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第十八話「父の秘密」

 ゼクスたちが部屋の中を調べていた同時刻、書庫に本の落下する音が広がった。

 イェナは瞠目して、地面に落としてしまった魔法書へ視線を下げる。


 ラフィリアが異変に気づいてすぐに駆け寄った。


「どうしたのイェナ。大丈夫?」

「ら……ラフィリア。関係しそうなの見つけた、けど。これが本当なら……誰かが犠牲にならなきゃいけなくなる」


 イェナは動揺しながら落とした本を手に取る。

 その表紙には、『魔蓋まがいマギアス』と記されていた。


 怪訝そうにするラフィリアに、イェナは本を開いて見せる。

 ラフィリアは開かれたページの内容を声に出して読んだ。


「ニヴライト神殿の地下には、特殊な巨石が封じられている。自然生成する魔力を抑え込むための楔。その名は、魔蓋マギアス。魔力消化を得意とする者、すなわち魔王をその石に……贄として捧げ、世界に安寧を、もたらす」


 読んでいる途中、書かれたことの残酷さに気づいて言葉に詰まってしまった。


 本には、ゼクスとロクセスが見た紫の巨石の絵が載っている。

 魔蓋マギアスという名を冠した、魔力封印装置である。


 太古の昔、この世界は自然生成される魔力があまりにも多く、大気魔力は常に飽和状態だった。

 世界の全域が腐魔領域と化していたのである。


 毎日腐魔酔いに苦しみ、強力な魔獣が大量に跋扈する環境でいつも死と隣り合わせだった。

 そこで人々は、自然生成魔力の封印ができる魔法の開発を行い、その陣を組み込んだ魔法石マギアスを生み出した。


 しかしマギアスの魔封術を発動させるには、生贄が必要だった。

 魔力の適性がある者がマギアスの中に入り、陣の歯車として組み込まれなければならないのである。


 石に入った者が自然生成魔力を自らの体内で消化させることで、外界への魔力放出を防ぐ。

 それが魔封術の仕組みだった。


 しかも一般の魔法師たちが簡単に生贄にならないように、マギアスには特殊な魔法契約がかけられていた。

 マギアスの中に入るには規定の儀式が必要なのである。


 ラフィリアは儀式の内容を目で追って口に出す。


「聖剣エクシディオを持つ者と魔剣ヴァスディアを持つ者が戦う。魔剣所有者が体内の魔力を全て使い切らせたところを、聖剣で魔剣所有者の首を切ることで……マギアスの魔法が起動して、石の中に入ることができる」


 体内魔力の多い人は、それだけ受け止める魔力の許容量も多く生贄に適している。

 魔剣は体内魔力の多い者が選ばれる傾向にあるのでマギアスの術の発動条件として組み込まれたのだろう。


 ラフィリアは脳内にエドウィルとクロスを思い出す。

 クロスが死んだのは、このニヴライト神殿だった。

 そしてその時エドウィルは聖剣を、クロスは魔剣を持っていた。


「もしかして、師匠が死んだのは……」


 イェナは口元に手を当てて震えた声をこぼす。


 ここでようやく、自分の父とゼクスの父の関係を察した。

 クロスは、世界を救うための贄としてエドウィルに殺されたのだと。


 イェナの緑眼が動揺と困惑と悲哀に揺れる。


「でもマギアスが昔からあったなら、贄はとっくに捧げられているはず。どうして何万年も経った今、師匠が」

「……きっと、石一つで抑え込めるほど、世界のエネルギーは弱くなかったんだよ」


 ラフィリアはイェナの疑問に答えるように話し、左のページの文章を指でなぞる。

 そこには生贄の取り替えについて書かれていた。


 自然生成される魔力はあまりにも多く、生成頻度も高い。

 常に魔力反発が起って生贄の魔力消化能力が劣化し、魔力を抑えきれなくなってマギアスは簡単に崩壊してしまう。


 マギアスを維持するためには、定期的に新しい生贄を捧げなければならないのである。


「定期的に新しい生贄を、魔剣の所有者を……ッ! まさか!」

「やっと真実に気づいたんだ」


 後ろからプリシエラの声がして二人とも振り向く。

 しかし、目の前に聖剣の切っ先が向けられていた。


 ラフィリアは手を横に出してイェナを後ろにさがらせ、鋭い目でプリシエラを射抜く。

 その口から、いつもより低い声が流れた。


「何のつもりですか、プリシエラ様」

「別に。聖剣と魔剣は自由に召喚できるし、目の前に魔剣を触れる生贄がいれば使わない手はないと思って」

「……あなたがその気なら、私も魔剣を呼び出しますが」

「良いわよ。あなたが魔剣を握ろうが、条件的に私は生贄にはならないんだから。二人とも、もう気づいてるでしょう? この間の抜剣儀式は、優秀な魔法師に勇者と魔王の称号を与えるなんて崇高なものじゃない。生贄に適した魔力の多い『魔王』と、その魔王を殺すことができる処刑人の『勇者』を選出するための、醜悪な生贄選定試験だったのよ」


 どうやらプリシエラ前々から知っていたらしい。

 儀式の創始者は、勇者と魔王という名が付けることで「危険因子の魔王を勇者が制圧した」という物語を作ることができるようにした。


 民衆に不信感を持たせないためにも、民衆の活力を維持するためにも。

 長きにわたり醜悪な生贄選定試験を、崇高な『勇者の英雄譚』にすげかえているのである。


 生贄の対象となりえる魔王は何人も現存するが、一度この書庫に来て魔蓋マギアスのことを知った者はマギアスの魔封術が発動せず生贄になることができない仕組みになっていた。

 代々その時代に抜剣儀式で魔王に選ばれた者のみが生贄となれるのである。


 イェナは話を聞いてふと疑問が浮かぶ。


 抜剣儀式が生贄を選ぶためのものだということを、エドウィルは知っていたはずなのである。

 だがしかし、彼はそのことについて何も話していない。


「お父さんはどうしてそのことを言わなかったんだろう。私が生贄になることを受け入れた? まさかそんなはずは……」


 エドウィルはクロスの死をあれだけ惜しんでいた。

 そして自分の父がちゃんと自分を守ろうとしてくれていることも、イェナは分かっている。


「言わなかったんじゃない。言えなかったのよ」


 疑問にプリシエラが答えを出した。

 イェナは怪訝そうに首をかしげる。


「ビルスターツが、この地下室には魔法がかけられているって言ってたでしょう? ここにかけられている魔法は一つじゃない。その中に、『この空間でしかマギアスや生贄のことを言葉に出せなくなる呪い』の魔法がかけられているのよ」


 エドウィルたち過去にここに来て生き延びた勇者と魔王は、ここでのことを一切口にできない。

 きっとイェナたちも、外に出ればマギアスのことを話せなくなってしまうだろう。


(師匠が亡くなってから感じていた、お父さんへの違和感。あれは嘘をついているんじゃなくて、真実を話したいけど話すことができなくて悩んでいたんだ……)


 昔から感じていた父への違和感は、イェナの中で徐々に父への不審にと疑心に代わっていた。

 父を疑ってしまったことに罪悪感を覚える。


 そして儀式のときのプリシエラの様子にやっと納得した。


「プリシエラ様が儀式の後に辞退しようとしていたのって」

「ええ。私もクレアも、生贄になんてなる気はなかったから……でも、辞退できないことも端から分かってた。それができるならそもそも儀式すら欠席していたから。この紋章が出た時点で、運命はどう頑張っても変えられないって、分かってた」


 プリシエラは片手で襟をずらし、首の勇者候補の紋章を見せる。


 この紋章が出た者はアーツ国の聖堂に強制転移させられる。

 そして、儀式を拒むことは絶対にできない。


「聖剣と魔剣には一度触れた者を認識して、使い手になれる者へ勝手に契約が結ばれるような魔法がかけられているの」


 その契約魔法には、勇者・魔王の称号を受け入れることと、ニヴライト神殿に行きマギアスを研究することが強制させられている。


「拒絶した場合、その者の魔力全てが聖剣と魔剣に吸い取られてしまう」

「魔力を全部っ!?」


 イェナもラフィリアも驚愕してしまう。


 この世界で生きる者にとって、魔力は生命を維持するための重要な部品といえるもの。

 それが全て奪われるなら、拒絶は死を意味する。


「クレアは、絶対に殺させない。生贄なんか、あなた達がなればいい」


 プリシエラが聖剣を構え直すのと同時に、床に緑色の魔法陣が出現した。

 プリシエラは口角を上げる。


「誰かさんがマギアスを見つけたみたいね。ちょうどいいわ。このまま、あなた達どちらかの首を斬り落としてあげる」


 足元の陣が強く緑色に発光する。

 こちらに向けられた聖剣が強大な光属性の魔力を帯び、切っ先に白い光を集めて高火力の魔法を打ち放った。


 ** *


 父の姿を見て、ゼクスは慌てて魔蓋マギアスに駆け寄った。

 近くで見ると石に埋まった者が何人も見える。


「親父! 聞こえるか、親父! 目開けろ!! ッ!」


 まだ生きている可能性を信じてマギアスの巨石を叩く。


 瞬間、周囲が真っ白になり、二人の前に過去の映像が映される。

 それは、エドウィルとクロスの記憶だった。


 クロスたちもゼクスたちと同様に、目的を知らされぬままニヴライト神殿に召集されていた。

 蔵書を読んでいくうちにマギアスと世界安寧の真実に気づき、映像からゼクスとロクセスもマギアスのことを知り驚愕してしまう。


「だとしたら、親父は世界を救うために、生贄に……」


 動揺している間にも、過去の時間は流れていく。

 クロスとエドウィルはこの巨石の前に辿りついたが、その時マギアスの中で魔力を抑えていたのは――イェナータの母親だった。


『アニシア!? そう、か……お前が、四年前の生贄だったんだな……』


 エドウィルは驚愕し、悲痛な声を出して膝から崩れ落ちた。

 そして石に触れた瞬間、アニシアの過去が映された。


 クロスが生贄となる前に生贄の取替が行われたのは、彼の時代のさらに四年前だった。

 その時の勇者と魔王の中にはアニシアと、ゼクスの母がいた。


 アニシアは魔王、ゼクスの母は勇者に認定されてしまう。

 しかし他の勇者や魔王は、子供たちばかりだった。

 その子たちを踏み台にしていきたくはないと、二人は運命を受け入れたのである。


 そしてクロスとエドウィルの時代も、他の勇者と魔王は全員十代の少年少女だった。


 クロスたちは生贄を捧げなくても済むようにならないかと、他の者たちとも一緒に必死で研究した。

 しかし打開策は何一つ見つからなかった。


 マギアスが崩壊間近になり時間がない。

 クロスはアニシアたちの過去を思い出して、自分が生贄になることを決意した。


 エドウィルは彼を説得しようとしたが、クロスの意思は変わらない。


『力があっても、子供を守れなきゃそんなものは無意味だ。あの子たちを守るためなら、おっさんの命はいくらでも使ってやる』

『クロス、ダメだ! 君が死んだらゼクスは一人になるだろ!』

『ゼクスを傷付けてしまうのは確かだが……一人にはならないさ。だって――』


 クロスの発した言葉に、ゼクスは目を見開く。

 目元が熱を持って、涙を下へと流していった。


 ゼクスのこぼれる雫に映像の赤が写る。

 映像の中で、エドウィルは苦渋の決断でクロスを斬り生贄に捧げた。


『俺の息子は世界で一番優しくてかっこよくて、強い男だ。きっと良い魔法師になって色んな人からモテまくるからな! 期待しとけ!』


 快活な笑みを浮かべる父の顔が頭から離れない。


 ゼクスは下を向き声を抑えるが、涙は大量に流れて止まってくれない。


「ふざ、けんな。死に際、に言うことがそれ、かよ……ただの、親バカじゃねーか」


 震えた小さな声が途切れて外に出て行く。

 唇を強く噛んで肩を震わせむせび泣いた。


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