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第十二話「共同討伐」

 あの後、ゼクスはルニベデイトの止めをミェンリンに任せた。

 ただでさえ白帽魔法師が腐魔領域の正常化を成功させたのに、それに加えて特定警戒魔獣を討伐すれば悪目立ちしてしまう。


 特定警戒魔獣はポイントではなく星が与えられるため、順位に大きく関わってくるわけではないのでミェンリンに譲っても構わないと考えたらしい。

 しかし、だからと言って周囲が彼の成績を持ち上げないかと言われればそんなことはなかった。


 赤雷魔導士団との討伐が終わって数日間、ゼクスとイェナは好奇の目を向けられていた。

 腐魔領域の正常化もあるが赤雷魔導士団を守ったことや、精霊イフリートの生まれ変わりであるミェンリンを制圧したことで余計に話題になっている。


 しかし皆が二人の実力を賞賛したわけではなく、イカサマをしたのだと非難する者もいる。

 国の中で絡まれることもあり、それはギルドの通常勤務日でも行われていた。


 ブリッジ・コアの建物に入ってきた赤帽魔法師の男が、他の受付係には目もくれずゼクスのいるカウンターに来た。

 男は討伐した魔獣の角や牙などの戦利品を、わざと音を立ててカウンターに置く。


 ギルドは魔獣の戦利品の査定と買い取りを行っているが、その処理をするのは買取専用窓口である。

 ゼクスの立っている依頼受付窓口ではない。


「おいおい。いま魔法祭十九位のゼクス『さん』じゃないですかー。これ取ってきたんで査定してくださいよ」

「買取窓口でお願いいたします」


 ゼクスは微笑みを浮かべ、案内の一言だけを口にした。


「えー。俺は、白帽魔法師なのに腐魔領域を正常化させたゼクスさんに査定してほしーんだけどなあー」


 男は間延びした声でニヤニヤと笑い、その場から動こうとしない。


 査定したら、「安く値を付けられた」「インチキ白帽魔法師が調子に乗っている」などと騒ぎ立てられるのが容易に想像できる。


 ゼクスは(うざ……)と内心で思いながらも営業用の笑みを崩さずに「買取窓口へどうぞ」と同じ言葉を繰り返した。

 男は冷めた視線でゼクスを見おろす。


「ああ、そうだ。アンタらに差し入れ持ってきてやったんだよ」


 男は魔法でビール瓶を出す。

 しかし出した場所はゼクスの頭上で、その蓋は開いていた。


「おおーっと! 手が滑ったあー!」


 男がわざとらしい声を上げる。

 が、ゼクスの頭上に出したはずのビール瓶がいつの間にか男の頭上に転移していた。


 瓶の中に軽い破裂魔法がかけられ、内側から破砕して男の頭にビールが降りかかる。

 その間は一秒もなく、男は何が起こったかすぐに理解できずに、びしょ濡れのまま「え?」と戸惑いの声をもらした。


 床板が水分にあてられて黒みのシミを作る。

 ゼクスも何が起こったのか分からず不思議そうにしていると、後ろから女性の声がかけられた。


「何やってるの。床、びしょ濡れじゃない」


 声の主が男の真後ろにいるのか姿は見えなかったが、その声を聞いてゼクスは目を見開いた。


 男は前を向いたまま、顔にビールを垂らして青筋を浮かべる。


「てめえか! いま魔法使いやがったのは!」


 勢いよく振り返れば、そこにはミェンリンとハオランがいた。


 男は二人を前にして一瞬の判断でミェンリンの胸倉に掴みかかる。

 彼女は無抵抗だったが男は片手の拳を振り上げた。しかし、


「ミェンリン、なんでこんなところに」


 ゼクスの言葉に、男の拳がピタリと止まった。

 その顔が徐々に青ざめて口角が引きつる。


「ミェンリンって、ユェンハ国の? イフリートの、生まれ変わりの……?」

「そうだけど」


 ミェンリンの返答を聞いて男は即座に手を離した。

 数秒、挙動不審になりゼクスに振り返って睨みつける。


「てめえ、また賄賂でも渡して上位の魔法師を味方につけやがったな!」


 男が今度はゼクスに殴りかかろうとして、様子見していたエノアがモップ片手に男を押しのけた。


「あらまー、びしょ濡れじゃん。はいはい、掃除するから退いた退いたー」

「ひとまずこれ使って服の水気拭いてくださいよ」


 エノアに続いてロニが男にタオルを押し付け、レベッカとマリアもカウンターから出てくる。


「魔法祭中は国の中で他の参加者に手を出すのは違反行為ですからね」

「お客さんは買取する前に新しい服買いに行った方がいいですよー。風邪ひいちゃいますからねー。というわけでサヨーナラー」

「ちょおい!」


 レベッカとマリアは男の背中を押して強制的にギルドの建物から追い出す。

 男が再び入ってくる前に扉を閉めて、特定の人間が入れないようにする魔法を扉にかけた。


 男は中に入れなくなり何度か扉を荒く叩いて、「クソ! 覚えてろよ!!」などという聞きなれた遠吠えをして去っていった。


 ロニは腰に手を当て、ゼクスを見てにやつく。

 エノアやレベッカ達も同じように君の悪い笑みを浮かべていて。


「心配するな姫様」

「私たちが守ってあげるから」

「誰が姫だ。誰が」


 茶化されてゼクスは不満げに呆れた声で返した。

 ミェンリンは彼らの様子から、先ほどのようなことが何度かあるのだろうと察する。


「あんなくだらないことされているんだね、君」

「ん? あー、まあな。何にしても俺は白帽だし。等級と不釣り合いな成績を取ったら不正を疑われても仕方ないとは思うが」

「そう? 私には、あの人がただ実力を見抜けていないだけに見えるけど」


 ミェンリンは周りにいる魔法師たちへ目を向ける。

 魔法師たちは普段からゼクスを見下している者も多いが、イフリートの転生体であるミェンリンに委縮して皆が目をそらした。


 周囲の反応にハオランは「ふむ」と顎に手を当てる。


「あの人、俺じゃなくてミェンリンに殴りかかったし。白帽や女性とか自分より弱く見える相手にしか強く当たれないのは、人間らしくていいよね。そうやって威張ることで自己誇示をしてる人、他にもいたりして」

「おい、周りの奴らに聞こえるって」

「え。聞こえるように言ってるんだよ」


 周りの魔法師たちが気まずそうにしていてゼクスは牽制する。

 しかしハオランは平然と返した。

 こいつ性格悪いな、とゼクスは頭を押さえて内心ため息をつく。


「それで、お前らなんでここにいるんだよ」

「ああ、君に用があったんだよ。今週の土曜、イェナータも連れて一緒に魔獣討伐に行かないかい?」


 ミェンリンに提案され、ゼクスは目を丸くして「え?」と困惑した声をこぼした。


 ミェンリンは他種族に友好的ではないため、魔法祭でなくとも共同討伐などはしない主義である。

 そんな彼女が自ら誘ってくるのは予想外で、ゼクスは返答する言葉に迷っていた。


「なんで俺らと」

「別に。君たちは強いって実感したから、その……」


 言葉を出すのにためらっている彼女を見てハオランはにっこり笑う。


「お嬢は君らの実力を認めたってことさ。精霊っていうのは元来、強さを求めるものだから、強者が現れれば好奇心を刺激され思慕してしまう傾向にあるんだ。二人の力をもっとみたい、勉強したい、一緒に戦いたいと思った――まあつまるところ、仲良くなりたいってなっちゃったんだよねー?」

「ッ……う、うるさい。ハオラン余計なこと言わないで」


 茶化すように言われてミェンリンは頬を赤らめて顔を背けた。

 そんな彼女の様子にゼクスは目を丸くする。


(な、なるほど。素直になれないタイプのアレか)


 すぐに理解するがギャップに戸惑いつつ、カウンター内側のカレンダーへ視線を下げる。


 予定が入っている日には魔法で多彩な光が付けられていた。

 今週の土曜日は青色の光がついていて、何か細かい字で詳細が記載されている。


「あー、悪い。今週の土曜はロクセスたち『光剣の翼』と魔獣討伐に行く予定なんだ」

「そう……なら、そこのリーダーに聞いてみるよ」

「いやさすがに無理な気がするが」


 関りのない他国の魔法師で、しかも精霊イフリートの転生体が一緒にいると委縮してしまう魔法師も多い。

 ロクセスもさすがに断るのではないかと予想していた。


 ギルドの業務が終わって光剣の翼の拠点に行きロクセスに尋ねたが、


「ユェンハの二人が共同討伐? いいぞ?」


 全く気にした様子なく承諾されてしまった。

 ゼクスは「そんな簡単に受けていいのかよ」と苦笑いする。


「強い魔法師が同行してくれるのは心強いからな。もちろん、パーティメンバーの身を軽視するような行動を取れば俺が剣を抜くが」


 ロクセスが鋭い視線をミェンリンに向ける。

 彼女は鼻を鳴らして顔を背けた。


「対立は非効率的だし時間の無駄になるからしないよ。そんなことする暇あるなら黒魔をより多く倒す方が利になる」

「ならいい。皆は構わないか」


 ロクセスはパーティメンバーの方を向いて確認を取る。

 やはりミェンリンに委縮している者もいるにはいるが、皆がリーダーの決断を支持した。


 ピンク髪に白いローブと赤帽を被る女性は眉を下げて苦笑いする。


「やっぱり精霊は怖いけど、でもそんな精霊と一緒に旅をするなんて経験、めったにないだろうしね」

「せっかくだからミェンリン様との共闘、楽しみますよ」


 女性に続いて同じく赤帽の若い男性が笑って言った。

 ミェンリンはそんなパーティメンバーの様子に少し考え込む。


(てっきりリーダー以外は反対して国内での待機を選ぶと思っていたけど)

「……拒絶しない人族もいるんだね」


 ミェンリンは口元を手で隠し、少しだけ頬を緩ませる。

 ハオランは彼女の表情を見て、いつもの胡散臭い笑顔が少し崩れて優しげな微笑みに変わった。



 週末の土曜日になり、ロクセスたち光剣の翼の面々と共に結界防壁を抜ける。


 防壁のすぐそばでミェンリンとハオランが待っていて、全員で光剣の翼が所有する中型飛空艇に乗り込んだ。


「相変わらずデカいな……」


 ゼクスは飛空艇の中を見回し呟く。

 ガラス窓で囲まれた広間はソファーがいくつかあり、何十人もがゆったりとくつろげるほどの大きさだった。

 扉を隔ててキッチンなどの設備もある。


「でも広いだけだぞ。『灯聖騎士団』の飛空艇はこれの比じゃない」

「まあ、そりゃ黒帽魔法師は稼ぎが多いからな」


 飛空艇の購入には多額の費用がかかる。

 黒帽魔法師であれば高難易度かつ高報酬の依頼をいくつも捌いているため、飛空艇を買うのもあまり苦労はしない。

 しかし並みの赤帽魔法師などには手を出しにくい。


 ロクセス達のこの船も決して安くはないが、普段から依頼を多数こなして皆で金銭を出し合い貯蓄して購入していた。


 光剣の翼の面々やイェナたちがソファーにダイブして、ゼクスもロクセスも苦笑いした。

 ミェンリンたちも空いたソファーに腰を下ろす。


 光剣の翼のメンバーが入れ替わりで操舵を務め、魔力を注いで魔法とエンジンで船を動かし討伐に向かった。


 今回の討伐地はベスタート王国の東方に位置する、ニヴライト神殿である。

 昔は魔法師の儀式等に用いられていたが、膨大な魔力が自然生成される場所である。


 年々、魔力生成量が多くなり、頻繁に腐魔領域化する危険地帯となってしまった。

 現在は魔法師が鍛錬を行う修行場に変わっている。


 魔獣の数が他に比べて圧倒的に多く、一等黒魔の割合が高い。

 そして必ず、特定警戒魔獣が一体以上いる。


「神殿には灯聖騎士団も向かってそうだね」

「あー……確かに、はち会う可能性は高いな」


 ハオランの言葉を聞いてゼクスは苦い顔をする。

 ミェンリンは彼の反応を不思議そうにした。


「なにか問題が? 灯聖騎士団と因縁でもあるとか」

「まあな。あそこの団長はイェナの知り合いなんだが、俺とイェナの関係をよく思ってなくてな。今回そいつに喧嘩、吹っ掛けられて魔法祭に参加することになったんだ。俺が弱ければイェナの面倒はそいつが見るって」

「ふーん……今回の魔法祭で、その人に勝つ必要があると」

「そういうことだ」


 ミェンリンは顎に手を当てて何かを考える。一つ案を思いついて無表情な顔をゼクスに向けた。


「じゃあ、明日以降戦えなくなるまで叩けばいいんじゃ」

「ダメだ」


 ゼクスはミェンリンの言葉を遮って即拒否した。


「この間みたいに特定警戒魔獣の魔獣誘引で混戦させれば簡単だと思うけど」

「いや、普通にほかの参加者を負傷させる気はないって。それにイェナの知り合いをボコボコにしたら後々、関係が悪くなるだろ」


 ミェンリンが淡々というものでゼクスは呆れて大きくため息をついた。


 彼女は怪訝そうにしつつ「まあ」と一つ言葉を出す。


「どちらにせよ、君が彼に負けることなんてないと思うけど」

「……さすがに勇者候補に勝つ実力は持ち合わせてねーさ」


 ゼクスは窓の方に視線を向けて返した。

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