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第十九話「世界延命の縫い跡」

 ゼクスがひとしきり泣いて落ち着き、ロクセスは他の者たちに知らせるため通信魔法を発動させようとした。

 しかし彼の出した魔法陣が砕け散ってしまう。


「洞窟内に通信妨害魔法がかけられてるのか。仕方ない。いったん皆の所に戻って事情を説明しないとな」

「戻る必要はないよ」


 洞窟の奥から男性の声がして、イオンが姿を現した。その隣にはヘリオンもいる。


「イオン、ヘリオン。なんでここに」

「勇者と魔王の誰か一人でもマギアスを見つけたら、転移魔法で全員がここへ強制連行されるようになっているんだよ」

「他の奴らもいずれ来るはずだ。マギアスの話はその時にすればいいが、おそらくもう全員が真実に辿り着いているだろうな」


 真実と聞いてゼクスとロクセスは少し顔を下げる。

 通常通りであれば今回招集されたうち五人の魔王、イェナ・ラフィリア・ミェンリン・クレア・イオンの中から誰かが生贄にならなければならない。


 暗い表情の二人を見てイオンは眉を下げた。


「そう気落ちしすぎなくていいと思うよ。ゼクス、鑑別魔法を使ってマギアスの表面を見てみな」

「マギアスを……?」


 ゼクスは怪訝そうにしながらイオンの指示通り、マギアスに手を向けて鑑別魔法を発動させる。

 すると、マギアスの全面を覆うように大量の文字が浮かび上がってきた。


 いくつもの文章がマギアスの巨石を一周するように書かれ、文字に混ざって記号が散らばっている。

 それは魔法陣を帯状化させたものであり、条件がそろえば魔法を発動させることができる魔法式だった。

 それらが石を埋め尽くしている。


「なんでこんな魔法式が」

「マギアスを駆動させている魔法陣は石の中にあるはずだろ?」

「ああ。これは、これまでここに来た勇者と魔王たちが書き記したものだよ」


 イオンはゼクスたちの疑問に答えを返し、巨石に刻まれた陣を憐れむように指でなぞる。


「先代たちも、ここでただ生贄を捧げるだけには終われなかった。代々みな、マギアスが完全に崩壊してしまうその直前まで、生贄を用いずにマギアスを維持する方法はないかと必死で研究していたんだ。この魔法式はその研究の試行過程だよ」


 これまでの長い歴史の中で多くの魔法師がマギアスを研究し、巨石に様々な魔法式を刻み込んでいた。

 ヘリオンが一冊の本をゼクスに渡す。


 タイトル下の著者欄には、クロスとエドウィルの名が記されていた。


「! こ、これ父さんたちの」

「地下書庫には幅広いジャンルの蔵書が大量にある。だが、その中でもマギアスについての研究記録書が多い。自分たちの代で魔封術の研究がうまくいかなかったときのために、後世に自分たちの研究を託しているんだ。次の世代の魔法師たちが、贄を捧げずに生きる道を開けられないかと」

「ここにあるマギアスの記録書やこの石の魔法式は、人類による研究の軌跡きず。いうなれば、世界延命の縫い跡だ。これを参考にすれば、いずれ解決の糸口は見つかるはずだよ」


 イオンの言葉を聞いてゼクスとロクセスはうなずいた。


 ひとまず先代が試した魔法の解読を試みる。

 しかし、左方上空で緑の魔法陣が出現して何かが洞窟の壁まで吹っ飛んできた。


 大きな衝撃音が響いて土煙が舞い上がる。

 ゼクスたちが驚いてそちらを見やれば、イェナとラフィリアが洞窟の壁に倒れていた。


『イェナ! ラフィリア!』


 ゼクスとロクセスの焦った声が重なり、二人とも慌ててイェナたちに駆け寄る。


 ロクセスが治癒魔法を発動させ、ゼクスは剣を生成し三人を守るように前に出た。

 前方で浮遊する女性、プリシエラを冷めた目で射抜く。


「今まではただの喧嘩だって流してたが。お前、限度ってもんがあるだろうが」

「そうね。だってただの喧嘩じゃないもの」


 彼女の手に聖剣が握られていてゼクスは眉を寄せた。

 先ほど知ったマギアスの真実を思い返し、脳内で嫌な予感が巡る。


「お前まさか」

「そこの女二人は魔王でしょ。だったら、その二人のどちらかが生贄になれば良い」


 感情的に下した決断かと思われたが、プリシエラの赤い目は落ち着き払っている。

 至って冷静に、冷徹に目の前のイェナとラフィリアを切り捨てた。


 彼女は聖剣の刀身に火魔法の陣を展開させ魔法を発動させる。

 聖剣の力を受けて威力を増した魔法は、巨大な炎の渦を生み出してゼクスたちに食らいついた。


「ふざけるな。誰だろうが生贄なんて出させるか!」


 ゼクスはイェナたちを囲うように多重結界を張る。

 強力な炎魔法が結界に当たり、圧がかかって結界が何枚か砕かれていた。


 ゼクスは結界の内側から電撃魔法を発動させて炎魔法を打ち消した。

 煙が辺りを満たして視界を占領し、その隙にプリシエラがゼクスの真横に転移する。


「生贄なしで済む方法なんか、ない!」

「ッ!」


 至近距離から聖剣を振るわれるが、視界が不明瞭でゼクスはすぐに防御できなかった。

 しかし、誰かに横から引き寄せられる。

 驚いてそちらを見やれば、助けてくれたのはヘリオンだった。


 プリシエラは唇を噛んで再び一歩前に出て剣を振るう。


「ないと決まったわけじゃないよ。プリシエラ嬢」


 イオンも転移してきて魔剣を呼び出し、彼女の聖剣を受け止めた。

 剣の圧し合う音が小さく鳴り、互いに押されて靴に土を被る。


「魔蓋マギアスはもともと人の手で作ったものだ。何かしら魔法式を組み替えて生贄不要の魔封術にもできるはずだよ」

「……そう、分かったわ」


 プリシエラは少しうつむき顔に影がかかる。

 分かったとはいうものの剣に込める力は緩めず、再び顔を上げて笑った。


「そうやってマギアスを崩壊させて世界を破滅させるのが、あなたたち魔族の目的ね。いいわ。あなたも魔王なんだから、世界破滅を目論む外道を生贄にするなら文句はないでしょう!」


 矛を収めるどころか聖剣に魔力を込めて薙ぎ払いイオンを後方に吹っ飛ばした。


「オイ! お前いい加減に」


 ゼクスが剣幕を変えて援護しようとする。しかしヘリオンが彼を制止した。


「止めに入らなくても大丈夫だ。すぐ大人しくなる」

「どういう……」


 プリシエラが聖剣から光魔法の矢を放ち、イオンは地面に転がり避けた。

 そこに聖剣が振り下ろされ地面に手をついて後ろに跳んで回避する。

 続けて剣戟が来ると魔剣で攻撃を防いだ。


「感情的になるのは辞めた方が良い。言ったはずだよ。あまり噛みつくと、外交問題になりかねないって」

「外交なんてどうでもいい。私たち二人が無事に帰れるならそれ以外はどうだっていい」

「馬鹿言うなよ。仮にマギアスを鎮められたとして君の問題行動が世間に出たら、困るのはクレアも同じだよ。いや、彼女なら公爵令嬢の君以上に問題視されるはずだ」


 プリシエラは言葉に詰まって唇を噛む。

 剣をさらに強く握って魔剣を横に押し流し、険のある表情で再び聖剣を振るった。


「知った風な口を!!」

「止めて!!」


 後方からクレアの叫び声が響き、プリシエラの身体がピタリと止まる。

 驚いて後ろを見れば、緑の魔法陣でクレアとミェンリン、ハオランが強制転移させられていた。


 クレアが慌ててプリシエラのもとに駆け寄り、プリシエラは焦った様子で剣を降ろした。


「く、クレア……」

「ダメだよ、プリシエラ。どうしたの。いつもは冷静に動いてるのに抜剣儀式のときから変だよ。なんでそんなに攻撃的なのっ?」

「それは……」


 問われても答えられずに視線をそらした。

 そんな彼女を見かねてミェンリンが二人のもとにくる。


 プリシエラはクアナを守るようにして、彼女の前に出て聖剣を構える。


「ちょっと、プリシエラっ」

「あなたはただ、そこにいる姫を守りたくて躍起になっているだけ。そうでしょう?」


 ミェンリンはプリシエラへ目を向けて尋ねるが、彼女は否定もせずに黙り込んだ。


 姫という言葉にゼクスたちは怪訝そうにする。

 イオンとヘリオンは動じていないが、イェナはミェンリンへ視線を向けた。


「姫って……?」

「クレア・アンシアっていうのは偽名なんだよ。彼女の本当の名前はクアナ・ピオドール」

「はッ!? クアナ・ピオドールって」

「そ。ピオドール皇国第二後継者候補、お姫様ってこと」


 驚愕するゼクスにハオランが頷いて返した。


 エルフの住むピオドール皇国には、後継者候補の姫が二人いる。

 そのうちの妹がクレアであり、名と身分を偽って同行していたのである。


 ゼクスたちと違ってミェンリンとハオラン、イオンとクルシフは驚いて様子がない。

 四人の反応を見てクレア、もといクアナは眉を下げて「知っていたんですね」と呟いた。


「あの、隠していてごめんなさい」


 クアナは申し訳なさそうにして、これまでのことを話した。

 プリシエラは彼女の幼馴染で、共に魔法を学んだ学友らしい。


 プリシエラの方が早く首に紋章が出ていた一方、クアナはもともと魔王候補ではなかった。

 ピオドール皇国第一後継者候補、クアナの姉が魔王候補として選ばれていたのである。


「でも姉は生まれつき病弱で、魔王候補の証である紋章が私の首に移ったんです。贄には魔力が必要ですが、多分それだけじゃないんだと思います。体力や、体の主が長く生きられる状態でなければならない。だから姉様が除外されて、私に移ったんだと」


 クアナは襟をずらして首の紋章を見せた。

 マギアスの崩壊より先に生贄が絶命してしまうのを避ける仕組みになっているのだろう。


 彼女は魔王候補に選ばれてから、身の安全のため、姫だという理由で優遇されるのを避けるために身分を偽っていた。

 剣を構えたままのプリシエラを見て、ゼクスたちを見回し視線を下げる。


「プリシエラ……私は、『姫』という立派な肩書を被っているだけだよ。私自身には何もない。魔力量も中の下、プリシエラと一緒に魔法祭も出たけど成績も低い。皆とは程遠い、平々凡々とした魔法師なんだよ」


 クアナは赤帽魔法師ではあるものの、戦闘の実力で見れば青帽並みだった。


 ここにいるのは魔法祭で上位になった者や並外れた魔力量を持つ者だけ。

 ゼクスは魔力量が低い白帽だが、そこを補う戦闘能力を持ち合わせている。


 対してクアナは全体的に能力が低く、それを補う力も持ち合わせていないと自覚していた。

 一人、自分だけ場違いだと感じて。


 一度視線をマギアスに向け、再び地面に下ろす。

 不甲斐なさに両手を合わせて手遊びをした。


「マギアスに生贄が必要なら……他の有用な人を失うより、なんの取柄もない私が生贄になるべきだよ」

「そんなの絶対にダメ。ずっとあなたと平和な世界で暮らしたいのにいなくならないで。そんなことするくらいなら他の人を生贄に出せばいいでしょ」


 プリシエラは大事な友を守るためなら、クアナを死なせないためなら、他の人のことも世間体もどうだって良かった。


 その様子を見てイェナは二人に近づく。

 プリシエラは警戒し敵を剥き出しにして聖剣を突き向けた。


「近づかないで。私はアンタたちと仲良く友達なんかごっこする気ないから」

「プリシエラ様は、ただクアナ様を守りたいだけ……なら、皆を守れる方法を探るのも無意味じゃないはずです」

「あなた達が裏切らないとも限らないでしょ。マギアスの崩壊間際になって寝首をかかれるかもしれない。面倒なことに時間を潰してリスクを負うより、さっさと他の魔王を殺した方が手っ取り早いわ」

「……その選択をして、クアナ様が思い悩まないと思いますか」


 イェナに問われてプリシエラは黙ってしまう。


 おそらくクアナの性格上、誰かを生贄にして生き残っても、ずっとそのことを悩み悔やんでしまうだろう。

 プリシエラも最初からそれは分かっていた。


 イェナは切っ先を向けてくるプリシエラに手を差し出した。


「友達にはならなくてもいい。クアナ様と二人だけで進めてもいい。皆でマギアスを研究して生贄を出さない方法、探しませんか? その方が、クアナ様と一緒に笑顔で国に帰れるでしょうっ」


 イェナは優しい声で明るく微笑み、プリシエラは目を見開いた。


 心中を満たす冷めた海に、眩しい光が差し込んで温もりを広げていく。

 眉を下げ、肩の力が抜けて剣をおろした。


「……ばかみたい。クアナが笑顔にならなかったら、アンタのこと呪うからね」

「ふふっ。呪われないように頑張るよ」


 プリシエラが眉を下げて柔らかく笑い、イェナは嬉しそうに笑みを返した。


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