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第五話「魔法祭」

 夕方、ゼクスのもとに郵便が届いた。

 その中には銀色のメタルタグのネックレスが入っていた。

 魔法祭の参加証であり、タグには階級と名前、参加者番号が刻印されている。


 魔法祭に参加するには、参加する本人がそれぞれの国の魔法師協会に書類を提出しなければならない。

 ゼクスが何の手続きもしていないのに届いたということは、おそらくベルが勝手に書類を出したのだろう。


 彼は協会が優遇する人物である。

 ベルが一言、申請を通すように指示を出せば本人がいなくても受諾されてしまう。


 それにしても一日も経たずに届いたということは、帰ってすぐ提出したということになる。


(あの人、昨日俺が反対してても絶対、書類出してたな……)


 郵便封筒の中からもう一つメタルタグが出てくる。

 イェナのファーストネームだけが刻まれたタグにゼクスは苦笑いを浮かべた。


 ゼクスは仕事を終え、ハヴォックの部屋に来て魔法祭参加のことを伝えた。


 ギルドの従業員が魔法祭に参加する場合、各ギルド運営者は従業員に、普段の業務より魔法祭の討伐を優先させるようになっている。


 従業員はギルドマスターと相談し、祭事中のシフト調整を行う。

 一ヶ月間全て業務を休止することもできるが、ギルドへの礼儀として数回は通常業務に務めるのが暗黙の了解である。


 魔法祭の開催期間中は、全てのギルドが祭事運営に協力する義務を課されている。

 魔獣討伐状況の確認や各参加者の討伐数の計測、ランキングの更新など、普段とは違った特殊業務で占められる。

 ギルドにとって、通常日より多忙かつトラブルの起きやすい面倒な期間だった。


 ゼクスはベルへの対抗心から魔獣討伐を本格的に行いたいと思っていた。

 しかしその反面、ギルドが多忙になるため週三回以上はギルドで通常業務を務めようとしていて、


「いや、別にギルド業務は月三くらいで構わんぞ」


 その意気込みが空振って唖然としてしまった。

 ハヴォックは書類片手に、特に気にした様子もなく「むしろ全日休暇でもいいくらいだ」と言ってのける。


 でも、とゼクスが申し訳なさそうにしていて、書類に向けた視線をゼクスに移した。


「お前も知っていると思うが、魔法祭中の魔獣討伐管理は他のギルドと共同でやっている。人手はいつもより多いくらいだから安心しろ。他の奴も参加したがってるから、ついでに連れて行ってやれ」

「いやさすがにそれは」

「勝ちたいんだろ? ベルバレットに」


 言葉を遮りゼクスを見つめる。

 彼は少し驚くが、真っすぐな目でうなずいた。ヴォックはフッと笑う。


「なら、存分に力を出してこい。アイツのお堅い頭に、イェナの楽しそうな姿を刻んでやれ」

「! はい!」


 ゼクスは彼の言葉に目を見開き、笑顔を浮かべて明るく声を返した。



 二週間後、魔法祭初日の朝は活気に満ち溢れていた。


 城下町の街道には様々な装飾品が取り付けられ、広告旗や弾幕が建物を覆いつくす。

 電撃魔法の電飾が彩る通りに、宣伝バルーンが魔法で浮遊してばらまかれていた。


 この国では闘技場で魔法祭の実況が行われ、そちらへ向かう人の流れにそってにぎやかになっていく。

 闘技場へ近づくにつれて道の両端を露店の列が占拠し、競技開催前でも既に人々は祭りを楽しんでいた。


 ゼクスは開催の挨拶だけを見に闘技場に来たのだが、イェナが屋台を見つけた途端そちらへ吸い込まれていった。


「おいイェナ、そろそろ始まるから急ぐぞ」

「わふぁっへふ! すヴいふ!」


 イェナは屋台で買ったフランクフルトを頬張りながら返事をして戻ってくる。

 その両手いっぱいに菓子や景品を持っていて、ゼクスは頭を押さえてため息をついた。


「んなに食ってっと移動中に体調崩すぞ。袋詰めされてるやつは宿に置いておけ。あと景品は荷物になるからどっか預けてこい」

「ん。でも競技中にちょっとお腹すいたとき食べられるから持っていこーよ。ほら、チョコバナナはお菓子に入るよ」

「子供の遠足か。良いから片付けてこい」

「えー、ケチー」


 イェナは残念そうにしながら荷物を預けに行く。

 先が思いやられる、とゼクスは内心でぼやいた。


「あれ? ゼクスじゃない」


 イェナが戻ってくるのと同時に、後ろから女性が声をかけてくる。


 振り返れば、長い赤髪の赤帽魔法師がいた。

 紫の目が少し驚いた様子でゼクスを見つめる。


 彼女の隣には金髪碧眼の爽やかな男性がいる。

 こちらも赤帽魔法師である。


「珍しいな。お前が魔法祭に参加してるなんて」

「参加させられてんだよなあ」

「あー……大変だな、お前も」


 ゼクスが疲れたような表情を見せ、男性は何となく察して苦笑いする。


「あー! ラフィリア様! こんなところにいた!」


 大きな声がして、何人かがこちらに走ってくる。

 全員が魔獣討伐用の武装をしており、女性のもとに来て困ったように彼女に不満の声をあげた。


「まったく、もう開会式が始まります。早く行きますよ!」

「わかったよ。じゃあ、またね。ゼクス、イェナ」


 ラフィリアと呼ばれた女性は手を引かれるまま闘技場に消えていった。


 それに続くように、前方で声が上がる。

 声のした方には、武装した若い男女が何人かいた。


「ロクセスー! 何してるのー。早く行くよー」

「ああ。いま行く! んじゃ討伐の時にでも」


 金髪の男性が返答し、声をかけてきた者たちと共に闘技場に入っていった。


 ゼクスたちも屋台群を抜けて闘技場に入る。

 広い建物の中、大勢の人々が観戦席を埋め尽くしていた。


 反対側上方には国王のいる個室があり、特殊な魔法で多重結界が張られている。

 上空には魔法投影で各国の様子がいくつも映し出されており、この国以外の国王らも魔法祭を観覧していた。


 フィールドに特別ステージが設けられている。

 そこには司会や魔法師協会の指導員、専門家らが座していた。

 司会の男性がマイクを持ち大きな声を放出した。


「皆さまお待たせいたしました! これより、魔法祭を開催いたします! 司会はわたくし、ベスタート王国の二等赤帽魔法師セーズと」

「ミレイセム王国の一等黒帽魔法師マーズが務めまーす!」


 投影された画面の一つが大きくなり、黒帽を被った女性がドアップで映った。


 最初は各国の国王からの挨拶や、決まった式典の流れを行う。

 普通はおごそかな雰囲気になるはずであるが、司会の二人は「国王陛下のご挨拶だよー!」「盛り上げて行こー!」とテンションが高い。


 慣れていない者なら顔を青ざめそうな空気で進行している。

 しかしそれを非難する者は誰一人いず、国王たちも笑って拍手をして場は盛り上がっていた。


「相変わらず、司会はテンション高い奴しか選ばれないな」

「盛り上げ隊だからねー。世界平和のための式典でもあるから、明るくいく分には問題ないんだろうね」


 今回だけでなく、魔法祭の司会は毎回こんな感じである。


 魔獣に対抗できる強い魔法師を育成するため、相互で高め合うため、世界的なスポーツ大会として魔法祭が開かれている。

 しかしそこには、国同士の平和を維持する目的も含まれていた。


 イェナは(世界の国々が見てる中で表に立たされるの大変そうだなー)と思いながら司会の声を耳に流す。


「ほいほい、定例の儀式が終わったところで! じゃんじゃか説明行っちゃうよー!」

「魔法祭はポイント制でランキングの順位を競います! 採点対象は三つ! 魔獣討伐と魔獣巣窟の破壊、そして腐魔領域の正常化! ポイントの割り振りはこちら! デデン!」


 セーズのふざけた掛け声に応じて、各国の祭事運営関係者が魔法を発動させる。

 それぞれの会場に大きな画面が出現し、採点事項が明示された。


 魔獣討伐の得点はそれぞれ、四等茶魔が三点、三等青魔は十点、二等赤魔は三十点、一等黒魔は四五〇点。


 もし特定警戒魔獣を倒した場合は、点数ではなく星が付与される。

 スコアが同じでも片方が星を獲得していれば、星の獲得者の方が順位は上になる。


 また魔獣の巣窟に潜り込み、その周辺にいる魔獣を全て殲滅すると九千点が加算される。

 魔獣の巣窟は、必ずしも大気魔力が腐敗しているわけではない。

 しかし、住みかとなると様々な等級の魔獣が入り乱れていることが多い。


 自分では倒せない魔獣がいる可能性もあり、黒帽魔法師以外は巣窟の破壊は難しいだろう。


 そして腐魔領域と呼ばれる場所を正常化させた者には、一万八千点が与えられる。


 この腐魔領域とは、腐敗した魔力が滞留している区域のことである。

 先日ゼクスたちが大蛇と戦った森も腐魔領域と呼べる。

 その領域内には魔獣が生成されやすく、そして魔獣の魔力量や攻撃性も高くなる。


 一度、腐魔領域と化してしまうと人為的に浄化しない限りそこは元の環境には戻らない。

 それどころか正常な魔力を腐食して、どんどん領域を広げていく。


 腐魔領域を正常化させるには、イェナが森でやったように周辺の腐敗した魔力を回収し、己の中にある新鮮な魔力を周囲の土地に流し込む必要がある。


 だがしかし、周りに漂う腐魔に耐えながら浄化できる者はそうそういない。

 だからこそ点が桁違いなのである。


 ゼクスは画面を眺め、顎に手を当てて考え込む。


(腐魔領域の正常化はリスクが高い上に、確実に成功するわけじゃない。魔法師の魔力量と体質が合わなきゃ致死的状況になり得る。大魔法師以外は不可能に近いし、他の魔法師はメリットよりリスクの方に天秤が傾く)

「ランキングを重視するなら、抜け道はココだね」


 イェナが考えを察して言葉を出し、ゼクスは彼女の方へ目を向ける。


 時間や体力に限りがある以上、討伐できる魔獣の数も限られてくる。

 ランキングで他と差を広げるには、他の者ができない事、かつ一気に点を取れるものを狙わなければならない。

 もっとも、他の者が避けるだけあって危険な選択ではあるが。


 考えるのを中断して、再び司会の声を頭に入れる。


「ランキングは個人戦だけど、実際の戦闘はソロでもパーティでもオッケー!」

「ですがパーティを組んでいても、ポイントが加算されるのは魔獣を最後に仕留めた人のみ! 魔獣の巣窟破壊ポイントは、その場にいた人たち全員に加点されますが、腐魔領域は土地に魔力を注いだ人だけが加点対象です! 皆さん、自分の得点はちくいち確認してくださいね!」

「そしてお待ちかね! ランキング上位の人には、賞金があるよー! さらにさらに! 活躍によっては、それぞれの国の魔法師協会が昇級してくれるかもしれないね!」

「魔法師同士の殴り合い、魔法の打ち合いはオッケー! 参加を決めたからには、自分の身は自分で守りましょう!」

「でもでも! 人を殺しちゃうと国際指名手配されるから気を付けてねー! なるべく殺さない程度に、わくわくドキドキのバトルをやろうねー!」


 大会は任意参加で、魔法師にとっては修練の場でもある。

 参加者の身の安全は参加者自身が守らねばならず、大会運営側は一切助けに入らない。


 ただし、あくまでこれは平和の祭典。

 人を殺めた魔法師は残虐者の名を被り国際指名手配され、逮捕後は厳罰に処される。


 だが司会のマーズは苛烈な戦闘を心待ちにしているような言い草で、ゼクスは呆れて息を吐いた。


 大会の説明が終わり、まだ司会の話は続いているが武装した魔法師たちが続々と闘技場から出て行く。


「俺たちもそろそろ行くか」

「うん」


 彼らに続いてゼクスたちも闘技場から離れる。

 魔法でバイクを出し、それに乗って出国の結界防壁へと向かった。


 防壁の前には自動車がいくつも停車しており、大勢の魔法師が集まっていた。


 魔法祭は公平を期すため、初日は全ての国の参加者全員が競技開始と同時に出国することになっている。

 陸上車両だけでなく、箒や小型の飛空艇を使って討伐に出る者もいる。

 皆が出国し手続きを終わらせて待機していた。


 街のいたるところに映像画面が出現し、司会が映り込む。


「さあさあ皆、出国準備はできたかーい!」

「競技開始まであと十秒! 九! 八! 七!」


 セーズに合わせて、闘技場の観客や街の人々もカウントダウンの声を上げる。


『六! 五! 四ッ! 三ッ!』

「にぃー……イチ! スタート!!」


 開始の合図と共に、各国の魔法師たちが一斉に外へとなだれ込んだ。


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