって」


そこじゃねぇよ。なんでそれでドヤ顔できんだよ。次男と長女はシンクロした。


 「んで、なんやかんやで魔王のトコ行ったんだ。魔王も失礼な奴でさ、俺を指さして笑うんよ」


でしょうね。二人は深く頷いた。

兄の事だ、初期装備のまま、行ったのだろう。この人は物を大事に使う人だ。まだ使える物を、買い替えるという発想が浮かばなかったに違いない。

よく魔王の前まで行けたな。


 「めっちゃ笑うからさ、俺腹が立って。ヒノキの棒と竹の槍を、こう……構えてさ、突撃したんだ」


まだ持ってたんだ、ヒノキの棒。多分軽く何か巻いて、強化していったんじゃないかな。二人は心で会話した。


 「立ち漕ぎしながらの二刀流って、難しいな」


あ、ママチャリで行ったの?魔王城にママチャリで乗り込んだの??


 「まーなんやかんやで、魔王とは仲良くなれたけどな」


大事な所、端折りやがった。二人はがくりと項垂れた。

兄はそういう所がある。説明が難しくなり、言葉が出てこなくなると端折るのだ。仕方がないので、兄の行動が魔王の笑いのツボに入ったのだろう…と、思う事にした。


 「んでな、魔王が言うには、先に仕掛けてきたのは人間の方だったらしいんだよ。いろんな国にちょっかいかけて、戦争しまくって、遂に魔王のトコまで手を出してきたから、怒ったんだって」


真面目な展開な筈なのに、何故だろう。兄が話すと軽く聞こえる。


 「俺を……ショウカン?だったっけな。それも本当は、やっちゃいけない事なんだって教えてくれたんだ。ショウカンされた人間は二度と帰れないって」


え、と二人は顔を見合わせた。

兄は居る。幻覚ではないし、触れるし体温だってある。


 「魔王がな、任せなって親指立ててくれたんだ。とりあえず帰れるんならいっかと思って、親指立て返しといた」


魔王は詳しい話はしなかったらしい。正解である。兄は半分も理解できなかったであろう。


 「んで、乗りたいって言うから魔王チャリに乗せて、王様のトコまで爆走して、騙したのは許せんから往復ビンタして、制圧成功してハイタッチして、魔王が行きなって言うから帰ってきた」


 「魔王どこに乗った???!!」


 「情報過多!!!!!」


もう訳が分からない。次男と長女は耐え切れず、情報整理の為しばらく転がり回った。







 「…どう思う。兄ちゃんが……あの兄ちゃんが、あんな作り話できるとは思えない」


 「本当なんだと思う。だって兄ちゃん、マンガどころか教科書も読むヒマないぐらいで、全然知らないじゃん。ゲームもしないしさ」


 「だよな……。ラノベのラの字も知らない兄ちゃんだもんな…」


兄は庭でママチャリを磨いている。ありがとなー相棒、と労いながら。

今回の行方不明騒動の顛末を知るのは、兄と共に行った、あのママチャリだけである。無機物なので話せない。例え話せたとしても、周りや警察が信じるかどうか。


 「あっ…、警察にはなんて言ったらいいのかな…」


 「それはもう決めてる。頭打って野生に還って野山をチャリで駆け回ってた事にする」


 「兄ちゃん、白い目で見られない?」


 「平気。父ちゃんと母ちゃんが布石を打ってくれてたから。そんな家族だからありえるぞって思わせる方向で行く」


あぁ……、と長女は遠い目になる。

両親は、我が子ラブだ。普段は忙しいが、休みの時は徹底的に構いまくる。無論、そのラブの中には長男も入っている。故に、今回の騒ぎで両親はキレた。修羅のようであった、とだけお伝えしておこう。それもあり、警察にはやべぇ家族と認識されている。布石を打ったつもりなどまるでない両親は、今は末っ子達と泣き疲れて眠っている。

今回の騒動で、よくよく分かった。自分達が、どんなに兄を頼りにしていたかを。支えにしていたかを。


 「聞いてくれてありがとな、二人共。ちょっといい?」


返事するより先に、二人はぎゅうと抱き締められた。兄のハグは、小さい頃以来だ。次男は暴れかけたが、それでも離されず。


 「恐かったんだ」


二人は、兄が震えているのに気付いた。


 「すげー、恐かった。もう二度とお前らに会えないって分かった時。死んだわけじゃねぇのに、手の届かない所に放り出された気がした」


いつも明るい兄。兄が居てくれたから、寂しい思いをせずに済んだのだ。


 「信じてくれて、ありがとうな。俺は、みんなが大好きだ。これからもずーっと、それは変わらない。だから、お前らが一人前になるまでは、お前らの兄ちゃんで居させてくれな」


ひと月が、どれ程長かったか。無事に帰ってきてくれた時は、どんなに嬉しかったか。


 「……次は、無いからな。また居なくなったりしたら、ぶっ飛ばすかんな……っ、」


 「そおだよっ……、これからは、ちゃんと前見てよねっ」


 「兄ちゃんいつも、安全運転でヘルメット着用してるぞ?」


二人は泣き笑いの顔で、ぎゅうとハグ返し。

おかえりなさい、そう告げると、兄は明るくただいま、と笑った。












 「あー……、『ままちゃり』とやらの仕組み聞いとくんだったー……」


 「魔王様、気に入ったんですか?」


 「いいよねー、あの風と一体化した感じ。楽しかったなー。あの勇者また来てくれないかなー、乗せてくれんかなー」


 「いや、あんだけ格好つけて『さらばだ…』って言ってたくせに。それに、あの異界の者は勇者ではないでしょう」


 「いいや、あやつの胆力は充分勇者だ。久々に楽しませてもらった。……やっぱ帰ってきてくんないかなー」


 「ある意味、勇者ではありますね。魔王様の笑いのツボを、的確に突いてましたし」


残念そうな主をさておき、側近は破壊された魔法陣を見遣る。時空の歪みは消え、正常に戻ったようだ。

それにしても、まだ禁忌を犯す人間が居たとは。呆れたものだ。


 「あの者共はどうします?」


 「禁忌を犯した者は、それ相応の罰を。ニンゲンの分際で世界を歪ませたのだ、国ごと潰せ」


 「御意に」





その日、一つの国が一晩で滅んだ。




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