第七話「ギルド従業員の魔獣討伐」
「い、一等黒魔がこんなに!!」
「お前らのせいだぞ!!」
魔法師たちは黒魔に囲まれて怯えてしまう。
こんな状況になってもゼクスを責め立てていた。
しかしゼクスはそれに反応することなく、周囲の黒魔を見回す。
鋭い爪を持つ狼型の魔獣ウルフが複数体、樹木型の魔獣トレントや森林の木を媒体としたウッドゴーレムもいる。
(こいつら赤帽魔法師も一等黒魔を倒せる実力はある。だが、それは多対一で自分たちが多勢のときだけだ。だったら)
「イェナ」
「うん」
ゼクスが名を呼べば、言葉はなくともイェナは察して返答する。
ウルフが襲いかかって来てゼクスは魔法で剣を出し、ウルフの爪を受け止める。
トレントが長い枝の腕を振り下ろし、魔法師たちが悲鳴を上げた。
しかしトレントの腕が地面を叩きつけることはなく、イェナの結界に受け止められて乾いた衝突音を鳴らす。
ウッドゴーレムが守りを崩すためイェナの方へ走る。
ゼクスは刀でウルフを薙ぎ払ってゴーレムを追い、地を蹴って跳びあがり背後からウッドゴーレムを真っ二つに斬り倒した。
イェナは守りを固めながら火属性以外の攻撃魔法でゼクスの援護をし、ゼクスは彼女の方に魔獣が行かないよう剣で魔獣を斬り伏せていく。
ただでさえ強い一等黒魔に囲まれ、防御と攻撃をほぼ同時進行でこなす。
二人とも攻撃に全力を出せず一撃では仕留められていないが、攻撃を続けることで着実に魔獣を討伐していた。
魔法師たちの横で音が鳴り、中継画面のランキングが更新される。
ゼクスとイェナのスコアがどんどん伸びていた。
魔法師たちはそれを見て焦った様子でゼクスたちに吠え始める。
「お、おいお前ら! 俺たちの獲物を横取りするな!」
「横取りって、アンタらにこの数の黒魔が、倒せるのかよっ」
ゼクスは剣を振るい応戦しながら魔法師の不満に返答する。
魔法師は言葉に詰まって唇を噛んだ。
「クソ、なにぼさっとしてんだ! 俺たちも黒魔を倒すぞ」
「そ、そうはいっても防御するのが精いっぱいでッ」
彼らも魔獣が襲いかかってきたら結界魔法で防御しているが、逆に言うとそれしかできていない。
一等黒魔は攻撃力が高いため、赤帽魔法師の魔法技量では結界を破られる可能性が高い。
魔法を打とうとして防御から意識をそらした瞬間、結界を破られ食われてしまうだろう。
「うああああ!!」
「ッ!!」
戦闘の衝撃音や爆発音が森を支配するなか、魔法師の悲鳴が一層強く響いた。
ゼクスが驚いてそちらへ目を向けると魔法師の男性が結界の先で魔獣数体に囲まれていた。
複数の黒魔が同時に攻撃するのを繰り返し、魔法師の結界に亀裂が入る。
ゼクスは自分の前にいるウルフを蹴り飛ばし魔法師のもとに駆ける。
魔法師の結界の亀裂が広がり、ゼクスが来る前に砕け散ってしまった。
甲高い割裂音が鳴り、魔法師の見開いた目にウッドゴーレムの拳が映って背後からウルフが食らいかかる。
しかしゼクスの剣が勢いよく飛んできて、ウッドゴーレムの腕を斬り飛ばした。
ゼクスはウルフの下に滑り込んで手元にナイフを生成し、下からウルフの喉元を斬り上げる。
血が吹き出して降りかかり、彼は顔をしかめて口に入った魔獣の血液を吐き出した。
その隙に他のウルフが襲ってきて魔法師は尻もちをついて悲鳴を上げ、イェナが電撃魔法で撃墜させる。
ウルフが地面に倒れ、魔法師は怯えながらゼクスを睨んだ。
「お、お前らのせいでこんなに魔獣が出たんだぞ!」
「助けてもらってそれはないんじゃないのー?」
左方から女性の声が聞こえて、ゴーレムの頭部が飛んできた。
頭部は魔法師の真横を通り過ぎ、その先の木に衝突して大きな音を立てる。
魔法師は「ひいッ!」と短い悲鳴を出してゴーレムが飛んできた方へ視線を向けた。
そこにはエノアがいた。
ウォーハンマーを持つ手を肩に置き、頭のないウッドゴーレムの胴体を踏みつけている。
「おいエノア、ゴーレムの頭叩き飛ばすな。万が一、人に当たったら死ぬぞ」
茂みの奥の方からロニが剣片手に呆れた様子で歩いてくる。
「おー。エノア、ロニ」
ゼクスの意識がそちらへ向いている間にトレントがイェナに攻撃を仕掛けた。
しかし、一秒もなくトレントの腕が細かく斬り落とされ、胴体に大きな風穴が開く。
「おっとー。イェナちゃんを傷つけるならボコボコにしちゃうよー」
マリアが鉄の槍を手の中で回し、その隣でレベッカが煙を吐くバズーカを降ろした。
「イェナちゃん、ゼクス君。怪我はない?」
「大丈夫だよレベッカ。助けてくれてありがと」
「いえいえ。イェナちゃんなら対処できると思っていたけど、どうしても体が動いちゃった」
にこにこと微笑み合う彼女たちをよそに、魔法師たちは乱入してきたギルドの面々に驚く。
「ブリッジ・コアの奴らが、なんで」
「た、たかがギルドの従業員だろ。普段から魔獣討伐している俺たちには到底、敵わねえよ! むしろいい囮ができた。こいつらに取られる前に早く魔獣を」
魔法師の言葉を遮るように、前にいた魔獣が爆散した。
砂埃が広がり、突然のことに魔法師は「は?」と声をこぼして唖然とする。
砂埃の中で人影が揺れて、女性が大鎌で煙を切り裂いて姿を現した。
「あなた達、何もたもたしてるの。他の魔法師たちはどんどんポイント重ねてるわよ」
長い黒髪を風に揺らし、赤い虹彩に囲われた瞳孔が鋭く前を見据える。
黒服と黒のブーツに、黒い帽子を被る様は、まさにステレオタイプの魔法師である。
《おーっと、これは!! ベスタート王国ギルド「ブリッジ・コア」の主戦力! 大魔法師、ヴィヴィアン・バランタインだああ!!》
投影魔法の映像からマーズの大きな声がもれる。
ヴィヴィアンと呼ばれた女性は眉を寄せた。
「相変わらず実況が騒がしいわね」
少し呆れた様子で言う彼女は、「大魔法師」の称号を獲得している一等黒帽魔法師である。
ゼクスたちと共にブリッジ・コアで働いており、ギルドの主戦力となっている。
「バ、バランタインがなんで魔法祭に……」
魔法師たちはヴィヴィアンが参加していたことに驚愕した。
彼女は普段から表に姿を現すことが少なく、ギルドの建物内ですら見かけない。
外出する際も人目を避けてギルドの裏口から出ているなど徹底しており、魔法祭のように目立つ行事には絶対に参加しないはずだった。
《大魔法師様だああ!!》
《キャー! バランタイン様かっこいー!》
《ヴィヴィアン様―!!》
皆の崇める強い大魔法師なうえに、あまり姿を見ない稀少人物ということもあって、国内で大きな歓声が上がる。
中継画面からその声がもれてきて、ヴィヴィアンはため息をついた。
ゼクスも彼女が来るとは思っていなかったようで少し驚いていて。
「ヴィヴィお前も来てたのか」
「今回あなたが魔法祭に参加するっていうから、他の任務を早く終わらせて来ただけ。でも祭事中の狩りも毎日は同行しないからね。」
「ああ、分かってる。ありがとな」
全員ゼクスのもとに集まり、それぞれ武器を構えて魔獣たちと対峙する。
《ブリッジ・コアの精鋭が勢ぞろいです!! バランタインさんは、なかなか人前で力を見せない魔法師です。これは熱いですよ!!》
「ふざけんな! ここは俺たちが最初に狙った場所だぞ!」
セーズの実況に魔法師が苛立って声を荒らげる。
しかし森林に生息していた魔獣たちが戦いの音に寄せられており、先ほどよりも魔獣の数が多い。
「り、リーダー、ダメです! さっきの戦闘で黒魔が集まってきてる! 早く逃げないと俺たち食われますよ! って、言ってたらこっち来たァァ!!」
数十体のウルフが一斉に魔法師たちを襲ってくる。 ヴィヴィアンが魔法師たちを押しのけ、鎌を振るって全てのウルフの頭を斬り落とした。
血しぶきが舞い上がり、彼女の服や顔を赤く染めていく。
ヴィヴィアンは魔法師たちに冷めた視線を向けた。
「あなた達、邪魔になるから退いて。さっさと離れないと……私の鎌に巻き込まれるわよ」
血のしたたる鎌に魔法師たちは全員恐怖し、悲鳴を上げて慌てて車に乗り森から逃げていった。
ロニはその様子を見て苦笑いする。
「トラウマもんだな、ありゃ」
「血を見ただけで怖がるようなら、黒魔討伐には向いてないわよ」
「血じゃなくてヴィヴィが怖いんだと思うよ、うん」
顔の血を拭って不思議そうにするヴィヴィアンに、エノアは苦笑いして返した。
ゼクスは周囲にギルド関係者以外がいないのを確認する。
「じゃあ、始めるか」
ゼクスの指揮に合わせて、イェナたちブリッジ・コアの戦闘員全員が武器を構えた。
広大な高原に武装した魔法師たちが群れを成している。
周りには魔獣が何体も倒れており、魔法師たちが魔法で魔獣を亜空間に収納していた。
少し離れた場所で、赤帽魔法師の女性が中継の映像を見ている。
魔法祭が始まる前、闘技場手前で話しかけてきた魔法師ラフィリアである。
長い赤髪を風に舞い上げられ、紫の目はランキング表に向けられていた。
映像からマーズの声が流れてくる。
《やはりランキング上位は、いつもの方々が独占してるねー》
《ユェンハ国の第一後継者候補、ミェンリン様。ピオドール皇国ペツィ公爵家のご息女、プリシエラ・ペツィ様など、錚々たる面々でございます!》
《そしてそして! 魔獣の巣窟破壊に成功した人たちがいるみたいだよー! 今回、破壊された巣窟は、アデクル山とニェッサ高原、タクテ砂漠西部の三ヶ所! 加点されたのはこの人たち!》
マーズの言葉に合わせてランキング表の名前が、巣窟破壊で加点された者のみ赤字で強調される。
巣窟破壊はその場にいた人たち全員に加点されるので、何人もが赤になっていた。
《特に注目したいのがこの三人! 魔獣討伐部隊『赤雷魔導士団』団長、ラフィリア・へサッド! ミレイセム王国出身の魔法師で魔獣討伐旅団『光剣の翼』のリーダー、ロクセスターナー・ヴィジッチ!!》
映像にラフィリアともう一人、男の宣材写真が映しだされる。
途端、ベスタート王国の闘技場内で歓声が上がった。
男の方も、闘技場前でゼクスに声をかけてきた人物。
金髪碧眼の赤帽魔法師、ロクセスである。
ラフィリアはゼクスたちの住むベスタート王国で魔獣討伐部隊を組み、多くの兵力を持っている。
対してロクセスは元々ミレイセム王国生まれで、魔獣討伐を目的としてパーティを作り今は各地を旅している。
どちらも一等黒帽魔法師になれる実力を持っており、見た目や性格の良さから人気が高い。
《そしてもう一人は、何と言ってもこのお方……大魔法師を多く生んだフォーリスハイン家の長男、次期勇者候補!! 『灯聖騎士団』団長ベルバレット・フォーリスハイン!!》
ベルの写真が映し出されると、先ほどより大きな歓声が闘技場を覆った。
「相変わらず人気だね」
映像から漏れてくる歓声の差に思わず苦笑いしてしまう。
映像を閉じようとした瞬間、セーズが声を上げてラフィリアの指が止まる。
《おおっと! 速報です! いま追加でもう一ヶ所、フォスト森林の魔獣の巣窟が破壊されたようです! 周辺にいたのはべスタート王国ギルド「ブリッジ・コア」の面々です!!》
映像にゼクス達の写真が映し出される。
ヴィヴィアンが出てきたからか再び歓声が起こった。
《いやー、凄いですね。やはりバランタインさんがいるからでしょうか? しかし白帽魔法師が二人いて、よく生きていられましたね》
《帽逆の魔女がいるからねー。予想外な結果になるのは目に見えてるよ》
《運営側としては、帽逆さんにはちゃんと実力で挑んでほしいところですがねー。助手ゼクス君も他のメンバーを頼りに成長していけるといいですね》
「ラフィリア様、次に行く前に食事を済ませて……ラフィリア様?」
赤雷魔法師団の団員が声をかけるが、ラフィリアの顔を見て驚く。
彼女は普段から穏やかな人だが、今その顔は笑みをなくし冷めきっていた。
「……何でもないよ」
(今回の大会で、しっかり実力を見せるんだよ。ゼクス、イェナ)
ラフィリアは心の中で二人に言葉をかけ、次の討伐地点へと向かった。
「ロクセスたちは相変わらず人気だねえ」
アデクル山にて、白いローブを着たピンク髪の女性は、中継映像を指差し後ろを向いて笑った。
そこにいた人、ロクセスは困ったように眉を下げてため息をつく。
「そんな顔でこっちを見るな。問題なのは人気じゃなくてスコアの方だ」
「んでも俺らなら上位には食い込めるでしょ。いつも通り皆、鍛錬も怠らず準備をしっかりしてるんだから」
旅仲間の若い男性は怪訝そうに返す。
周りにいる他の面々も、ロクセスの警戒を不思議に思っていた。
ロクセスは映像へ視線を向ける。
ランキング表には、先まで中位にもいなかったのにスコアが急増して上へ食い込んでいる名前があった。
ゼクス・テンペライオ、その名にロクセスは口角を上げる。
「これから、隠れた強敵が狩場を食い荒らすことになるぞ」