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第四話「魔法祭の足音」

 帰国してギルドまで戻り、入口にバイクを停める。

 ギルドの扉を開けると


「二人ともお帰りー!」


 金髪の女がゼクスに飛びついてきた。


 突然のことにゼクスは驚き「ぬわッ!」と声を出して後ろに倒れそうになる。

 イェナが慌てて二人分の体重を支えた。


「お、おもいい」

「おいエノア、早く離れろっ」

「あはは、ごめんごめん。長期任務も終わって久々に二人に会えるから嬉しくてつい」


 二人とも体勢がきつそうにする。

 抱き着いてきた女、エノア・パーチェスは笑って離れた。


 赤帽の下の短い金髪が揺れ、碧眼が喜びの色を持って二人を迎え入れる。

 二十代前半ほどの彼女は、ゼクスたちと同じくブリッジ・コアの従業員である。


 先ほどまでギルドの任務で他国に行っていたらしい。


「おいエノア、報告まだ残ってるぞ」


 受付カウンターで手続きをしていた男が呆れた様子でエノアのもとに来た。

 茶髪に赤目の赤帽魔法師で、ゼクスより少し年上に見える。


 彼、ロニ・ヴィンチヴァイスもまた、ブリッジ・コアの従業員である。

 ゼクスとイェナの主要業務が受付事務なのに対して、エノアとロニは率先して戦闘任務にあたる。

 いわゆるギルド内部の戦闘要員である。


「ロニ、今回の遠征はどうだった。周辺の赤魔と黒魔は増えていたか?」

「赤魔は前回より頭数が多かったな。黒魔はそこまで増えていないが、減ってもいない。これ周辺魔獣の調査書だ」


 ゼクスに問われ、ロニは鞄から書類を出して渡す。

 そこにはロニたちが今回の遠征で遭遇した魔獣や、周辺国の大気魔力濃度の状況などが詳しく書かれていた。


「ありがとう、助かるよ。いつものことながら、お前たちの仕事は抜かりないな」

「もうすぐ『魔法祭』もあることだしね。しっかり下見しておかないと」


 エノアの言葉を聞いて、ギルドにいた魔法師たちが一気に笑い出した。


「ぶはは! 六年間ずっと白帽の奴が、魔法祭だってよ!」

「帽逆女なら知らんが、ゼクス君には無理だろ」

「どうせ無帽は出ようと思ってもパーティメンバー集まらないって」

「魔法祭に出たとして最下位だろ。やるだけ無駄無駄―」

「ちょっとアンタたち」


 エノアは眉を寄せて不快をあらわにし、魔法師たちに言い返そうとする。

 しかしロニが肩に手を置いて制止した。


「止めとけ。分かりやすい煽りに乗るな」

「でも……」

「エノア。怒ってくれるのは嬉しいが、こんなところで乱闘起こしたらギルドに悪評がつく」


 ゼクスは礼を言いつつ彼女を宥めた。直近でイェナが壁を壊した件もある。

 手を出していない相手に、ギルドの従業員が揉め事を起こせば客足が遠のいてしまいかねない。


 魔法師たちもエノアが殴れない立場にあることを分かってわざと貶し煽っているのである。


「ぐぬう……勝手に格下だって決めつけてえッ」


 エノアが恨み声を魔法師たちに吐くのをよそに、イェナは受付カウンターに向かう。

 受付対応をしていたのは、クラシカルメイド服を身にまとう女性だった。


 茶色いショートヘアと同色の目を持ち、黒ぶち眼鏡をかけて青帽を被っている。

 イェナは彼女に先ほどの依頼票と、回収した腐敗魔力入りの瓶を渡した。


「レベッカ、これの処理お願い」


 レベッカと呼ばれた受付嬢は「了解」と微笑み、渡された瓶を銀の小箱にしまう。

 施錠魔法の陣を三つ重ねて密閉状態にした。


 後ろの棚のボタンを押すと棚が地面に沈み、その奥にさらに棚が出てくる。

 小箱を棚の引き出しに入れ、報奨金をイェナに手渡した。


「二人ともお疲れ様。一等黒魔だったけど怪我はない?」

「大丈夫だよ。むしろゼクスと散歩できて楽しかった」


 イェナは嬉しそうにして言葉をこぼし、その表情にレベッカは優しく微笑んだ。


 ゼクスたちもギルドの事務作業に戻り、夜になって仕事が終わると二階の応接間に集まった。


「はー、今日はいつにも増してムカつく奴ばっかりで嫌になるわー。なによアイツら」


 エノアは煽ってきた魔法師たちを思い返し、ソファーに背中を預けて文句を垂れた。

 横にロニが座り、テーブルを挟んだ向かいにゼクスとイェナが腰を下ろす。


 右のソファーには赤帽魔法師の女性が座っていた。

 彼女はマリア・ロザリオ、イェナと同年の人物である。


 レベッカがお菓子を運んできてマリアは嬉しそうに金色の目を輝かせた。

 ピンクのボブヘアを揺らし、「わーい、カップケーキだー」と気の抜けた声を出す。


「まあ、魔法祭が近いですからねー。皆さんやる気に満ち溢れすぎて元気いっぱいなんですよ」


 もさもさとカップケーキを食べながらエノアの不満に返答した。


 この世界では年に一回、夏に「魔法祭」と呼ばれる大会が開かれる。

 魔法師の強さを見極めることを目的としており、全ての国が参加する世界規模の行事である。


 開催期間は一ヶ月と長く、国の外の魔獣討伐、魔獣の巣窟の破壊など様々なミッションが与えられる。


 それぞれの成果にポイントが振り分けられ、参加する全魔法師がランキング化される。

 国の威厳もかかっているため、多くの国では好成績を残した者に賞金が与えられ、さらに昇級することもできるようになっていた。


 通常の昇級試験と違い自分に合った条件で挑戦できるので昇級しやすく、皆やる気を出して大会に参加している。

 かくいうマリアも去年の魔法祭でランキング上位に入り、青帽から赤帽に昇級していた。


「ゼクスも今回は参加してみても良いんじゃないか?」

「いやあ……変に目立ってこれ以上、敵視されるの嫌なんだよなあ。ソロじゃきついがパーティメンバーも集まらないだろうし」


 ロニに促されるがゼクスは苦い顔をした。


 魔法祭で一番注目されるのは個人のランキングである。

 しかし基本的に参加形態は問われない。


 パーティを組もうがソロで挑もうが自由である。

 ただしソロではランキング上位に食い込むことも、好成績を残すことも難しい。

 それができるのは既に高位に立っている者、黒帽魔法師くらいである。


 エノアたちはゼクスの言葉を聞いて少し驚き、ふっと笑みを浮かべた。


「メンバーならいるじゃん。ここに」


 五人の視線が一挙に集まり、ゼクスは顔を引きつらせる。


 確かにここには赤帽魔法師が三人いるため、パーティを組めば白帽でも好成績を取りやすい。

 ただし周りから、赤帽の仲間に頼っているなどと言われる可能性は大いにある。


「ま、まあ……考えとく」


 ゼクスは後ろ向きに捉えつつ苦笑いして答えた。


 翌日ゼクスが執務室で事務作業を進めていると、ノックがして部屋にレベッカが入ってきた。


「ゼクス君、お客様だよ」

「客? 今日は何も予定なかったはずだが」

「それが……ベルバレット様が、ゼクス君に話があるって」

「げ……嫌な予感しかしない」


 ゼクスはその名を聞いて苦い表情を浮かべた。

 執務を中断して来客の待つ応接間に来る。


 部屋のソファーに、金髪の黒帽魔法師の男が座していた。

 その横のソファーにはイェナがいる。


 男はお茶を飲んでいたが、ゼクスが入ってきて彼の緑眼がそちらへ向く。

 ゼクスより少し年上だろうか、整った顔立ちの好青年である。

 彼はソファーから立ち上がって挨拶を済ませた。


「いきなり訪ねてすまない。急を要する業務があれば、そちらを優先してくれ」

「いえ、構いませんよ。ベルさんも多忙で、今しか時間が開いてないでしょう」


 ゼクスは、ベルと呼んだ男の対面に座った。


 金髪の青年はイェナの実兄、ベルバレット・フォーリスハインである。

 勇者エドウィルの息子で黒帽の優秀な人材のため、そのうち大魔法師に認定されるのではないかと言われている。


 魔法師ギルドは依頼を円滑に処理するためにも、彼らのような優秀な魔法師を特別に重宝している。

 それはブリッジ・コアも例外ではない。


 ゼクスはニコニコと爽やかな笑顔を浮かべる。


「それで今日はどういったご用件で?」

「君には、必ず魔法祭に参加してもらう」


 ゼクスの笑った目元がピクッと反応し、表情をこわばらせた。


 魔法祭は個人が任意で挑戦するものである。

 昨日のように周囲に参加を促されることはあっても、誰かから強制されることは滅多にない。


「なぜ俺に? 俺が参加しなくてもベルさんには特段、関係ないはずですが」

「関係ならあるさ。一応、君に彼女の面倒を見てもらっているわけだしね」


 ベルはイェナへ視線を移し、辺りを見回す。

 白い魔法陣を展開させ、この部屋に盗聴防止の魔法を付与した。


「兄として、君の実力を測りたい。実力不足だと感じた場合、イェナの監視役から降りてもらう」

「監視役って、アンタねえ……」


 言葉の選び方に引っかかってゼクスは少し険を浮かべる。


 現状、エドウィルに依頼されてイェナのブレーキ役としてそばにいる。

 しかしそれはあくまでも、「イェナが普通の人間として生活できるように隣で支えてほしい」と言われただけである。

 決して見張りをしろと求められたわけではない。


 ただイェナは表情が変わっておらず、あまり気にしていないように見える。


「監視というのも間違いではないだろう。イェナはあまりにも魔力が多すぎる。暴走すれば大惨事になってしまう。そんな人物を、今まで君に任せていたのがおかしいんだ」


 本来なら自分たち黒帽魔法師の身内が、責任をもって管理しなければならないと思っているらしい。


 ベルも帽逆の能力は知っている。

 父であるエドウィルも認めた力だが、ベルはそれでも納得できないようだった。


(帽逆……使い勝手のいいものだが、しょせんは他者の力を借りているだけ。どこまでいっても、彼自身の保有魔力が少量である事には変わらない)


「もし帽逆が通用しなくなったら君は、ただの白帽魔法師に戻ってしまう。一市民が背負うには、あまりにもリスクが高すぎるんだ。これからは君の代わりに私たちが彼女の面倒を見よう」

「……その場合、イェナは今まで通り生活できるんですか」


 ゼクスの問いにベルは黙ってしまった。

 ゼクスの大きなため息が、静かな空間に悪目立ちして広がっていく。


「俺はあなた方の父上に依頼されて、イェナのそばに居ろと言われているんですよ。契約を反故にして勝手に降りたらあの人が黙ってないでしょ」

「父上になら許可をもらっている。魔法祭の結果次第ではイェナの付き添いの依頼を終わらせても良いと言っていた」


 ゼクスは眉を寄せた。


 身内が監視という形でそばにつくのなら、イェナが自由に生活できないのは明白である。

 最悪は屋内でずっと閉じ込められることになるかもしれない。


 エドウィルが昔と変わっていないのであれば、ベルの行動は絶対に許可しないはずである。

 なに考えてんだあの馬鹿勇者、と内心で毒づいた。


「それに、君の御父上のこともある。イェナと共にいるのも複雑だろう」


 父親の話が出てきた瞬間、ゼクスの目つきが変わる。

 金色の目に憤懣(ふんまん)を浮かべてベルを見据えた。

 その表情にベルの身体がこわばる。


「っ……魔法祭に関係なく君がいいなら、今すぐにでも依頼を解消して構わないが」

「誰が解消したいって言ったよ」


 言葉を遮ってゼクスは立ち上がった。

 ベルを見下ろす彼の視線は、ただひたすらに冷たいのに、奥に怒りという熱が垣間見える。


「いいっすよ。アンタが俺の代わりにはなれないってことも、俺に勝てないってことも……証明してあげますよ」


 その言葉にベルの視線も冷めていく。

 口角が下がり、立ち上がってゼクスを睨んだ。


「魔法祭、楽しみにしているよ」


 睨んだかと思えば笑みを投げつけて去っていった。


「こえー顔……っていうかイェナ、お前散々言われてたけど良いのかよ」

「うん? まあねー」


 イェナは曖昧に返して、ゼクスがこの部屋に来る前のことを思い出す。

 彼女はゼクスを待ちながら、ベルと少し話をしていた。


『魔法祭、ゼクスを強制参加させるの? 何のためにそんなこと』

『そりゃ、どこの馬の骨とも知らない人間に妹を任せるわけにはいかないだろ』


 ベルは少し眉を寄せて言った。

 要するに彼は、ゼクスが気に食わないのである。


『……ベルさん。六年も一緒に居たら、どこぞの馬の骨とは言えないよ』

『ベルさんって……二人だけなんだから、そんな他人行儀にならなくたっていいだろう』

『いや、だってどこで誰が聞いてるか分からないし』


 彼は不満そうに唸った。じゃあ、と盗聴防止魔法を発動させる。


『これなら大丈夫だな』

『なんでわざわざ魔法使うの』


 問われてベルは視線を下げる。

 

『俺だって……「お兄ちゃん」って頼ってほしいんだよ。普通の、家族兄妹みたいにさ……でも、そんなこと表ではできないだろ』


 イェナは目を見開いた。

 実兄にこんなことを言われるとは思っていなかったのである。


 彼女はフォーリスハイン家の子供であることを秘匿して生きている。

 だから家族であるベルたちとの親密な様子を他者に見られてはならない。


 外で兄と呼ぶのも妹と口にするのも避けねばならない。

 家族らしいことも、兄妹らしいこともできない。

 何一つとして思い出が作れない。


 だがこの関係性は昔からなため、イェナは兄もそこまで気にしていないだろうと思っていた。


『……ごめんね、気づけなくて』


 ソファーから降りて、ベルの前に来る。

 背伸びをして彼の頭に手を置いた。


『ありがとう。お兄ちゃんっ』


 盗聴防止魔法の白い膜の中で、イェナはいっぱいの笑顔を咲かせた。



「あの人はただの、いいお兄ちゃんだよ」


 イェナはベルが去っていった方を見つめ、ぼそっと呟いた。



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