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第十話「ユェンハの魔法師」

「こいつが当代イフリートの転生体……」


 ゼクスの声に反応するように、ミェンリンの視線が彼へ向く。


 ゼクスを捉える彼女の緑眼が、さらに冷たさを帯びた。

 彼女は両手に持ったトンファーを手の中で回し、足元のドラゴンの上に黒い魔法陣を展開させる。


 ルニベデイトはまだ生きているようで、黒い陣に魔力を少し吸い取られていた。


 陣の文字が一部赤くなり、天空に一線黒い光が打ち放たれる。

 その光を見てゼクスは目を見開いた。


「まさかお前、他の魔獣をおびき寄せる気か!! その魔法は数の制御ができないんだぞ!」


 ミェンリンが発動させたのは、意図的に魔獣を呼び寄せる魔法だった。

 魔獣の魔力を陣に注ぐことで、類似した魔力の波長を持つ魔獣が集まってくる。


 ルニベデイトの魔力を注入した場合、引き寄せられるのはその波長に合う一等黒魔たちである。

 だがその数や魔法の及ぶ範囲は指定することができない。


 しかもこの魔法は、注いだ魔獣の腐魔が大気中に漏れて大気魔力を腐敗させる副作用がある。

 ただでさえ腐敗濃度の高い湖周辺でさらに腐敗魔力が増幅し、団員たちは腐魔酔いで倒れて動けなくなっていた。


 ゼクスとイェナも眉を寄せて口元を手で押さえ、ラフィリアは耐えきれず地面に片膝をつく。


 大所帯なうえに皆が万全に動けない状況で、大量の一等黒魔に囲まれれば命が危ない。

 帽逆の力に頼ろうにも、あれは人の体内の魔力を吸収するだけのもの。

 すでに発動された魔法を止めることはできなかった。


「おいお前! その魔法いますぐ止めろ!」


 ゼクスの制止を聞かず、ミェンリンはトンファーを彼の方に向ける。


「止めるわけないでしょ。逃げられないのは君たちの実力不足。邪魔するなら全員、消えて」


 ミェンリンが言い終わった直後、トンファーの前に魔法陣が出現した。


「!! 皆すぐに結界をッ!」


 ラフィリアが慌てて団員たちへ指示を叫ぶ。

 しかしミェンリンの魔法はすぐに発動してしまい、陣から巨大な白い光線が放たれた。


 光線には多量の魔力が注がれ、人を葬れるほどのエネルギーをはらんでいた。

 団員たちはすぐに防護結界を張るが、おそらく簡単に破壊されてしまう。


 ゼクスは帽逆の力でミェンリンの魔力を反転させて吸収し、イェナと共に前に出て団員たちを覆う範囲で複数の結界を重ねて生成した。


 光線が結界に衝突して大きな音と強風を生む。


 ミェンリンは風にピンクの髪を揺らされ、自分の手を見つめた。

 体内の魔力が急減しても特に取り乱した様子はなく、視線をゼクスに移す。


「殺す気かよ……別にアンタの邪魔する気はなかったんだが、アンタがこっちを攻撃するなら話は別だ。それ相応の対応はさせてもらうぞ」


 ゼクスは他の者たちを守るため結界を維持したまま、竜の上に立つミェンリンのもとに駆ける。

 剣を構えて湖の手前で地を踏み込み、跳びあがって彼女に斬りかかった。


 ミェンリンはトンファーで剣を受け止める。

 斬撃の重圧を受けて足場になっているルニベデイトの体躯が沈み始め、視線を下に向けて再びゼクスの方へ戻した。


「君は、勇者には相応しくない」

「勇者……? なんの話を」


 唐突な単語にゼクスは意味が分からず戸惑って問い返した。

 しかし彼女はトンファーで剣を横に流し、後ろに跳んで飛行魔法で距離を取る。


 ゼクスは開けられた距離を詰めようとするが、横から氷の魔法が飛んできて結界で氷塊を弾いた。


 真横から気配がしてゼクスはとっさに横に跳ぶ。

 気配のした方を見やれば、いつの間にか見知らぬ男性がいた。


 ゼクスたちと同じく十代後半ほどの、赤帽魔法師である。


 黒と赤を基調としたチャンパオに身を包み、黒髪は左サイドだけ長く三つ編みに結われている。

 閉じられた糸目と弧を描く口のおかげで、にこにことした笑顔が胡散臭さを漂わせていた。


「男は男同士でお話ししよーじゃないか」

「ッ!!」


 男は一瞬でゼクスとの間を詰め、勢いよく彼の腹部に蹴りを入れた。

 強圧が叩きつけられゼクスは後方の森林に吹っ飛ばされてしまう。


 遠くで大きく衝突音が聞こえて土煙が立ち上がった。

 男はルニベデイトの身体を蹴り湖から出て、飛行魔法でゼクスの飛んでいった場所へ向かう。


「ゼクス!!」


 イェナも慌ててゼクスのもとに行こうとする。

 しかしミェンリンが侵入防止の結界魔法を発動させ、ゼクスたちのいる場所に行けなくなってしまった。


 イェナはミェンリンを軽く睨みつける。


「あなたに、彼のもとに行かれると困る」


 その発言にイェナは少し違和感を覚えた。


 ラフィリアが腐魔酔いで苦悶の表情を浮かべながらも、地面に槍を刺してそれを支えに立ち上がる。


「他の人に危険が及ぶような行動は、褒められたことじゃないね。ミェンリン様」

「魔法祭は、殺人以外は禁じられていない大会だよ。汚い手を使おうと点を取れば一緒」

「そんなこと言って、さっきは加減なしで殺す勢いの魔法を打ってきていたじゃないか」

「……だって、そこにいる子とさっきの白帽二人がいれば止められるって分かってたから。どうせ死なないと思ってたし」


 イェナは目を見開く。

 先ほどの違和感といい、ミェンリンは他の魔法師と違ってゼクスたちを弱小白帽魔法師として扱っていない。


 ラフィリアのように何度か戦ったことのある相手なら実力も見せたことはあるが、ミェンリンは初対面である。


(この人いったい……)


 ラフィリアが結界の中から氷魔法を放つが、ミェンリンは結界で簡単に弾く。


「魔法祭は魔法師としての強さを示す大会だよ。他者に危害を加えることにメリットなんてないはずだ」

「なに言ってるの。他人への攻撃は、自己アピールの手段の一つだよ。他者に危害を加えればなおさら、より強さを見せつけられるでしょ? この人たちより、自分の方が上だって」


 ラフィリアとミェンリンの会話を裂くように、周囲から獣の唸り声が聞こえて腐敗魔力の反応が増殖する。


 魔法に惹き付けられた一等黒魔たちが周囲に姿を現した。

 その一体がミェンリンに毒の魔法を放ち、それを皮切りに他の魔獣たちが襲いかかってくる。


「ここは私だけの狩場。全部、私が狩りつくす」


 ミェンリンは飛行魔法で毒を避け、魔法陣を大量に展開して応戦し始めた。




 薄紫の侵入防止結界の中で、ゼクスは黒髪の男と対峙していた。

 イェナたちのいる方から大きな衝撃音が聞こえ、魔法の鮮やかな色が周囲を染め上げている。

 男はそちらを見て笑っていた。


「始まったみたいだね。いやー派手にやるのは良いけど、俺もポイント稼ぎたいんだけどなあ」

「アンタもユェンハ国民か。精霊でなければありがたいが」


 ゼクスは周囲には目もくれず剣を構えて男を見据える。

 敵対心と殺気を受けて男は眉を下げた。


「そんなに警戒しないでよ。大丈夫、俺は精霊じゃないから。改めまして、俺はハオラン。雷の精霊の加護を受けてる霊器だよ。よろしくね、ゼクス・テンペライオ君」


 笑みを携えたまま、手を前に出して名乗った。

 ゼクスは自分の名を呼ばれて眉を寄せる。


「アンタとは初めましてな気がするが。俺のこと知ってるのか」

「そりゃあね。あの帽逆の魔女は有名だけど、それについて回っている助手の君も他国では知られた存在だよ」


 助手じゃないんだが、と内心思ってゼクスはため息をつく。


「知ってんなら何でわざわざ俺をあの場から引き離したんだよ。白帽の俺にできることなんてたかが知れてるだろ」

「『帽逆の魔女』がいると、黒魔狩りの最中に反転させられて邪魔されそうだったからね」

「? それならイェナを……」


 ハオランの言動に疑念を抱いて問い返す。

 しかし途中で彼の意図に気づいて、目を見開き言葉が止まってしまった。


「まさか、お前ら」

「最初はかなりびっくりしたんだよ? まさか地であんな大量の魔力を持っている魔法師がいるなんて思わないから、アレは借り物だと思い込んじゃっていたよ。良い隠れ蓑を見つけたね……帽逆の魔法師、ゼクス君」


 ゼクスは驚愕の色を浮かべた。


 ハオランは、ゼクスとイェナの正体を知っていたのである。

 だとすれば、おそらくミェンリンも同じく気づいているはず。


「確かにイェナータちゃんは魔力が多いけど、それだけだ。大勢の荷物を抱えたままじゃ、おそらく思うように力は発揮できない。あそこはミェンリンの独壇場になる……それにしても、君たちもタイミングが悪いね。ルニベデイトがあの場に来たことが運の尽きだよ」


 他の参加者たちが自ら黒魔のいる場所を探して歩き回るなか、ミェンリンたちは特定警戒魔獣を先に狙い、そこで誘引魔法を使って黒魔をより多く討伐する作戦を取っていた。


 ナキア湖に竜が来なければミェンリンもこの作戦は実行しなかっただろう。


「あんだけ人がいる中で、そんなことしたら周りにいる奴らが巻き添え食らって死ぬのは分かりきったことだろ。今すぐ止めさせないとお前ら殺人犯になるぞ」

「ははっ、それはないよ。魔獣が大量にいる戦場で誰かが野垂れ死んでいたとしても、魔法祭の運営は死んだ者が実力不足だっただけだと判断する。俺たちには何の非にもならないのさ」


 もちろん参加者が直接、手をかければ違反行為と見なされる。

 しかし環境を変えたことで他の魔法師が窮地に立たされたとして、副次的に死んでも責任は問われない。


 自分の身は自分で守る。守れなければそれまでのこと。

 それが魔法祭である。


「あいにく、俺は魔法祭を楽しみたいんでね。アンタらのやり方には賛同しかねるな」


 ゼクスはイェナたちのもとに行こうと走り出した。


 ハオランが電撃魔法を放ってきて結界で防ぐ。

 その一瞬の隙に距離を詰められ、拳が来てゼクスはすぐに後へ飛び避けた。


 しかし避けた先でハオランが背後に回り蹴りを放つ。

 ゼクスはとっさに結界を張って防御するが、衝撃と圧を押さえきれず吹っ飛ばされてしまった。


 木にぶつかって、それで止まらず木をいくつか破壊し、その先の大木に叩きつけられる。

 衝撃で数秒呼吸ができなくなり、回復して一気に空気が入り咳き込んでしまう。


「げほっ、いってえ……強化魔法つけてねえのに、なんつー力だよ」


 背中から広がる激痛に眉を寄せる。

 ふらついて立ち上がり、口の中の血を吐き出した。


 ハオランがニコニコして歩いてくる。


「ミェンリンは邪魔されることを嫌うから。君には、ここで大人しくしてもらわないとね」


 ゼクスは舌打ちをして剣を構え、ハオランを睨みつけた。




 湖の周辺は、魔獣の咆哮と魔法による衝撃音で占拠されていた。

 魔獣はミェンリンだけでなくラフィリアたちも襲撃しているが、イェナたちの張った結界のおかげで今は攻撃を防ぐことができている。


 ただミェンリンが加減なく強力な魔法を放ち、その飛び火が結界に打ち当たっていた。

 魔獣も外から結界を壊そうと攻撃しており、魔獣とミェンリンの強力な魔法が当たる度に結界にひびが入る。


 ラフィリアは動ける団員たちに指示を出し、他の動けない団員を連れて少しでも遠くに離れるように指示を出した。


 イェナも戦いより退避を優先し、団員を背負って逃げようとする。

 しかし結界の亀裂が徐々に広がり、甲高い音を立てて破壊されてしまった。


 イェナが団員たちに結界を張る間もなく、大量の魔法が降り注いだ。

 いくつもの魔法がラフィリアや団員たちを襲い、血と悲鳴が飛び交ってイェナは目を見開く。


「ラフィリア! 皆! ッ、すぐ治療するから」


 急いで全員に結界を張り治癒魔法を発動させる。

 しかしイェナも魔獣に囲まれて結界の外から攻撃を受けていた。


 敵を減らさなければ、このままではいずれまた結界を破壊されてしまう。


 全員に治癒魔法をかけながら、攻撃魔法陣を周囲に複数展開させて魔獣に応戦し始めた。

 だがそこまでしても魔獣の数は減らず、それどころか最初より増えている。


 魔獣を呼び寄せる元凶、ミェンリンの出した黒い魔法陣へ目を移した。


(あの陣を破壊しない限り、黒魔が沸き続けてしまう)


「お願い、その魔法を消して」

「私はポイントを稼ぎたいから、消すメリットがない。私を止めたければ力ずくで止めて見なよ。君、帽逆の魔女なんでしょ? その力を使ってさ」


 ミェンリンは黒魔を蹴散らしながらも陣を消そうとはしない。


 確かに帽逆の力があれば彼女だけでなく魔獣たちの魔法も抑え込めるはずである。

 しかしイェナには帽逆の力などない。ミェンリンは彼女に冷めた視線を向けた。


「君なら、こんな腐魔くらいすぐに浄化できる。防御結界と治癒魔法を止めて攻撃に専念すれば、こんな数の黒魔もすぐ倒せるでしょう」


 イェナは目を見開いた。

 普通、白帽に対してそれほどの魔力量を期待することはない。


(やっぱりこの人、私の魔力に気づいている……)


 ミェンリンの言う通り、普通の魔法師でも防御と回復に割いている魔力を合わせて攻撃に集中すれば状況は切り抜けられるだろう。

 しかしイェナは眉を寄せてその策を忌避した。


「そんなことしたら皆が死んじゃう」

「それが何だって言うの? これは魔法祭、強さを測るための大会なんだ。実力のない者は淘汰されて当然だよ」

「……そっか。本当に、止める気はないんだね」


 ミェンリンの言葉を聞いてイェナはうつむく。

 顔に影が差して表情は見えないが、少し間が開いて出された声は低く冷たさを帯びていた。


「なら私もそれ相応のやり方で、アナタを淘汰するね」


 再び顔を上げ、手を前に出した。


 地面に巨大な白い魔法陣が出現して周辺一帯を覆いつくす。

 広範囲の地面から、巨大な光線が放たれ轟音を立てて天を穿った。

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