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第九話「赤雷魔導士団」

 今回、魔導士団が向かうのは南方ユェンハ国近辺のナキア湖である。


 ベスタート王国からは距離があるため数回休憩を挟み、途中で魔物と遭遇するたびに討伐して少量のポイントを得ていく。

 しかし戦っている最中も団員は、白帽であるゼクスたちを気にした様子でいた。


「足手まといな無能をラフィリア様に見せればきっと」


 団員たちの何人かがゼクスたちにミスをさせようと、わざと鷹の赤魔を見逃しゼクスの方へと追いやった。


「おい白帽! そっちに赤魔が行ったぞ! 必ず仕留め……」


 団員が彼の方へ目を向けると、視界で体を二つに裂かれた赤魔が落ちていく。

 団員は困惑して、出していた言葉が途中で切れてしまう。


 ゼクスは片手に持った剣を振り魔獣の血を払った。

 団員が振り向く数秒の間に、ゼクスは的確に赤魔を斬り倒したのである。


「い、今の一瞬で……」

「? どうしたんですか。ぼーっとしてると食べられますよ」

「う、うるさい。言われなくても分かっている!」


 団員は吠えて離れていきゼクスは肩をすくめる。

 魔導士団の団員たちはゼクスやイェナと連携を取らずに、むしろ二人を避けるように戦っていた。


 ラフィリアが主力となって魔獣を倒し途中まではうまくいっていたが、後方から悲鳴が上がる。


 その声の主は、先ほどわざと魔獣をゼクスの方に追いやった団員の一人である。

 彼はゼクスたちを避ける方に意識を向けていたあまり、魔獣の接近に気づけなかった。


 ウルフの群れが団員に襲いかかり、ゼクスは急いで駆け寄ってウルフを数体斬り倒す。

 しかし一度に全てを倒しきれず、一体がゼクスの左腕に食らいついた。


「俺の魔法はそんな強くないんで、そっちから近づいてきてくれると助かるよ」


 ゼクスは口角を上げて剣を内側に持ち換え、噛みついているウルフの頭に刃を突き刺した。


 体内にある魔力を剣に注ぎ、剣に魔法陣が浮かび上がる。

 魔法が発動され、ウルフの体内に電撃が叩き込まれた。


 周囲が白く照らされ、電撃が空気を裂く乾いた音にウルフの断末魔が混ざって響く。

 ウルフが腕から口を離して地面に倒れ落ちた。


 ゼクスは左腕から血を流しながら、団員の方に振り向く。


「大丈夫ですか?」

「え。あ、ああ……でもお前、腕が」

「あー、蚊に刺されるのと同じです。別にそこまで痛くないから大丈夫ですよ」

「大丈夫じゃないでしょー!」


 ゼクスが平然として言うが、それにツッコむようにしてイェナが二人のもとに駆けよってくる。

 すぐに治癒魔法を発動させてゼクスの傷の手当てをした。


 ふと団員の方に視線をやれば、彼は足をひねったのか足首が少し腫れていた。


「あ……あなたも捻挫してる。すぐ治療するね」

「え。あ、けど……」


 団員は忌避していた相手に、しかもわざと魔獣を仕掛けたのに守られて治療までしてもらい、戸惑いと少しの罪悪感から複雑な気持ちになっていた。

 しかしゼクスもイェナもそんなこと全く気にした様子がない。


 治療が終われば、二人とも何事もなかったかのようにラフィリアのもとに戻っていった。


 昼時になりゼクスはラフィリアの指示で草原にバイクを停め、魔法で人数分のテーブルと椅子を生成する。


 イェナが「サンドイッチ作ってきた」と魔法で昼食を出しテーブルに並べて行った。

 サンドイッチだけでなくビーフシチューやサラダなどもある。

 それらは全て、リトリスがイェナの腹の具合や魔法師団との関係を心配して作ってくれたものらしい。


 団員たちは最初こそゼクスたちから少し距離を取っていたものの、食事の匂いにつられて徐々にゼクスたちと打ち解けていた。


(さすがリトさん。胃袋を掴めばうまくいくって言ってたけど、皆リトさんの料理の虜になってる)


 イェナが嬉しそうに口元を緩ませていると、団員の一人が彼女たちのもとに来た。

 先ほど二人が助けた人物であり、彼は気まずそうに、ためらいがちに声をかける。


「なあ、さっき俺……赤魔をわざと見逃してお前たちの方に追いやってたんだ。すまない」

「あー、あれな。別に気づいてたけど」


 ゼクスは思い出すようにして斜め上へ視線を向けて言う。

 故意にやったことに気づかれていて団員は驚いて目を見開いた。


「はっ? 気づいててなんで俺を助けたんだよ」

「なんでって……目の前で人が血流して食われてるのを見るとか、普通に気分悪いだろ」


 団員は理由を聞いて拍子抜けし、驚きの声をもらした。

 視線を下げて少し黙り、もう一度ゼクスを見る。


「助けてくれて、ありがとな。その……腕の怪我、大丈夫か」

「ん? ああ、治癒魔法で完治したから気にしなくていいぞ」

「そう、か。ならよかった……あー、あとさ」


 気まずそうに頭を掻いて団員はイェナに視線を移す。


「サンドイッチ、すげーうまかった。ごちそうさま」


 彼の言葉にイェナは目を見開き、嬉しそうにして顔を明るく笑顔を咲かせる。


「うん! あ、お菓子もあるよー」

「いや、俺もう腹いっぱいで」

「お! それチョコソードじゃん! うわーなつかし、ガキの頃よく食ってたわー」

「安くてうまいんだよなー。菓子袋の内側にクジが書いてあって、当たり集めるために何個も買ってたわ」


 イェナが駄菓子を出し、団員が続々と集まってくる。

 皆が懐かしい菓子に思い出話の花を咲かせた。


 ゼクスは遠巻きに眺め少し驚きつつも眉を下げて笑い、隣にいたラフィリアに話しかける。


「思ったより、あっさり受け入れられててビックリだな」

「そう? 私は最初からこうなると思っていたし、全然心配してなかったよ。でもあれは料理の力というより……君たち二人の性質のおかげかな」

「性質って。別に俺たちは普通にしてただけだが」

「その普通が良いんだよ。困っている人を放っておけない、お人好しなところが」


 ラフィリアはイェナと楽しそうに話している団員たちを見て柔らかい笑みを浮かべる。


 昼食を終え、全員を集めて今回の討伐の作戦会議を開いた。


「今回の討伐は少し時間がかかるかもしれないんだ」

「あそこは他よりも大気魔力が多い場所だからね」


 イェナは地図に視線を降ろす。


 目的地であるナキア湖は魔力の自然発生量が多く、すぐに大気魔力が飽和し腐敗してしまう。

 そのため頻繁に魔獣が発生しており、腐魔領域と化していた。


 腐敗魔力の濃度や魔獣の等級も高い傾向にある。

 腐魔酔いを引き起こしやすいうえに、一等黒魔や二等赤魔で埋め尽くされている危険な場所だった。

 しかしそれほど悪条件名だけあって競争率も低く、魔獣の頭数も多いためポイントの稼ぎ場所ではある。


「あの周辺は、ユェンハの参加者がいる可能性が高いからな」


 ゼクスは少し表情を硬くする。


 ユェンハ国はベスタート王国の南方に位置する、精霊たちが集う国である。

 強大な力を持つ精霊の生まれ変わりが数人と、その精霊の加護を受けて生まれた霊器と呼ばれる特殊な種族が暮らしている。


 精霊が国王となり国を統治し、後継者は血筋ではなく強さによって選ばれる。


 ナキア湖はユェンハ国に近いとはいえ、ある程度の距離がある。

 そこよりも安全な場所はいくつもあり、危険性もかんがみてナキア湖に討伐に行く者は多くないだろう。

 しかし高得点を狙うユェンハの魔法師と遭遇してしまうかもしれない。


 霊器種であるユェンハの魔法師は、他の国と違って少々厄介である。

 彼らは精霊の加護により基礎魔力量が多く、戦いを交えると魔法で押されてしまう可能性が高い。

 霊器であればまだ対処はできるだろうが、精霊の転生体と交戦する場合は一等黒帽魔法師か大魔法師でなければ勝ち目はない。


 ユェンハ国の精霊は肉体の老化や成長の限界を超えるため、定期的に代替わりと呼ばれる転生を行い、新名を名乗る。

 転生した精霊は自らの能力を高め、他の種にとっての脅威となる。


「最近でも、火の精霊イフリートの代替わりがあったね。新たな名前は確か、ミェンリン――今回の魔法祭に参加している子だよ」


 ラフィリアは中継映像のランキング表へ視線を移す。

 三位の席には、ミェンリンの名が居座っていた。


 ユェンハ国の第一後継者候補ミェンリン。

 二等赤帽魔法師だがユェンハ国随一の魔力量を持ち、実力では黒帽に等しいと言われている。


「ラフィリアは先代とは仲良かったんだよな。ミェンリンとは、もう話したのか?」

「いや。当代になってから一度見かけたことがあるけど……あまり応対してもらえなかったよ」


 ゼクスに問われてラフィリアは苦笑いして返した。


 精霊は転生すると人格が再形成される。

 記憶は「記録」として頭に残るものの転生体にとっては、しょせん記録でしかない。


 親交も全て白紙化されるため一から交流をやり直さなければならず、前世とは別人と捉えられている。

 ラフィリアだけでなく他の者も皆、まだミェンリンとの面識はないようである。


「ロクセスも少し話したらしいけど、すぐに会話を切られちゃったんだって。当代のイフリートは、あまり他種族に友好的じゃない子みたいでね」

「……なら遭遇次第すぐ、退避する方が良いな」


 変に刺激して対立することになれば面倒でしかない。

 ラフィリアもゼクスに同意し、会議を終えて再び湖へと足を進めた。



 ナキア湖の近くまでくるが周囲は腐魔で満たされており、湖から離れていても魔獣の姿が見える。


 ラフィリアは団員たちに腐魔酔い低減のネックレスを渡した。

 それでも近づけない者には、外から魔法を打たせて飛行型魔獣の討伐を任せる。


 ゼクスたちや腐魔に耐性のある者を連れ、魔獣を倒しながら奥へと進んだ。


「ヒュドラ。ミュランド」


 蝶の二等赤魔が遠距離から魔法を放ち、イェナは紫の毒蛇を召喚して蝶を食らわせる。

 その隙に猪の一等黒魔が突進してきて、魔法で地面から棘を生成して黒魔を突き刺した。


 大鷲の一等黒魔が魔法で氷を放ってきてゼクスは結界で弾く。

 剣では届かないため、団員たちが魔法で攻撃を放った。

 しかし鷲の黒魔は素早く空を飛び魔法を全て避けてしまう。


「アンセクト!」


 ゼクスは魔法で針を生成して黒魔に放つ。

 避けられてしまうが、その針は回転して再び黒魔に襲いかかった。


 黒魔が避け、針が追尾するなかゼクスは続いて魔法を発動させる。


「エクセクタ、オクシンクト!」


 追尾している針がいくつも複製されて四方八方から鷲の黒魔を貫いた。

 刺さった瞬間、ゼクスはもう一つ魔法を発動させる。

 針から強力な電撃が放たれ、鷲の黒魔は煙を吐いて落下した。


 黒魔が湖に沈んで音を立て、団員たちは単独でも黒魔を倒しているゼクスとイェナを見て驚く。


「す、凄い。白帽なのに確実に黒魔に有効打を与えている……」

「二人ともさすがだね。私も、負けてられないな」


 ラフィリアは笑みを浮かべて対抗心を燃やす。

 槍を生成して魔法で炎属性を付与し魔獣を倒していった。


 魔獣の数が多く団員たちは囲まれてしまうが、外にいる団員の魔法攻撃とゼクスたちの援護でうまく切り抜けていく。


 頭数が減ってきたところで、地面に広く影が落ち周囲が暗くなる。

 見上げれば、上空に赤い翼を持つ巨大な竜がいた。


「ル、ルニベデイト!!」

「やっぱり来たか……」


 ドラゴンを見て団員たちは皆、驚愕して固まってしまう。

 ラフィリアは予測していたのか、冷や汗を流すが驚いた様子はない。


 ルニベデイトは、ヘルヒャタイトと同じく特定警戒魔獣に分類される。

 ヘルヒャタイトが光属性魔法を得意とするドラゴンなのに対し、このルニベデイトは火属性に特化している。


 魔法祭において特定警戒魔獣を倒した場合は、ポイントではなく星が付与される。

 しかし彼らは大魔法師にしか倒せないと言われるほどの強さを持つ。


 星は同率スコアの際には有益になるが、ポイントだけを意識するならば無理に討伐する必要はない。

 だが、コレを倒さなければ巣窟破壊の得点は得られず、腐魔領域の正常化もできないだろう。


 ラフィリアはゼクスとイェナに視線を向ける。

 二人とも取り乱さず、ゼクスは剣を構えイェナは魔法陣を展開させ様子をうかがっていた。


(イェナがこの間ヘルヒャタイトを狩っていたからもしかしてと思ったけど。この二人、特定警戒魔獣を倒し慣れている。やっぱり連れてきて正解だったよ)


「ゼクス、イェナ。面倒事に付き合ってもらえるかな」


 ラフィリアに問われてゼクスは鼻で笑う。


「今さらなに言ってんだか。お前、端からコイツ出るの想定して俺らに手伝わせるつもりだっただろ」

「あは、バレてた」

「俺らも分かっててついてきたんだ。気にすんな。イェナ、行けるか」

「大丈夫だよー。火属性攻撃が来たら周りの延焼を気にしなきゃいけないけど、ヘルヒャタイトよりは攻撃回避が弱いはずだから」


 ラフィリアはうなずいて他の魔獣で残っていたものを斬り、通信魔法を使って団員たちに指示を送る。


「あのドラゴンは私とゼクスたちで対処する。皆は一時撤退を」


 彼女の言葉を遮るように、ルニベデイトが湖に叩き落とされた。

 大きな着水音が響き、水しぶきが周囲に降り注ぐ。


 ラフィリアが驚いてゼクスとイェナを見るが、二人とも一切動いていない。

 むしろゼクスたちも驚いて、湖に目を向けていた。


 湖に力なく浮かぶドラゴンの上に、何者かが降り立った。


 赤帽を被った十代後半ほどの女性で、風に揺れるピンクの短髪は両サイドがハーフアップのシニヨンで結われている。


 膝下までの赤いチャイナドレスに黒いブーツを履いている。

 左目には黒い眼帯がつけられ、右の緑眼がラフィリアたちを冷たく見下ろしていた。


「ミェンリン……」


 彼女を見てラフィリアは驚いて声をもらし、顔をこわばらせた。

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