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第一話「帽逆の魔女と呼ばれる女」

 広い世界に莫大な魔力が絶えなく流れ、人々の生活をより豊かなものにする。

 しかし人々が魔力を消費するよりも自然の魔力発生量が多く、飽和状態となっていた。


 使われずに流れる大気中の魔力は古いものから腐敗し、血肉を自然生成して魔獣を生み出していく。


 魔獣は人々を襲い、人はそれらに対抗するため魔法を極め始めた。

 魔法師としての能力こそが生きる要として重視されるようになる。


 体内に保有する魔力量、それを制御する能力、様々な観点から総合して、皆が階級付けされていた。


 魔法師は階級ごとに帽子で色分けされている。

 黒帽が最高位一等魔法師、ついで二等赤帽、三等青帽、四等茶帽。

 まだ魔力等が発達途中の子供や、能力が乏しい者には白帽が与えられる。


 全ての国で階級色の帽子の着用が義務化されており、一目見て、その者の実力がはっきりと分かってしまう。

 下級の魔法師は見下されるのが当たり前の、完全なる実力主義社会だった。


 魔獣討伐を主に行う魔法師ギルドは特に、階級差別が多く見られる。

 ギルドに来た魔法師たちは皆、エントランスのテーブルを囲い、他の者たちの帽子の色をジロジロと見る。

 そして勝手に、自分は上だとか、相手は下だとか判断してニヤニヤしている。

 そんな光景も、受付カウンターで働く青年にとっては見飽きて壁紙と化していた。


 黒い髪を持つ十代後半ほどの彼、ゼクス・テンペライオは魔法師ギルド「ブリッジ・コア」の従業員である。


 頭に白いとんがり帽子を被っており、金色の目は部屋の明かりを受けて綺麗に輝いている。

 しかしその奥には疲労が見えていた。


 ゼクスはギルドの受付カウンターで、


「どぅあーかーらァァ! もっと報酬あげらんねーのかよ! この俺が、じきじきに二等赤魔を討伐してやったんだぞコラァ!」


 いつも通り怒鳴り声と唾を顔面に叩きつけられていた。


 がたいの良い男が大声を出し、カウンターを叩いてわめく。

 その頭には赤帽が乗っている。


 ゼクスは目に弧を描いて笑みを作り、とりあえず男が黙るまで待った。


 二等赤魔(にとうせきま)とは、二等赤帽魔法師でなければ討伐できない程の強さを持つ魔獣のことである。


 普通に危険な魔獣ではあるが、報奨金は国や民間依頼者が事前に提示し、ギルド側が交渉して決定している。

 危険度や要求される戦闘技量もかんがみて、適正価格として算出されたものである。


 たまに依頼者側が好意で別途報酬を渡すことはある。

 また、民間依頼者からの案件によくみられるが、報奨金が渋いものは誰も依頼を遂行せず滞留することが多い。

 その場合はギルドがテコ入れして報奨金を増額し、依頼の処理を促すこともある。


 しかし一度達成できた依頼の報奨金を、後からギルドが値上げすることは基本的にない。


 基準を満たした者が依頼を受けて達成するのは当たり前。

 提示されているものは、努力や苦労の価値も含めた額である。

 ごね得は通じない。


「申し訳ございません。報奨金の値上げは行っておりません」


 笑顔を維持しながら、マニュアル通りの断り文句を口にするしかない。


 しかしそうすると、相手が物わかりの悪い者の場合――


「白帽風情が調子乗ってんじゃねーぞアァン?」


 男がゼクスの胸倉を掴み、彼の体を強引に引き寄せて睨みつけてきた。


(まあ……物わかり良い奴なら最初から金額に文句つけたりはしないよなあ)


 ゼクスは両手を挙げて無抵抗の意を示し、笑顔の裏で内心ため息をつく。

 男はひたすら白帽罵倒を繰り返していた。


 白帽を持つ育成途中の子供には昇格試験が義務付けられている。

 大体は十歳程度で白帽を卒業する。

 何年経っても白帽のままということは試験の不合格者、つまり弱者の証となるわけである。


 上位存在が下位存在を嘲笑い貶すのは、階級制度のある場所ではよくある話。

 そして何より、ゼクスの魔力量が余計に状況を面倒にしている。


 彼の体には、魔力が()()()()のである。


 ゼロではないが、ほぼゼロに近い。

 白帽の中でも最底辺といわれ、同じ白帽にも見下されていた。


 白を被る価値もない、『無帽の魔法師』などと揶揄されることもある。


「あー。魔力を微塵も持たねえ『無帽』には、赤帽魔法師様の苦労もわからねーか! お前は俺クラスの依頼を受けたら即死するもんなァ!?」


 ゼクスは笑顔のまま(あー、うぜえー)などと心の中でぼやいた。

 それを口にするとまた唾を吐き出されそうなので黙っておく。


 男の罵声がいったん止んで、ゼクスは口を開いた。


「申し訳ございません、お客様。後ろが詰まっていますので、お引き取りください」


 男が長時間カウンターを占領するもので、彼の後ろには受付待ちの列ができていた。

 歯牙にもかけられず、男は額に青筋を浮かべる。


「てめえ、ギルドの中で手ェ出さないとでも思って」「ゼクスー! ヘルヒャタイト狩ってきたー」


 男が殴ろうと拳を構えるが、入口の扉が勢いよく開けられ女性の声が大きく響き渡った。


 急な大声に男は驚き、殴るのを止めて声のした方へ目を向ける。

 他の魔法師たちもそちらへ視線を移す。

 そこにいたのはゼクスと同じような年頃の女性だった。


 肩までの淡黄色の髪は左がハーフアップで結われており、後れ毛は胸元まで伸びている。

 緑の目に大勢の視線を受け入れ、白帽を被った彼女は左手にドラゴンの頭部を掴んでいた。

 彼女の細い体に不相応なほど巨大な竜の肉体が、持ち上げられることなく床に引きずられている。


 ゼクスの弧を描いていた目が戻り、呆れた表情に変わる。


 この女性はイェナータ、通称「イェナ」。

 ゼクスと共にこのギルドで働く従業員である。


「出た。エセ魔法師だ」

「うわ、ヘルヒャタイトなんか倒してるぞコイツ」

「どうせまた誰か黒帽の力でも借りたんだろ」


 ドラゴンを見るなり皆して顔を引きつらせ、ギルド内がざわつき始める。

 ヘルヒャタイトは一等黒帽魔法師の中でも優秀な大魔法師たちしか倒せない、「特定警戒魔獣」に分類されるドラゴンである。


 聞こえてくる声のどれもがイェナへの悪口だった。

 しかし彼女は特に気にした様子がない。


 カウンターまで歩き、胸倉を掴まれているゼクスを見て怪訝そうに首をかしげた。

 男は口角を上げ、ゼクスを乱暴に突き放してイェナの方へ向く。


「おお、イェナじゃねーか。相変わらず自由に狩りしてんだなあ? どうだ、俺とパーティ組まねえか? 毎日楽しい狩猟生活させてやるよ」


 男はイェナを舐め回すように見る。

 その態度にゼクスの眉が少し寄って、すぐに戻った。


 イェナは表情を変えず、まばたきを数回して男を見つめ少し黙り込む。

 言う言葉が見つかって開口した。


「誰、このおじさん」

「は?」

「おい……イェナ」


 イェナの出した言葉に男は呆気にとられ、ゼクスは頭を押さえてため息をついた。


 男はイェナのことを知っているようだったが、彼女はそうではなかったらしい。

 というより会ったことはあるのかもしれないが、覚えていない様子である。


「イェナてめえ……この二等赤帽魔法師ラルゴ・エイゲル様を忘れたって言うのか!!」

「ラルゴ、ラルゴ……んー。ごめん、ちょっと覚えてないや」


 イェナは顎に手を当てて記憶をさかのぼる。

 しかし思い出せないのか、申し訳なさそうに謝った。

 男はその返しに青筋を浮かべる。


「こ、のックソガキが! 今度こそテメェをひざまずかせてやる!!」


 男が手を前に出し、赤い魔法陣が出現する。

 至近距離で攻撃をされそうなのにも関わらず、イェナは平然と突っ立っていた。


 陣が強く光を放ち発動寸前になる。

 しかし突然、男の体内にあった魔力が消滅し、光が収まり陣は砕け散ってしまった。


 イェナは顔色を変えず、一瞬ゼクスに視線を向けて再び男を見る。


「お、俺の魔力が……貴様またッ、イカサマすんじゃねえ!!」

「イカサマなんてしてないよー?」


 男に指を差されて、何もしてないのに、とぼやきながら両手を挙げる。

 しかし男は聞く耳を持たず、無防備な彼女に拳を振るった。


 イェナは手を挙げたまま、男を見つめて緑の目に沈める。


 瞬きする間もなく、強圧が男に襲いかかり彼を吹っ飛ばした。

 男の身体はギルドの壁を打ち壊し、その二つ先の建物まで貫通する。


 穏やかだったはずの大気中の魔力が騒がしくなる。

 イェナの周囲を、驚異的な量の魔力が覆っていた。


 それは白帽などが持っていい魔力量ではない。

 黒帽の中でも卓越した力を持つ、「大魔法師」と並ぶほどのものである。


 ゼクスを除いて、その場にいた全員が彼女の魔力に驚愕し、生命の危機さえも感じて体が硬直してしまう。


「こ、これが……『帽逆の魔女』の力か」


 この世界では魔法師としての実力しか見られないが、最底辺の白帽であっても恐れられている魔法師がいた。


 その者は、他者と己の力を反転させる特殊な能力を持つ。

 魔法帽を逆転させるようなことから、その魔法師には「帽逆の魔女」という二つ名がつけられた。


 その魔法師こそが、イェナータである。


 ゼクスは壊れた壁に視線を向けて大きくため息をつく。

 皆が驚愕で言葉を失うのとは対照的に、普段通り話し始めた。


「イェナ。壁の修理代、五万エルタな」

「ええ!? 今のは正当防衛でしょ! 見逃してよー!」

「ダメだ。ラルゴの方は知らんが、ギルド側からしたら壁の破壊は別の話だ。従業員が職場を破壊してどうする」


 カウンターから出てきてイェナのもとにくる。

 彼女の頭に軽く手刀を入れ、イェナは「あいたッ」と声をもらして不満げに頭をさすった。


「何事かと思えば、またイェナがやらかしたのか」


 後方で男性の声がして、奥の部屋から二人の男女が出てくる。


 赤みがかった黒髪に同色の目を持つ中年の男性。

 このブリッジ・コアのギルドマスター、ハヴォック・グローリーである。


 隣の女性は二十代後半で銀色の垂れ目を持ち、茶色い髪は腰の下まで伸びている。

 二人とも、黒帽を被っていた。


 女性はイェナが狩ってきたヘルヒャタイトを見て、少し驚き口元を手で覆う。

「あらまあ、ヘルヒャタイトなんか獲ってきて」と呟き、次いで壊れた壁へ視線を移した。


「二人とも、怪我はない?」

「俺たちに怪我はないですけど、ギルドの建物が怪我してます。リトさん、修理代はイェナの給料から引いといてください」

「そんな殺生なー!」


 イェナの嘆きが響いて、リトと呼ばれた女性は困ったように眉を下げて笑った。


 リトリス・べリス、ここの従業員でハヴォックと共にギルドを運営している。

 ゼクスから先ほどの騒動の説明を受け、なるほどと声をこぼした。


「イェナ。いくら乱暴なヒトとは言え、やり返すときには加減をしなきゃダメよ? あの人たちすぐ慰謝料、慰謝料って騒ぐから」


 リトは魔法の発動を責めることなく、柔らかな笑みを浮かべて周囲の魔法師たちへ視線を向けた。

 笑顔と共に皮肉と圧が発せられ、魔法師たちが一斉に姿勢を正す。


 リトは穏やかそうに見えるが、歴戦のクレーマー魔法師を実力で黙らせてきた人物である。


 ハヴォックは魔法師たちの態度の変化にため息をつき、それよりも、と話を変えた。


「お前たちに担当してもらいたい討伐依頼がある。準備してくれ」


 依頼票の紙をゼクスたちに渡す。

 ギルド従業員であっても魔法師の一人である事には変わりないため、彼らも討伐に参加することがある。


 基本的に受諾者がいず余った依頼をさばくことが多いが、従業員でも他の魔法師と同じように、自分から依頼を受けて稼ぐこともできるようになっていた。

 給料日前に金銭を浪費しすぎた者たちがよく必死の形相で、依頼とギルド業務を兼業している。


 ゼクスたちは依頼を引き受け、外に置いているバイクのエンジンをかけた。

 二人とも白帽を脱ぎ、代わりに白いヘルメットと風除けゴーグルを着ける。


 魔法師の帽子は色が適正であれば、基本的にどんな形状のものでも着用が許されている。

 とんがり帽子が一般的だが、用途に合わせたりファッション性を重視したりして変更する者も多い。


 イェナが後ろに乗り、ゼクスはバイクを走らせた。

 視界の先で、巨大な白い結界が国を覆いつくしている。


 この国ベスタートは魔法結界が城壁の代わりとなっていた。

 遠目からではわからないが、結界は一枚ではなく何重にも重なっている。

 その一つ一つに多量の魔力が込められていた。


 ゼクスは結界のそばで停車して詰め所で出国手続きを済ませ、外の草原をバイクで闊歩する。

 暖かな陽気の下、バイクの走行に合わせて心地いい風が肌を撫ぜた。


 イェナは空気を吸い込んで気持ちよさそうに声をこぼす。

 片手でゼクスにしがみつきつつ、もう片方の手を横に出した。


「大気魔力が騒がしいねー」

「この依頼の討伐対象、一等黒魔だろ。そりゃ大気も荒れるわな」


 ゼクスはハンドルに刻まれた魔法陣に魔力を注ぎ、自動運転に切り替える。

 片手はハンドルを握ったまま、ウエストポーチを漁って依頼票を出した。


 紙が風に揺すられてバタバタと音を立てる。

 風のせいで全然文字が読めないが真ん中には、はっきりと一等黒魔と書かれていた。


 一等黒魔は保有魔力量の多い強敵で、依頼に適しているのは黒帽魔法師である。

 白帽が対峙しても即死するだろう。


 帽逆の魔女がいるとはいえ、魔獣相手にその戦法が効くかは分からない。

 そしてもう一人は普通の白帽魔法師である。


 端から見れば馬鹿の無謀だが、ハヴォックが二人にこの依頼を任せたのも、それをゼクスたちが引き受けたのにも理由があった。


 東の森まで進み、討伐対象を発見してバイクを停車させ降りる。

 緑に囲まれて、大蛇の姿をした魔獣がこちらを睨んでいた。


 森の中の魔力が肌に触れてイェナは眉を寄せ、鼻を手で覆う。


「これは……みんな腐魔酔(ふまよ)いするだろうね」

「ああ。どうりでベテラン魔法師も依頼を達成できないわけだ」


 見た目は普通の森林地帯で、草木は太陽光を受けて元気に色を輝かせている。

 しかし、大気を流れる魔力のほとんどは腐敗していた。


 植物と違いゼクスたちのような人族が魔法を発動できるのは、魔力と肉体が同調しやすいからである。

 新鮮な魔力も腐敗した魔力も、人族には大きな影響を及ぼす。


 腐った魔力は吸い込むと三半規管や脳を刺激し、肉体に異常を引き起こす。


 腐魔酔いと呼ばれるそれは体質のようなもので、鍛錬してもなくすことはできない。

 魔力に敏感な者は肌に触れるだけでも嘔吐してしまうとか。

 人にとっては、いわゆる毒に等しいものである。


 一等黒魔は肉体を構成する魔力の量や腐敗度、発生状況によって、大気中の魔力を腐らせる体質を持つ個体もいる。

 目の前の大蛇がそれである。


 大蛇が口を開き、紫の毒液を勢いよく放ってきた。

 イェナはゼクスの前に出て結界で毒液を防ぐ。


「腐魔酔いは面倒だから、早めに切り上げよっか」


 二人はそこまで辛そうではないが、それでも腐魔酔いしないわけではない。


 イェナは結界を出したまま、足元に白い魔法陣を出現させる。

 先ほどよりは抑えられているが、彼女の周囲には多量の魔力が流れていた。


 大蛇と自分の力を反転させたのかと思いきや、大蛇は変わらず多量の魔力を放ち、こちらに魔法を撃ってきた。

 その攻撃はイェナの結界に防がれて大きな音を立てる。


 後ろでゼクスは何もせず、ただ突っ立って彼女の背中を眺めていた。


(『帽逆の魔女』、ねえ……コイツがそんなもんなわけないだろ。だって、コイツは――)


 イェナが詠唱を始めて周囲の魔力が共鳴し強く光を放つ。


「天に流るる楽園の光よ。太古よりいずる我が魔力に従い、腐り果てた偽りの魂に終焉を放てーージャッジメント!!」


 イェナの咆哮と共に、莫大な魔力を持った太い光線が天から降り注ぐ。

 光線は轟音を響かせ大蛇を貫いて爆発を引き起こした。


 眩しい光が周囲を占領し、突風が草木や二人の髪を荒く舞い上げる。

 光が収まって見えた視界に大蛇はおらず、大蛇がいた場所には大きなクレーターができていた。


(コイツはただ単純に、馬鹿みたいに魔力を持ってるだけなんだからな)


 ゼクスは乱れる前髪を手で抑え、少し呆れたようにため息を吐き出した。

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