第三話「帽逆の魔法師」
数日後、闘技場で助けた少女の親からお礼がしたいとのことで、呼び出された場所に来た。
のだが――
「ここって、フォーリスハイン家じゃねえかよ」
招待状を片手に、目の前の豪邸に顔が引きつる。
ベスタート王国には、「大魔法師」の称号を得た一等黒帽魔法師が十数人いる。
その数は他国に比べて多く、特にこのフォーリスハイン一家は代々、大魔法師を輩出する家系である。
実力主義の中で悠々自適に暮らしている家系、といえばいいだろうか。
俺には何の縁もない、と思っていた。
部屋に案内されて扉を開ければ、広い部屋の大きなベッドにイェナが眠っていて、そのかたわらで勇者エドウィルが微笑んでいた。
「やあ、また会ったね」
挨拶が聞こえてきて即座に部屋の扉を閉めた。
だがすぐに中から扉が開けられて勇者が苦笑を見せてくる。
顔を見たくなくて下に視線を向けながら、また扉を閉めようとする。
しかし、ガッと勇者に戸板を掴まれ押さえられた。
「ちょっと、何で閉めるんだ」
「いやなんでって、俺アンタのこと嫌いなんでッ。面会謝絶なんでッ」
「そうは言っても君に話さなきゃいけないことがいくつかあるんだよ」
「だったら他の人を伝言係にするか文書いてくださいッ」
「いま目の前に居るんだから、いま言った方が早いでしょ」
互いに戸板を引く力と圧す力が合わさってメキメキと音を立てる。
このまま一瞬の隙にダッシュで逃げようかと思ったが、思考を読まれたのか勇者が片手で俺の腕を掴んできやがった。
「君の人生を大きく左右することだ。特に、娘を助けたあのときの君の力についてね」
「!!」
勇者の言葉に反応してしまい、扉を閉める力が弱くなる。
それに合わせて勇者が大きく扉を開いた。
俺たちが大きな声で騒いでいたからか、ベッドで眠っていたイェナが目を覚ます。
「君が、私を助けてくれた人?」
「あ……」
問いかけを受けて、小さくうなずく。すると彼女は柔らかく微笑んで、ありがとうと礼を口にした。
彼女の手には包帯が巻かれている。
刺したことを思い返し、奥底から罪悪感が込み上げてきてイェナのそばに寄った。
「あの、ごめん、俺……」
「ふふっ、何で謝るの?」
「いやだって俺、君を刺したわけだし……もっと俺に力があれば、もっとうまくやれたかもしれなくて」
「……でも、死者は出なかったって聞いたよ。君のおかげだと思う。私がちゃんと魔力を制御できなかったから、危うく人を殺してしまうところだった。君が私を助けてくれたの。本当に、ありがとう」
微笑む彼女を目にして、心臓を掴まれる感覚がした。
でもどこか、笑顔の裏側に苦しさが感じられて、この場であまり踏み込まない方が良いと思い言葉を飲み込んだ。
それからイェナの白帽卒業試験の結果について話を聞いた。
試験では、どれだけ魔力が強くとも暴走させてしまえば大幅に減点となる。
彼女の場合あまりにも魔力が多すぎたからか不正を行ったとみなされ、試験は不合格になったらしい。
俺もだが、白帽卒業試験の不合格者は一定期間を開けて再受験することができる。
こいつとも一緒に受けることがあるかもしれない。
俺たちの会話が終わったのを確認して、勇者が話を進めてきた。
「遅くなったが改めて紹介させてくれ。私は、エドウィル・フォーリスハイン。君の父とは昔、魔獣討伐のバディを組んでいた」
親父の話を聞いて少し不快が顔に出てしまう。
勇者のことは、親父からよく聞いている。親父はこの人を『優しくて真面目なイイヤツ』だと言っていた。
快活な親父がずっと背中を預けてきた人だ。
悪い人ではないと思いたいが、どうにも気持ちを納得させられなくて、この人を受け入れられずにいた。
「そして君が助けてくれたこの子は、イェナータ・フォーリスハイン。私の娘だ」
「は……? 今、なんて」
「彼女は、イェナータ・フォーリスハイン。私の娘だ」
聞き返せば、律儀にしっかり繰り返してくれた。
しかしフォーリスハイン家の現行の跡継ぎは、長男のベルバレット・フォーリスハインと、次男のエディキュール・フォーリスハインのみのはずである。
「え、フォーリスハイン家の子供は二人でどっちも男のはず……」
「ああ、実は私の子は三人いるんだ。もう一人は魔力が強すぎて、それ以上目立って危なくならないようにフォーリスハイン家の名を伏せて育てている。それがこの子、イェナータなんだ」
「つまり……隠し子ってことっスか……」
「まあ、それに近い感じだね」
フォーリスハイン家は家系の優秀さから妬みや恨みを買うことが多い。
家名を明かすこととで彼女が狙われてしまうかもしれない。あれだけ多量の魔力を持つなら簡単に殺されはしないだろうが、逆はどうか分からない。
イェナが襲撃されて応戦した時、彼女が自分の魔力を制御できず人を殺めてしまうかもしれない。
そうなれば人殺しの魔法師と悪評にまみれることになる。
生まれ持った力だけでも目立ってしまうが、それ以外は目立たないよう、正体を隠しているのである。
「いや、でも……それ俺に言って良いんすか」
俺はただの十二歳の白帽魔法師で魔力に関しては劣等感の塊。
しかも、いろいろと勇者を嫌っている相手である。
そんな人間に秘密を話せば、陥れてくださいと言っているようなものだ。
「君だから言うんだよ」
「どういう……?」
「君の力があれば、イェナに何かあっても止めることができるはずだ」
「止めるって、親父の知り合いなら俺に魔力がちょっとしかないこと知ってますよね。そんな俺に、その子みたいな強い力を抑えられるわけないじゃないっスか」
「前までの君なら、そうだろうね。だけど今は違う……君は、『魔王誕生秘話』を知っているかい?」
親父から何度も聞かされてきた言葉が出てきて目を見開く。
魔王誕生秘話――昔から語り継がれている有名なおとぎ話である。
魔力のそこまで秀でていない魔法師が、逆境や危機的状況に立ち向かい覚醒する。
都合のいい話だが、実際に物語の主人公と同じように覚醒したと言う者も何人か出てきていた。
人の中にある魔力が本能に呼応して、魔力の花と呼ばれるものを開花させ特殊な力に目覚めるのだとか。
それは既存の魔法とは違った体系を持つもので、本人の魔力に頼らず発動できるらしい。
だが実際のところ見ただけでは魔法の類と区別がつかない。
魔法は数も多く、全て把握しきれている人などほとんどいないだろう。
自分が知らない魔法だと言われれば信じてしまう。
だからこそ魔王誕生秘話にある魔力の花の開花は、信ぴょう性のないおとぎ話だと言われてきた。
「君は闘技場でイェナを助けたあのとき、魔力の花が開花したんだ。君も思い当たる節があるだろう?」
問われて言葉に詰まってしまう。
あの時、イェナに攻撃されそうになったが攻撃が中断され、彼女のものであろう魔力が俺の中に流れてきていた。
「君が得たのは他者と己の力を反転させる力……魔法帽を逆転させるような、『帽逆』とでも言うべきものだ」
勇者によって名付けられ、ここに帽逆という魔力の花が誕生した。
俺は無帽の魔法師から、帽逆の魔法師となったわけである。
ここから俺の人生は、大きく転換していった。
未知の力を学習・制御するため、勇者は自らゼクスに魔法指南を始めた。
訓練していく中で、ゼクスの魔力の花は単純な力の反転ではないことが分かった。
ゼクスの魔力は全て相手に送られるが、相手の中にある魔力は八割がゼクスの身体に取り込まれるらしい。
魔力の反転は一時的なもので、一定時間過ぎれば元に戻ってしまう。
しかし一時的にでも他者との力の差を逆転できるのは大きなアドバンテージとなる。
勇者はゼクスを育成しながら、彼にイェナのブレーキ役としてそばにいるように頼んだ。
しかし、莫大な魔力を持つ少女と魔力の花を持つ少年を一般ギルドに所属させるわけにもいかない。
勇者は馴染みのギルドに事情を話して二人を雇ってもらうことにした。
そのギルドが、ブリッジ・コアである。
ゼクスたちは、表向きは弱い白帽魔法師として平々凡々と暮らしていた。
そうしていつの間にか六年の月日が経ち今に至るわけである。
帽逆の力は秘匿していたもののどこかから噂が広まり、いつしか「帽逆の魔法師」という二つ名だけが有名になっていく。
帽逆の魔法師探しが市民の間で流行してしまい、最終的に彼らが辿りついたのがイェナータだった。
(そりゃ、こんな規格外のバカでかい魔力持ってる奴いたら誰かから奪った魔力だとか思うよなあ)
ゼクスはイェナの背中を見て内心でつぶやいた。
多量の魔力を持つイェナは、その力が彼女自身のものであることを、周りに信じてもらえない。
帽逆の魔法師は彼女であると確定され、いつしかそれは「帽逆の魔女」呼びに変遷していく。
(帽逆の魔法師、男なんだけどな)
ゼクスは苦笑いして頬かいた。
事実とは違うが、かといって帽逆を皆の前で明かせばいろいろ面倒になりそうで。
特に荒くれ者の魔法師たちが。
イェナは帽逆の濡れ衣も特に気にしていないらしく、ゼクスはその状況に甘えて彼女を隠れ蓑にしていた。
ただ色々思うところはあって、少し申し訳なさそうにイェナへ視線を向ける。
彼女は大蛇を倒してできたクレーターの方に歩いていき、地面に自身の新鮮な魔力を少し注いだ。
鮮度の高い魔力を荒地に混ぜると土地や植物の回復が促進されるようになっている。
魔法で小瓶を出し、周囲の腐敗魔力を回収した。
「んじゃ帰ろっかー」
行きと同じように後ろにイェナを乗せバイクを走らせる。
風を切りながら、ゼクスは少し悩んだような声色を出した。
「なあイェナ。甘えさせてもらってるが……そろそろ、俺の力を皆に打ち明けた方が良いんじゃないか? 帽逆の魔女なんて言われ続けたらお前、ずっと自分の実力を見てもらえないだろ」
イェナは十歳の頃に白帽卒業試験を不合格になってから、何度か再受験をしている。
しかし帽逆の魔女の噂が彼女に付いてからは、そもそも試験すら受けさせてもらえなくなっていた。
帽逆なんて力があれば、周囲の人の力を使って不正で試験をすり抜けてしまい本来の受験者の力を審査できない可能性がある。
試験の運営をしている魔法師協会は、疑わしい者の試験資格をはく奪していた。
だからイェナは強い魔力を持っていても白帽のままなのである。
「でも本当のことを話したら、今度はゼクスが試験を受けられなくなっちゃうよ? 他の魔法師たちからイカサマ魔法師って言われちゃうよ?」
ギルドの利用者の魔法師たちが、受付カウンターで難癖をつけてくるのは容易に想像がつく。
今以上に仕事がやりにくくなるのは確実で、「うげえ」とゼクスは嫌そうな声をもらした。
「でも、今はその批判の矛先をお前に押し付けてるだけだしな……」
「私は別に気にしないよ。だって別にイカサマしてないし」
「いやまあ、それはそうなんだが」
「それにゼクス、ラルゴさんに魔法を打たれそうになったとき守ってくれてたでしょ? あんな感じで、私を帽逆の魔女っていうていでブラフを作れば意表を突けるから対人戦闘では結構役に立つと思うよ」
「対人戦闘なんてやりたかねえけどな……まあ、お前がこのままでいいならそれでいいが。昇進欲は大事だぞ」
俺がいなきゃ黒帽まで簡単に昇級できるだろうに、とゼクスは心の中でつぶやいた。
彼はエドウィルから正式に頼まれてイェナのブレーキ役を担っているが、イェナは別にゼクスのサポートをする必要はないはずである。
「なあイェナ。お前、俺にそこまでする義理はないと思うんだが」
疑問を受けて、イェナは片手でゼクスの腰に掴まりながら右の手の平を見る。
そこには傷跡があった。
六年前、ゼクスが暴走した彼女を止めるために刺した痕である。
イェナは眉を下げて柔らかい笑みを浮かべた。
「……いーの。ゼクスのストレス源を増やしたくないしねー」
昔を思い返して微笑み、体全体でギュッとゼクスの腰に抱き着いた。
「ちょッ……お、おい。そんなくっつくな。バランス崩れるって」
「自動運転にバランス補強効果、組み込んであるから大丈夫でしょー」
二人して行きよりも元気に騒ぎながら草原をバイクで走っていた。