第十七話「巨大書庫」
ビルスターツの手配した飛空艇に乗り遺跡へと向かう。
道中、互いに自己紹介を済ませた。
プリシエラとヘリオンは勇者に選ばれ、クレアとイオンは魔王となったらしい。
せっかくなので皆で談笑でもしようとする。
しかし先ほどの口論もあってかプリシエラとクレア、イオンとヘリオンはそれぞれ船内の個室に行ってしまった。
無理強いはしないものの、共同任務で連携が取れなければ調査をうまく進められない。
程よい関係性を築くに越したことはない。
ただイオンたちはともかく、プリシエラは魔族以外のゼクスたちにも心を開いていないし、かなり警戒していた。
「先が思いやられるな……」
ゼクスは頭を掻いて小さくため息をついた。
数時間の旅を終えて船が停まる。
ゼクスたちは外に出て、目を見開いた。
「ここって……ニヴライト神殿じゃないですか」
遺跡調査という名目で連れてこられたが、目の前に広がるのは見慣れた場所だった。
ニヴライト神殿は昔から調べ尽くされており、調査など今さら必要ないはずである。
ビルスターツは皆が疑念を持つことも分かっていて、話しながら神殿に入り奥へと進んだ。
「ここは確かに長年多くの人々が研究を繰り返してきました。ですが、唯一あまり調査がされていない場所があるんです」
神殿の中央で足を止め、魔法で聖剣と魔剣を出す。
ネオに魔剣を持たせ、二人は鞘から剣を抜いて二本を上に掲げた。
途端に周囲の大気魔力が揺らぎ荒れ、強烈な頭痛が襲いかかってくる。
ゼクスたちは頭を抑えて地面に膝をついた。
固い音を鳴らして空間に亀裂が入り、文字通り目の前の景色が「砕け散った」。
景色が破砕した先に、下へと伸びる階段が現れる。
頭痛が収まって皆が立ち上がり、驚いた様子で階段を見おろした。
「……神殿に地下室があるなんて、知らなかったです」
「普段は人の目に触れないようにしているので、知らなくても不思議ではありませんよ」
ビルスターツはゼクスたちを連れて地下へ続く階段を下りていった。
冷えた空気が鼻の奥に入り込んでくる。
階段を降りきると、前方に長い廊下が伸びていた。
しかし明かりは一つもなく、後ろから差す地上の光は途中で届かなくなっている。
ネオが魔法で光の玉を三つほど出して周囲を照らし長い廊下を淡々と歩き続けた。
しばらくして廊下の突き当りまで来るが、その先には壁しかない。
「行き止まり……?」
イェナがゼクスの背中から顔を出し、不思議そうにして呟く。
ビルスターツとネオは聖剣と魔剣を鞘から抜き、壁に切っ先をあてがう。
二刀の穂先が触れた瞬間、地面に紫色の魔法陣が浮かび上がった。
陣が強く光りを放ち、ゼクスたちが目元を腕で押さえている間に転移魔法が発動する。
光が収まって再び前を見れば、そこは巨大な書庫だった。
天井は遥か先に見えるほど高く、城のように広い四方の壁は大きな本棚で覆いつくされている。
棚には数えきれないほどの蔵書が敷き詰められていた。
床の中央に大きめのテーブルが一つあり、椅子が並んでいる。
空中にも魔法で等間隔に、小さな丸机と椅子が複数浮いている。
「こ、これは……」
「古代より受け継がれてきた、魔法師たちの記録書庫です。貴重な本ばかりなので荒らされないためにも、勇者と魔王にしか出入りできないように地下に封印されているんです」
あらゆる時代役に、ジャンルの研究記録が収められている。
何万年もの歴史を可視化した場所とも言えるだろう。
皆そびえたつ本棚に圧倒され、興味深そうに本棚を眺め歩く。
イオンとヘリオン、ミェンリンやハオランは自由に本を漁って読み始めていた。
「この書庫以外にも他にもいくつか部屋はありますが、地下室全体に魔法がかけられていて封鎖されている場所もあります。その魔法が適した人間であると判断した者以外は入れないようになっているんです。後でそれぞれ他の部屋に入れるかどうかだけ確認しておいてください」
「それで、ここで何を調査するんですか」
ゼクスは周囲の本棚を見回しながら本題について尋ねた。
「……現場にいたゼクスさん達は知っていると思いますが、魔法祭期間中ニヴライト神殿で魔力が爆発的に放出される事故がありました。あの時だけでなく、近頃ここでは定期的に魔力の荒れが生じています。そこで皆さんには、その異常現象の原因を解明していただきたいのです」
これほど大量の記録があれば、似たような事象が起こった記録もあるかもしれない。
ここに入れるのは勇者と魔王のみのため、今回新しく選定されたゼクスたちに初任務として押し付けたのだろう。
状況は分かったが、ゼクスは苦い顔をした。
「この量を十人でか……先が長そうだな」
「安心してください。食事はこちらで用意しますし、ここには寝室もあります。必要であれば外出も許可しますが、『神殿の調査』をする場合のみに限定します」
神殿の外装や周辺環境を調べるのなら良いが、原因が解明されるまではここから解放してくれないということだろう。
普段の仕事に支障が出るが、ネオいわくギルドやその他所属するパーティには長期的に帰省できないという旨を既に伝えてあるらしい。
「儀式の前からこき使う気満々だったってわけか……勇者使いと魔王使いの荒い奴らだな」
ゼクスは軽く毒づいて大きくため息をついた。
説明が終わり、皆それぞれに調査に移る。
ビルスターツとネオは横の廊下を歩き別室に向かった。
「ビルスターツ様、彼らはどういう選択をするでしょうか」
「……分からないですね。もしかしたら、僕らが過去に成し得なかった『正解』を見つけられるかもしれない。でも、僕らと同じ奇跡の一つになるかもしれない」
ネオに問われて憂いた表情で言葉を紡ぐ。
「彼らの代わりに僕が贄になれたなら、どれほどよかったか……あなたもそうお思いでしょう。エドウィルさん」
ビルスターツは手元の聖剣に視線を落とし、グッと力を入れて握りしめた。
地下室に来てから、一同はひたすら本を読み漁っていた。
何度か休憩を挟んではいるものの、これだけ書物が大量にあると、それこそ何年も掛かってしまうかもしれない。
さすがに年単位でここに籠りたくもないので、ゼクスとロクセス、ラフィリアは休憩を減らして着実に読本を進めていた。
しかし読んでも読んでも有益な情報は見つからない。
夜になり、ミェンリンが皆を集める。
「ここで寝食を済ませるなら、ある程度見て回って部屋を決めましょう」
彼女の提案に全員賛成し、一度読書を中断して皆で地下室を見回ることになった。
プリシエラは魔族と共に行動するのを嫌がり、クレアが引っ張って連れて行く。
地下室はいくつも部屋があり、共通して入れる個室が三十部屋も設けられていた。
地下ホテルとも言えそうなほどである。
しかしそういった部屋は概して、何の変哲もない部屋で必要最低限のものしかない。
それ以外にも部屋は十個あるが、魔法がかけられているのか特定の一人が扉に触れないと開かないようになっていた。
しかもそれら全て、開けられる者が違う。
「なんか、一人につき一部屋を割り当てられているみたいだね」
ハオランは不気味だねえと呟いた。
ただし扉を開けられる者がいれば、他の人もその部屋に入ることはできる。
数時間かけてほぼ全ての部屋を見て回った。
しかしそこも、他の部屋と同じで特に何の変哲もない個室だった。
一日目の調査を終え、それぞれが空いた部屋を自室として二日目以降は全員が書庫に揃うことも少なくなっていた。
読書に浸って早くも五日が流れている。
三人とイェナは書庫でひたすら本を読んでいたが、ミェンリンたち他の六人は読書よりも探索に時間を費やしていた。
地下室の他の部屋を見て回ったり、地上に戻って神殿を調べたり。
そして何度か、プリシエラがイオンとゼクスと喧嘩して魔法の打ち合いになったり。
「あー、ヤバい。本の中の文字が動いてるように見える」
ゼクスは敷き詰められた文字を言葉として認識できなくなり、記号が並んでいるようにしか見えなくなる。
やがて視界の明度が高くなったかと思えば目の前の文字が踊り出しているように見えて、目頭を押さえて空中に浮いたソファーに背中を預け大の字になった。
「まー、魔力を込めた魔法書の中には文字が動くものもあるからねー」
「え……やっぱこれ動いてるのか」
イェナの言葉を聞いてゼクスは再び本に目を移す。
しかし別に魔法書ではないので文字は動いていない。
ロクセスは彼の様子にため息をついた。
「安心しろ、ゼクス。お前のソレは目が疲れてるだけだ……ずっと気張ってても疲れるし。気晴らしに俺らもちょっとその辺、見て回るか」
読書を止め、ゼクスと共に他の部屋を見て回る。
ロクセスは歩きながら、そういえば、と思い出したように言う。
「開けられる人が限られている部屋の十個の内一つは、ゼクスはまだ行ってなかったよな」
「あー。そういえばそうだったな」
ゼクスは思い出して苦笑いする。初日に皆で地下室を見て回った時、彼は途中ではぐれていた。
開扉者が限定されている十部屋の内一部屋だけ開けられていない。
その時には既にゼクスが迷子になっている状況で、彼はその部屋に辿りついていなかった。
皆が必ず一部屋開けられるとは限らないが、ロクセスは試しに彼をその部屋の前に連れていく。
何の変哲もない他と同じ扉のノブに触れる。
ノブを下げて押せば、簡単に扉が開いた。
二人とも少し緊張を持って部屋を目に映すものの、中はやはり他と同じ景色だった。
「ここも同じか……家具の配置も、置いてある生活用品も全部同じ。何もなさそうだな。わざわざ扉を開けられる奴を限定してるのは鍵の代わりか何かか」
ゼクスが室内を見回し、少し残念そうにした。
ロクセスは部屋を調べながら、書庫で読んだ歴史書の内容を思い出す。
「ずっと昔は魔法が危険なものとして禁止されていた時代もあったらしい。そういう時代は魔法に関連するものを文字として残すこともできなかった。そこで魔法研究者は、本じゃなくて日常生活で使う物の人目に付かないような部分に、暗号を刻んで軌跡を残したらしい。もしかしたらここにもあるかもしれない」
この施設がその時代にもあったのだとしたら、その時代の勇者と魔王がここに来ていたとしたら、なにか暗号を付けた者もいたかもしれない。
そう思ってロクセスはしゃがんだりのぞき込んだりして、机やベッドの脚、洗面台の装飾をじっくり細かく見ていた。
部屋を隅々まで見ていく彼の様子にゼクスは呆れた表情を向ける。
「いやー……さすがにないだろ。書庫には魔法に関する資料が大量にあって検閲されることもなく残っている。そんな魔法関連書が迫害されない状況で、わざわざ暗号なんてもの使って隠すようなことしないし」
「あ。なんかあったぞ」
「え」
机の背板に何か文字が見えてロクセスが伝えた。
ゼクスは自分の予想が即座にひっくり返って思わず声がこぼれる。
文字が見えたものの、引き出しに隠れて冒頭の一文字しか読めない。
二人で金具を外して木製の引き出しを抜く。
背板には短い文章がつづられていた。
「『安寧のために人によりつくられた魔封の火蓋が贄を食う。その腹満たされることもなく』」
「『我らはその腹を食らう術を探して朽ちていく花となる』」
二人がその言葉を口にした瞬間、二人の首の紋章が緑に強く発光した。
「ッ! な、なんだいったい!」
困惑するロクセスの横で、ゼクスは前方を苦い顔をする。
机の下、壁しかなかったはずのそこに、下へと伸びる階段が現れた。
「まだ下があるのか……」
二人して顔を見合わせ、うなずいて共に階段を下りる。
一番下まで行くと、洞窟の道が広がっていた。
周囲は暗いが前方から水色の光が細く差し込んでいる。
水気を帯びた土を踏みしめて先へ進んだ。
冷えた空気に湿気が混ざって、時おり水滴のしたたる音が響く。
少し歩き、開けた場所に出る。
周囲には魔力が充満していて、空気を押し出し細かい電撃を生んでいた。
腐魔酔いではないが、濃すぎる魔力に耳鳴りがしてゼクスは耳を揉む。
「この地下洞窟が魔力発生の中心点か?」
「おい、ゼクス。あれ……」
奥の方に進んでいたロクセスが、唖然として前方を指さした。
ゼクスは怪訝そうに隣に来る。
彼の指さす方を見て、目を見開いた。
洞窟の奥には紫の巨大な鉱石が浮いていた。
離れた場所からでも、巨石に莫大な魔力が宿っているのが分かる。
しかし、ゼクス達が驚いているのはそこではなかった。
その巨石には、人が埋まっていたのである。
一人だけでなく、何十人も。
そして、その中にはーー
「おや、じ……?」
ゼクスの父、クロス・テンペライオも眠っていた。