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第二話「白帽卒業試験」

 この世界の実力主義は、残酷にも子供のころから影響を及ぼしている。

 俺は子供のころから、イェナに出会ってもずっと、魔力を持つ人間に劣等感を抱いていた。


 子供は生まれてすぐに魔力測定が行われ、幼児用の小さな白帽を渡される。

 体の変化に合わせて白帽を大きくしていき、学校に入ると強化訓練を行って能力向上に励む。

 そして十歳になったら、闘技場で白帽卒業試験を受けなければならない。


 試験の最後には魔計石と呼ばれる巨石を使って己の魔力を測定する。

 体内にある魔力粒子の数を魔力値として算出するため、当人の成長にそって数値の変動が生まれる。


 生まれて最初の魔力測定値は低くて当たり前。

 そして十歳の試験の頃には、多かれ少なかれ初期値より魔力が増えているのが普通である。


 だが俺は、「普通」にはなれなかった。


「魔力が、一切増えていない……」


 魔計石の前で、試験官は俺の資料を片手につぶやいた。


 白帽卒業試験を受けたあの日、俺が石に触れて出てきた数値は、生まれたばかりの頃と何一つ変わってなかった。

 ここまでの魔法実技と筆記試験はなんとか合格点にまでもって行けた。

 だがどんなに成績が良くても、魔力値が一定以上ない場合は白帽を脱ぐ権利を得られない。


 試験が不合格となり、闘技場の観戦席に戻れば親父が荒く頭を撫でてきた。


「そんなに落ち込むな、ゼクス。そのうち魔力も増えるって」

「父ちゃんに俺の気持ちなんてわかんないだろ」


 俺は拗ねて親父の手を払った。

 親父は黒帽かつ大魔法師の一人で、魔獣の討伐数も多く人並外れた魔力を持っている。


 当時、親父と同じような実力を持つ大魔法師の男が「勇者」と呼ばれ、その隣で相棒として肩を並べる親父は「魔王」として名をはせた。


 そんな凄い人が、俺のような育ちの見込めない者の気持ちなんて分かるはずがない。


「……馬鹿言え。父ちゃんだって元からそんなに魔力があったわけじゃないんだぞ。それにな、魔力が多いから良いってわけでもない」


 見ろ、と親父が闘技場のフィールドを指さし、そちらへ視線を向ける。


 受験者の少年が魔計石に触れ、多量の魔力が計測されて石が強く光を放つ。

 観衆や試験官たちが感嘆の声を上げ、少年は嬉しくなってさらに魔力を放出し続けた。


 しかし調子に乗って出した魔力を抑え込めなくなってしまい、勝手に魔法陣が発現して周囲に魔法を撃ち始めた。


 親父が即座に立ち上がって観戦席と試験官たちに結界を張り防御する。


 広範囲の結界は魔力消費が多くベテランでも難しい。

 そのうえ多量の魔力を含む魔法を受ければすぐに結界が崩壊してしまう。

 こんな攻撃の雨のなか結界を維持するには、魔力を常時放出し続けなければならない。


 制御を誤れば結界発動者の魔力も暴走しかねない。

 しかし親父は顔色一つ変えずにやって見せた。


「人は世界に生きる種の一つに過ぎない。そんなちっぽけな生命体が、魔力や魔法なんて莫大な力を全て制御できるはずがないんだ。魔力が多いってことは、それだけ危険度の高い人間だってことだ。数値だけにとらわれるなよ、ゼクス」

「う……うん」


 その時は隣にいる親父が、親父ではなく「魔王」に見えた。


 受験者の魔法の光が周囲を眩しく照らすが、それよりも俺は普段は見えない親父の気迫に目を奪われていた。


「重要なのはどれだけ自分の制御ができるかと……止めてくれる奴がいるかどうかだ」


 上空から黒帽を目深に被った人物が受験者の少年のもとに飛び降りた。


 強力な魔力を体に受けても平然と立っていて、魔法を全て剣で簡単に弾く。

 少年に急接近し、彼の首筋に手刀を入れて気絶させ魔力を収めた。


 少年を支え、風で綺麗な金髪を揺らす碧眼のその美男は、勇者と呼ばれる大魔法師エドウィルだった。


「勇者様だ!!」

「エドウィル様!!」

「よっ、かっこいいぞ! エドー!」


 勇者の登場に歓声が上がり、親父も結界を解除して笑顔でそれに混ざる。


 勇者様は親父の声が聞こえて大きくため息をつきこっちを見た。

 親父に来いと言っているような目で。


 親父は肩をすくませ、フィールドに降りて勇者様のもとに来る。


「あのねえ、クロス。君も魔王なんだよ? なに観客に同調してるのさ。君がいなきゃ皆を助けられなかったっていうのに」

「まーまー。怒るとイケメンが台無しだぜ、勇者様。ほら、歓声に応えて拳を突き上げて勝利のポーズ取らねーと」

「おい、だから何で俺だけ……クソ、殴りたい」


 親父に手を掴まれ上に挙げさせられて勇者様は頭を押さえてため息をついた。

 勇者の横でヘラヘラと笑っている姿は、普段の親父と変わらない。


 「魔王」という言葉の似合わないふざけた男。

 でもこの時から、俺は親父を目標にして魔力が増幅することを信じて鍛錬を続けた。


 それから数週間後、親父は死んでしまった。


 いわく、「魔力の暴走により制御困難になった魔王を、勇者が打ち滅ぼした」と。

 それはこの世界で定期的に起こる英雄譚で、よくある話。

 勇者には賛美が送られた。


 魔王の子孫の俺には、魔力がないから安心だという「褒め言葉」がしばらく流れてくる。


 俺はそれからも魔力を上げようと必死になり、成果は出ず、抜け道を模索してさまよった。


 俺がイェナータと出会ったのはその二年後の、白帽卒業試験の闘技場である。


 何があっても絶対壊れないはずの魔計石を、イェナは「大破」させてしまった。

 彼女が石に触れた瞬間、莫大な魔力が放出され魔力波が天を貫いた。


 イェナを見れば目から生気がなくなっている。


「体が魔力に支配されているのか」


 肉体という魔力を収めた箱の蓋が開けられたまま、体の主が力尽きるまで魔力を放出し続ける。


 勝手に魔法は発動されていないが、イェナから吐き出された多量の魔力で大気中の魔力が圧縮され、至る所で爆発が起きている。


 試験官や黒帽魔法師が防御に回っても、爆発の起こる場所が予測できず負傷者が大量に出ていた。

 悲鳴と爆発音がその場を埋め尽くす。


(この状況、二年前のあの日と同じ!)


 だが二年前と違って、親父はもういない。


 勇者を待とうにも、その間にここが壊滅してしまうかもしれない。

 黒帽魔法師ですら、たかだか十歳の少女の魔力を抑えきれていない状況で。


(魔力のない俺に、何ができるって言うんだよ……)


 自分の手を見つめれば、親父の姿が脳内によみがえる。


『いいか、ゼクス。人の肉体は魔力と同調しやすい。それは逆もしかりだ。人の身体が、本能が求めれば、魔力がそれに応えて花が開花するかもしれない』

『また魔王誕生秘話? 弱い魔法師が市民を助けようとして力に目覚めるって……都合いいおとぎ話じゃん』

『う、そういわれると否定できないんだが。だがゼクス、弱くてもいい。誰かが泣いていたら、傷ついていたら。いざってときに、人を助けられる魔法師になれ』


 悲鳴が耳に突き刺さり、現実に引き戻してくる。

 逃げようにも動いた先で爆発するかもしれないと、みな身動きが取れなくなっていた。

 結界を張ってもすぐに砕かれてしまう。


 この状況を変えるには、魔力源であるイェナータを叩くしかない。

 だが魔力源に近づくのは危険すぎる。


 グッと拳を強く握りしめ、観戦席からフィールドへと飛び降りた。


「うあああ!!」


 彼女の方に走りながら魔法でナイフを生成する。


 何の作戦もない。大した魔法も打てない。

 だが走るのだけは辞めない。


 体の近くで大気魔力が爆発し、熱が襲いかかって来る。

 突風にこけそうになって何とか地面に踏ん張った。


 イェナの近くまできてナイフを振りかざす。

 瞬間、彼女はうつろな目でこちらに手を向けてきた。


 莫大な魔力の発生を肌で感じる。

 ナイフが届くよりも先に、俺の身体が貫かれるのは明白だった。

 眩しい光が視界を占領し、痛みを覚悟する。


――がしかし、いっこうに痛みが来ないまま、俺のナイフがイェナの手の平に突き刺さった。


「ひっ」


 彼女の手から血がこぼれ、その赤に焦ってナイフから手を離す。


 恐る恐るイェナを見やれば、放出されていた彼女の魔力が徐々に消えていた。

 そして代わりに、俺の体内に莫大な魔力が流れ込んでくるのを感じた。


「ッ……こ、これは……あ」


 呆然と自分の手の平を眺める。

 しかし目の前でイェナが意識を失い、慌てて身体を支えた。


 遅れてくるように、上空から金髪の男が降りてきた。


「遅くなってすまない。って、君はクロスの息子の……」


 黒帽を被った彼、勇者エドウィルは俺を見て目を見開いた。


 親父の名前を出され、それを口にしたのがこの男で、不快感が顔に出てしまう。


 辺りを見回せば闘技場はほとんど崩壊していて、多くの人が血を流していた。


「何が、勇者だ……来るのおせーんだよ」


 言おうと思えばいくらでも汚い言葉を吐ける。

 しかし言葉を飲み込み、彼女を肩に担いでその場を後にする。


「……彼はいったいどうやって、あの子の力を制御したんだ」


 勇者の発した言葉など耳に入らず、自分が刺してしまったイェナの手に視線を向けた。


(俺に力があれば、もう少しやりようがあったかもしれないのに)


 奥歯を噛み締め、彼女を救護班へ預けて帰路についた。

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