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サ終するまであと7日

作者: あそ

『ピコン』


スマートフォンの通知音で目が覚めた。

窓から朝日が差し込んでいる。


まだ寝ていたいという誘惑に負けじと起き上がる。

そして、スマートフォンの通知を確認した。


『ミスティックストーリー サービス終了まであと8時間』


ソシャゲの通知。

それを見た瞬間、胸が締め付けられた。


苦しくて悲しい気持ちになる。

だって、私はこのソシャゲの開発に携わっていたのだから。


私はゲーム開発を行う中小企業に勤めている。

職種は2Dデザイナー。

このミスティックストーリーでは、主にキャラクターデザインをメインで担当した。


会社の皆が一丸となり、沢山のつらいことを乗り越えて創りあげたゲーム。

私たちにとって、このミスティックストーリーはかけがえのない子供だ。


サービス開始時は本当にわくわくしたものだ。

沢山のユーザーが楽しんでくれて、話題沸騰。セールスランキングは1位になっちゃう。とか。

みんなが期待に胸を躍らせた。


だけど、結果は爆死。

ユーザーは増えず、数少ないレビューも酷評だらけ。

開発費の回収は不可能。

サービス開始から、わずか半年間でサービス終了することになった。


まあ……よくある光景だ。

いくつものソシャゲが生まれ、ほとんどがすぐに消えていく。

大ヒットとなるソシャゲなんて、そう簡単に創れやしないのだ。


「……」


割り切るしかないと自分に言い聞かせる。

どれだけ頑張ったとしても、報われないことがあるのが社会人なんだ。


自分たちの力の限りを尽くして、莫大な時間をかけたとしても、出来上がったものは誰からも評価されないゴミだった。

何もかもを否定された気持ちになる。


「……はあ……」


このまま悲観的になっていると、仕事へも行けなくなりそうだ。

私はなるべく何も考えないようにし、着替えを始めた。



*



オフィスに入ると、社員のほとんどがミスティックストーリーのことを話題にあげていた。

うちのような中小企業では、ゲームの開発資金を捻出するのにも無理をしなければならない。

そして、その開発資金をゲームで回収できなければ赤字だ。

我が社はミスティックストーリーによって大赤字を叩き出したはず。


ところどころで、会社の経営状況を心配する声が聞こえてきた。


自分の席に座ると、PCを起動する。

PCのデスクトップにはミスティックストーリーのフォルダがあり、自分が描き上げたキャラクター達がいる。


キャラデザ……どれも頑張ったんだけどな。


各キャラクター達の制作時の思い出が蘇ってくる。

どれもこれも難産で、リテイクを何度も食らって、半泣きになってたな。


そして、マウスのポインターが、とあるキャラクターのところで止まる。


“魔王 ガモリーファ”


私にとって、最も思い入れのあるキャラクターだ。

ミスティックストーリーのラスボスで、表面上は冷酷無比だが、実は悲惨な過去を持ち、心の奥底では平穏を願っている。

みんなでキャラクター設定から何度も練り直し、デザインのボツ案も大量にある。

本当に難産だったキャラクターだ。


一応は現バージョンで魔王ガモリーファを倒すところまでゲームに実装済みであり、

アップデートによって、更に世界観を広げて新たなラスボスを追加する予定であった。

しかしながら、今日まで魔王ガモリーファを倒したユーザーはいない。

一度も倒されたことのない敵キャラとして、その生涯を終えることとなるだろう。


「あー、みんな、聞いてくれ」


そこで、社長がオフィスの中央に立ち、社員達の手を止めた。

社長はしばし沈黙し、皆の表情を確かめた。


「今日でミスティックストーリーのサービスが終了する訳だが……

 みんな、本当によく頑張ってくれた」


社長の顔は険しかった。

社員の中には、真剣な眼差しをする者や、俯き落ち込んだ様子を見せる者もいた。


「ソシャゲでヒットを出すのは、本当に難しい。

 うちだけではなく、苦戦しているところがほとんどだろう。

 今回のミスティックストーリーは、開発費をかけて……

 うちの看板タイトルにできるようなゲームになればと……

 結果はついては来なかったが……みんなが頑張ってくれたことに本当に感謝している」


社長は少し間を置き、続ける。


「会社のことを心配する声があることも分かっている。

 ……正直、経営状況は良くない。

 大手からの受託の案件も減る一方で、早急に手を打つ必要がある。

 不安にさせてしまって本当に申し訳ないが……

 今後のことについては、改めて報告させてもらう」


そう言うと、社長は深く頭を下げた。

会社の経営状況を疑問視する声は以前からあった。

ミスティックストーリーに社運がかかっていると、冗談ぽく社長も言っていたし、

受託案件の数は減り、その内容も悪化していたのだ。

転職を視野に入れている社員も見聞きしていた。


「とにかく、今日はミスティックストーリーのサービス終了まで、よろしく頼む」


険しい表情を緩めることなく、社長は社長室へ戻っていった。



*



PCを操作し、業務をこなしていると、時間は過ぎていった。

気づけば、ミスティックストーリーのサービス終了の15時まで、あとわずかとなっていた。


プロデューサー、ディレクター、プログラマー達が慌ただしく動いている。

最後までユーザーに不具合無くゲーム体験を提供し、きっちりと終わらせようとしている。


時計の針は進み続け、また一分と過ぎていく。

もうすぐ終わる。


私たちが創り上げた世界が閉じられる。


たかがゲームという人もいるだろう。

人の手で作り上げた仮想世界ではあるだろう。


でも、もう間もなく一つの世界がこの世から消え去るのだ。

そこに登場する数々のキャラクターと共に。


「終了1分前になりました!!」


ディレクターが叫んだ。

社員全員が手を止め、ディレクターを見た。


手が震え、動悸がする。

焦燥感に駆られる。


本当にここで終わってしまうのか。

終わってしまってよかったのか。


時計の秒針がカチカチとひとつずつ進んでいく。

56……57……58……


59。


あと1秒。

私が最後に見たのは、14時59分59秒を指す時計。

その直後に、視界が真っ暗になったから。



*



『ピコン』


スマートフォンの通知音で目が覚めた。

窓から朝日が差し込んでいる。


まだ寝ていたいという誘惑に負けじと起き上がる。

そして、スマートフォンの通知を確認した。


『ミスティックストーリー サービス終了まであと7日』


私は目を疑った。

そして、今の状況を何一つ理解できずにいた。


「……え?……ええ……?」


さっきまで私は会社にいたはずだ。

そしてミスティックストーリーのサービス終了まで残り1秒という状況だったはず。


それが何故か私は自宅にいて、サービス終了まで7日の通知が来た。


「……夢……?」


7日分のとても長い夢を見ていたということだろうか?

私はミスティックストーリーのサービス終了の日を確かに迎えたはずだった。


『ピコン』


そこで、スマートフォンの通知が再び来た。

どうやらミスティックストーリーでメッセージを受信したようだ。


こんな朝早くに、誰からだろうか。

受信ボックスを確認しにいく。

メッセージの送り主は、魔王ガモリーファのアイコンを設定していた。


「え?」


ユーザーがプロフィールに設定できるアイコンは、ガチャ排出キャラだけだ。

魔王ガモリーファを設定することは、絶対にできないはず。


『目覚めたようだな。ミカンよ』


メッセージにはそう書かれていた。

“ミカン”とは私のユーザー名だ。

本名が実花ミカなので、安直なネーミングである。


『我が名は魔王ガモリーファ。

 そなたと我の願いが共鳴し、世界は巻き戻った』


痛い人だなと思った。

なりきリプレイ?


『信じられないようだが、無理もない。

 だが、7日分の記憶はあるだろう?

 この世界が終ろうとしていた瞬間から、時が戻ったのだ』


続けてメッセージが送信されてきた。

私はどうにかしようと思い、ディスプレイにタッチした。

すると、ゲーム画面が切り替わり、魔王ガモリーファが全体に映し出された。


「ミカンよ。我を生み出してくれたことに感謝している」


テキストウィンドウではなく、音声としてガモリーファが直接言った。

そんなバカな。こんな機能無いはず。


「我はそなたの目の前に存在している。これで信じられないか?」


ガモリーファが喋る。

まるで、ゲーム画面の中で生きているかのように感じられる。


私は混乱しつつも、どうやって応答すればいいか考えた。

ディスプレイをタッチしてみても、反応は無い。


「どうした?なぜ黙っている?」


ガモリーファには、私が無言でいることが分かるようだ。

もしかして、そのまま喋れということ?


「え?ええ?嘘でしょう?」


「嘘ではない。事実だ」


私が口に出した言葉を理解し、返答した?

こんな高性能なもの、うちの技術力で作れるわけがない。


「き、聞こえているの?私の声が……」


「勿論だ。そなたの姿も見えている」


「え!?嘘!!」


寝起きなのでノーメイクだし、パジャマ。

こんな姿を見られているのかと取り乱した。

慌ててスマートフォンを裏向きにしてテーブルの上に置く。


「おい。何も見えんぞ」


スピーカーも裏向きなので、ガモリーファの声がくぐもって聞こえる。


「それでいいの!」


私は急いで着替えとメイクをし始める。

ガモリーファが何か文句を言っているようだが、無視した。



*



「で」


準備万端となった私は、テーブルの上に本を置き、そこへスマートフォンを立てかけた。

画面に映し出されたガモリーファと向かい合う。


「なんだ、それほど見た目は変わっていないではないか」


「それ、全世界の女性を敵に回すよ?」


「我は全ての人類を敵に回しているぞ?」


「……ああ……そう……」


ガモリーファに突っ込みを受けたが、本人はただ事実を述べただけかもしれない。


「あなたのことは信じてしまいそうだけど……

 実際にこうやって会話ができている訳だし。

 でも、時間が巻き戻っているっていうのは、意味が分からない。

 そもそも、あなたは一体何なの?

 どうして私のスマートフォンの中に現れたのよ」


「混乱するのも無理はない。

 だが、私の存在も、時間の巻き戻しも事実だ。

 これはそなたが望んでいたことでもあるはずだが?」


……私が望んでいたこと……。


そう言われると、確かにそうだとは思う。

私はミスティックストーリーが終わってほしくないと望んでいたし、

ガモリーファには強い思い入れがあり、こうして会話ができればいいなと想像したこともあった。


「仮にそうだして……あなたも望んでいたの?」


「そうだ。我の創造主として、そなたと話がしてみたいと思っていた」


「キャラクター設定は私じゃないよ。私はあなたをデザインしたの」


「ああ。途方もない時間をかけて、悩み苦しみ、私を生み出してくれただろう」


「まあ難産だったよね」


私自身が満足できなかったのもあるし、何度も何度もリテイク食らったし、完全に迷子になってたんだよなあ……。


「我はとても感謝しているのだ。そして、我の世界が終焉を迎えることに抗いたい」


「それで私の目の前に現れた?時間を巻き戻したのもあなたってこと?」


ガモリーファが頷いた。


「我にそのような力があるとは思わなかったが、終焉を迎えようとしたあの瞬間に強く念じたのだ。

 多大なる魔力が我の中に生成され、時を戻す強大な魔法が発動された」


「時を戻す……。

 本当に戻ってるの?私には夢だったとしか思えないんだけど」


「事実だ」


「じゃあ今ここで時を戻してみてよ」


「駄目だ。今は魔力が足りないようだ。今際の際でなければ、あの魔法は発動できぬようだ」


ガモリーファはそう言いながら、両腕に力を込めた。

すると、両腕が黒色の霧で包まれていく。


「今でも並大抵の者には負けぬだろうが、あの瞬間、我の魔力は無尽蔵であった。

 どういう仕組みかは分からぬが、今はできぬのだ」


「なるほどね……まあ……本当に時間が巻き戻せるっていうのなら、確かに私にとってもうれしいことではあるけど……」


時間の巻き戻しについて想像しながら、ふと壁にかかった時計が視界に入った。

自宅を出て、会社へ向かわなければいけない時間になっていた。


「ヤバっ!!遅刻しちゃう!!」


私はリュックサックを手繰り寄せると、慌てて玄関へ向かった。



*



出社し、自分の席で仕事を進める。

私は出勤時から、ずっとデジャブを感じていた。


社内で聞こえてくる会話は、聞き覚えがある内容ばかりなのだ。

何というか、会話のゴールが分かってしまう。


本当に時間が巻き戻っている?


「おい」


と、思考に集中していると、背後から声をかけられた。

振り返ると、社長が立っている。


「しゃ、社長!!」


「どうした?ぼーっとして」


社長は怪訝そうに私を見ている。

硬直して動かない私を心配したのだろうか。


「い、いえ!何でもありません」


「なら、いいんだけどよ」


社長は顎に生えた無精ひげをぽりぽりと掻きながら言った。


「……その……すまなかったな」


「え?」


「お前、ミスティックストーリーでもめちゃくちゃ頑張ってくれただろう?

 俺やディレクターが無茶ぶりしても、投げずについてきてくれた。

 あと7日でサ終しちまうのが……申し訳なくてな……」


「いえ、そんな……私は楽しかったですよ。みんなで苦労してひとつの作品を創りあげられて。

 好きなんですよ。ゲームを創るのが。

 私だけじゃなく、きっと、みんながそうです」


社長は照れたのか、私と目を合わせずに微笑んだ。


「……そうだな……俺たちはみんなゲームを創るのが大好きだ。

 少人数で小さな会社だけどよ……メンバーの質は大手にだって負けてないはずだ」


「そうですよ!みんながいれば、大ヒット作だって創れますよ!」


私が目を輝かせてそう言うと、社長は俯き手を震わせた。


「社長?」


「ちょっと来てくれるか」


社長は私の方を見ようとはせず、社長室を指さした。

言われるがまま、社長と共に社長室に向けて歩き出す。


社長の後ろ姿は、どこか寂しげに感じられた。


この会話に私は覚えがあった。

これから社長が話すことに、私は絶望することになる。


「すまんな」


社長室に入るなり、社長が謝ってきた。

私の業務時間を取ることについてなのか、これから話すことについてなのか。


「お前、新卒で入社してきて、今ではこの会社のエースだよな。

 本当に成長したと思うよ。

 お前なら、どこのゲーム会社でもやっていけるはずだ」


「……」


「みんなにも、伝えるつもりだが……お前の熱意を向けられて……

 何か、申し訳なくなってな。

 先に伝えておきたいと思ってしまったんだ」


知っている。

まったく同じだ。


「この会社は間もなく倒産する。だろう。

 もう銀行も金を貸してくれなくてな。

 今やってる受託案件も救いにはならん」


「……社長……」


「……上手くいかないもんだな。

 俺はオリジナルの面白い超大作のゲームをずっと創りたくてな。

 受託の傍らで、チャレンジをし続けた。

 受託で得た利益を、オリジナルゲームの開発につぎ込み続けた。

 それだけじゃ開発資金を賄えなくて、借金も沢山した。

 その結果、とうとう首が回らなくなった」


社長は電子タバコを取り出し、口に咥えた。

吸って吐き出すと、白い水蒸気が空中に舞い上がった。


「結局のところ、弱小のゲーム開発会社は受託だけ細々とやっとけってことなのかね。

 夢なんか見ずにな」


「そ、そんなことないですよ……」


私は自分達の無力さを感じつつも、それを必死で否定したいと思った。


「頑張りましょうよ!!私はここが好きです!

 ゲームが大好きな人達が集まっていて、みんながゲーム創りに情熱を注いでいる。

 すごく良い会社ですよ!

 もっともっと!!みんなでゲームが創りたいです!!ずっと!!」


「……」


社長は窓の外を見ながら、電子タバコを吸っている。

自分が今どのような表情をしているのか、私に見せたくないのだろう。


「……ああ……」


社長の声は震えていた。


「……俺もそう思っていたよ……」


「……社長……」


「……その……こんな状況だからよ……転職活動はしといてくれって、

 言いたかっただけなんだ……」


それから社長が口を開くことはなかった。

ただ黙って窓の外を見つめているので、私は少しして社長室を後にした。



*



私は1日の仕事を終え、自宅へ戻ってきた。

と言っても、今日はまったく仕事に集中できなかった。


ミスティックストーリーのこと、会社のこと。

そして時間の巻き戻しのこと。


それらが頭の中でぐるぐると回って、私の思考を妨害した。


「本当だったんだね……」


私はスマートフォンに向かって言った。

ディスプレイにガモリーファが映る。


「言っただろう。今日で全て信じてもらえたんじゃないか?」


「……そうだね……」


落胆して言った。

特に、あの社長の姿は夢だったと思いたかったのだ。


会社が潰れる。

私の居場所が無くなる。


みんなと離れ離れになりたくない。

ミスティックストーリーも終わってほしくない。


「サービス終了の1分前になると、また7日前に時間を巻き戻せるの?」


「恐らくはそうだろう。私が討たれない限りは」


「あなたが討たれるって?」


「そなたもよく知っているだろう?

 私はミスティックストーリーのラスボスであり、未だユーザーに討たれたことが無い。

 だから私は存在している。

 もし、ユーザーの誰かが私を討てば、時間は巻き戻らないだろう」


「……あなたが倒されない限りは……ずっとこのままなのね……」


「そうだ。そなたと我の強い願いがある限り、時間の巻き戻しは発動できるであろう」


「……ミスティックストーリーを終わらせたくない……。

 ……会社が潰れてほしくない……」


「……ミカン……」


私は喜ぶべきなのだろうか。

時間の巻き戻しが行われる限り、終焉は訪れない。

ミスティックストーリーのサービスが継続される。


「……サ終ね……初めての経験じゃないんだ……」


私たちは、これまで合計4本のオリジナルゲームを世に送り出した。

結果は全て1年以内にサービス終了。

その度に泣いた。


比喩ではなく、ひとりベッドの上で本当に泣いた。

いつだって手を抜いたことは無い。

全身全霊をかけて、0からキャラクターを生み出してきた。

それらがいつも短命で終わる。


「……つらいんだよ……サ終って……」


「……ミカン……」


「でも、そのつらい想いをしなくて済むんだね」


「……そうだな……」


ガモリーファは静かに同意した。



*



それから私はデジャブを感じる日々を過ごし、再びミスティックストーリーのサービス終了日になった。


「あー、みんな、聞いてくれ」


社長がオフィスの中央に立ち、社員達の手を止めた。

以前に見た光景とまったく同じだ。


「今日でミスティックストーリーのサービスが終了する訳だが……

 みんな、本当によく頑張ってくれた」


社長の話す内容は、全て覚えがあった。

ミスティックストーリーのサービス終了に向けての激励の言葉であったが、私には響かなかった。

終わらないことを私は知っているから。


「とにかく、今日はミスティックストーリーのサービス終了まで、よろしく頼む」


険しい表情を緩めることなく、社長は社長室へ戻っていった。

私は仕事に取り掛かる。


「このユーザー、頑張ってるなあ。もう少しでサ終なのに」


と、そこでプランナーの緒方さんの声が聞こえてきた。

気になったので、緒方さんの方を向く。


「緒方さん。どうしたんですか?」


「いや、このユーザーが、頑張ってガモリーファを倒そうとしててさ」


緒方さんがノートパソコンの画面をこちらへ見せる。

そこにはユーザーのプレイログが表示されていたが、私には見方がよく分からない。


「どういう状況なんですか?」


「コキリヤってユーザーがいてさ。

 そこそこ最近始めたっぽいのね。当然だけど、ガモリーファを倒せるようなレベルじゃない。

 サポートキャラも激弱だしさ。

 なのに、倒そうと必死なんだよねえ。

 ガモリーファを倒したユーザーって0だから、未だに挑戦してくれるユーザーがいるのは有難いんだけどさ」


緒方さんはやれやれと言った仕草を見せた。


「この人じゃ、倒せないんですか?」


「無理無理。もともとガモリーファはバランス調整ミスってて、古参ユーザーでも倒せてないんだから」


私は胸をなでおろした。

もしかしたら、ガモリーファが倒されてしまうのではないかと思ったが、その心配は無さそうだ。


「サポートキャラも“エリン”を入れてるしなあ……俺だったらそこは“ガリレオ”を入れるね。

 攻略法もなってないよ」


「初心者ってことなんですよね?」


「うん。でも、うれしいよな。サ終するゲームでも、最後までプレイしてくれる人もいるんだから」


「……そう……ですね……」


私たちは、ユーザーに楽しんでほしいからゲームを創る。

自分の都合で“勝ってほしくない”と思うのは、クリエイターとして失格だ。

それでも、どうしても応援はできなかった。


そして、緒方さんとの会話を終えて、仕事を進めていると、時間は過ぎていった。

気づけば、ミスティックストーリーのサービス終了の15時まで、あとわずかとなっていた。


「終了1分前になりました!!」


ディレクターが叫んだ。

社員全員が手を止め、ディレクターを見た。


時計の秒針がカチカチと一つずつ進んでいく。

56……57……58……


59。


あと1秒。

視界は真っ暗になった。



*



『ピコン』


スマートフォンの通知音で目が覚めた。

窓から朝日が差し込んでいる。


『ミスティックストーリー サービス終了まであと7日』


通知を見た瞬間、笑みがこぼれた。

時間が巻き戻っている。

7日前に戻ってきたのだ。


「おはよう。ガモリーファ」


私はスマートフォンに向けて、挨拶した。


「無事に時間が巻き戻ったようだな」


「うん」


うれしかった。

ミスティックストーリーも、会社も、終わらない。

このまま続けることができるんだ。


「ミカン。最後に戦ったコキリヤというユーザーなのだが」


ガモリーファが聞き覚えのある名前を口にした。

緒方さんが言っていたユーザーのことだ。


「前回に戦った時よりも、強くなっていたようだ」


「え?どういうこと?」


前回というのは、時間の巻き戻しが起こった1つ前のことだろう。

同じユーザーと戦ったのに、強くなった?


「我にもよく分からぬが……

 コキリヤの戦い方や、使用する魔法の種類に変化があった。

 まるで、前回の戦いの反省点を活かしたかのようであった」


「……」


時間の巻き戻しの中で、ユーザーの行動に変化があった?

コキリヤというユーザーは、もしかして時間の巻き戻しを認識できているのだろうか。


「ガモリーファ。時間の巻き戻しで、私とあなた以外の記憶はどうなるの?」


「消えるはずだ。そなたの周りの人間もそうであっただろう?」


確かに社員の中で時間の巻き戻しを認識していた人はいなかった。

隠している可能性はあるかもしれないけど……不自然に感じたこともなかった。


「消えない人もいる可能性はあるの?」


「……分からぬが……無いとは言い切れん」


「……そう……」


一抹の不安がよぎる。

もし、コキリヤというユーザーが時間の巻き戻しを認識していて、

ガモリーファを倒そうとしているとしたら?

緒方さんは倒すことが不可能だという風に言っていたが……

何度も繰り返されれば、分からないかもしれない。


コキリヤというユーザーの動向は、チェックしておいたほうが良さそうだ。



*



私は仕事の合間に、コキリヤのプレイログを監視するようになった。

ログの見方は、緒方さんに仕事の幅を広げたいと頼み込んで、教えてもらった。


「おい」


と、プレイログに集中していると、背後から声をかけられた。

振り返ると、社長が立っている。


「しゃ、社長!!」


「どうした?ログなんか見て」


社長は怪訝そうに私を見た。

デザイナーの私がプレイログを監視しているのは、おかしく見えただろう。


「い、いえ!何でもありません」


「なら、いいんだけどよ」


社長は顎に生えた無精ひげをぽりぽりと掻きながら言った。


「……その……すまなかったな」


「え?」


「お前、ミスティックストーリーでもめちゃくちゃ頑張ってくれただろう?

 俺やディレクターが無茶ぶりしても、投げずについてきてくれた。

 あと7日でサ終しちまうのが……申し訳なくてな……」


「いえ!そんなことないです!私はミスティックストーリーも、皆さんのことも大好きなんです。

 ずっと一緒に、ここで働いていたいんです!」


私が目を輝かせてそう言うと、社長は俯き手を震わせた。


「社長?」


「ちょっと来てくれるか」


社長は私の方を見ようとはせず、社長室を指さした。

言われるがまま、社長と共に社長室に向けて歩き出す。


ああ、これからあの話なんだなと思った。

私には意味の無い会話となる。

ミスティックストーリーも、この会社も終わらないんだから。


「すまんな」


社長は社長室に入るなり、謝ってきた。


「お前、新卒で入社してきて、今ではこの会社のエースだよな。

 本当に成長したと思うよ。

 お前なら、どこのゲーム会社でもやっていけるはずだ」


「そんなことはありません。私はこの会社でずっと働きたいんです」


「……うれしいこと言ってくれるな。

 でもな、もうこの会社は潰れるんだ……」


社長。そんなことないんですよ。


「……上手くいかないもんだな。

 俺はオリジナルの面白い超大作のゲームをずっと創りたくてな。

 受託の傍らで、チャレンジをし続けた。

 受託で得た利益を、オリジナルゲームの開発につぎ込み続けた。

 それだけじゃ開発資金を賄えなくて、借金も沢山した。

 その結果、とうとう首が回らなくなった」


社長は電子タバコを取り出し、口に咥えた。

吸って吐き出すと、白い水蒸気が空中に舞い上がった。


「夢を見て、何が悪いんですか。

 私たちはミスティックストーリーというゲームを創りあげました。

 この世界でたったひとつの素晴らしい作品を創ったんです。

 確かに、多くのユーザーに支持されず、黒字にすることはできませんでした。

 でも、絶賛してくれて、最後まで楽しくプレイしているユーザーもいるんです。

 そのユーザー達に、価値のある体験を提供できたはずなんです」


「……」


社長は窓の外を見ながら、電子タバコを吸っている。

自分が今どのような表情をしているのか、私に見せたくないのだろう。


「私は諦めたくないんです。

 みんなといる時間も、ミスティックストーリーのことも。

 大好きなんです。ここにいることが」


「……ああ……」


社長の声は震えていた。


「……本当に……ありがとうな……」


「……社長……」


「……だけどよ……こんな状況だから……転職活動はしといてくれって、言いたかったんだ……」


「しませんよ。私はここにいます」


私の決意表明に、社長が応えることは無かった。



*



そしてまたサービス終了の日がやって来た。

繰り返す最終日。

社員達の会話内容も同じものばかりだ。


繰り返す。

私のこの居場所も、ミスティックストーリーも絶対に終わらせない。


「このユーザー、頑張ってるなあ。もう少しでサ終なのに」


「緒方さん。どうしたんですか?」


「いや、このユーザーが、頑張ってガモリーファを倒そうとしててさ」


緒方さんがノートパソコンの画面をこちらへ見せる。

コキリヤのプレイログだ。


「ガモリーファは倒せそうですか?」


「無理無理。もともとガモリーファはバランス調整ミスってて、古参ユーザーでも倒せてないんだから」


今回も勝てそうな要素は無いらしい。


「サポートキャラは“ガリレオ”を入れてるのか。攻略法は分かってるみたいだね」


「ガリレオ?エリンではなく?」


「何でここでエリンなのさ?ガモリーファなら、ガリレオ一択だろ」


学んできている。

間違いなく、コキリヤというユーザーは、時間の繰り返しの度に強くなっている。


「立ち回りも魔法の使いどころも分かってるね。

 でも、惜しいなあ。レベルが足りてないんだよな。

 これで古参ユーザーだったのなら、いいところまでいけたかもな」


コキリヤは、やはり記憶がリセットされていないのだろうか。

次第に強くなり、いずれはガモリーファを倒すのではないか。


「終了1分前になりました!!」


ディレクターが叫んだ。

私は確かめる必要があるだろう。


時計の秒針がカチカチとひとつずつ進んでいく。

56……57……58……


59。


あと1秒。

視界は真っ暗になった。



*



『ピコン』


スマートフォンの通知音で目が覚めた。

窓から朝日が差し込んでいる。


『ミスティックストーリー サービス終了まであと7日』


戻ってきた。

また7日間が始まる。


「おはよう。ガモリーファ」


私はスマートフォンに向けて、挨拶した。


「コキリヤはまた強くなっていたぞ」


「分かってる」


私はミスティックストーリーのプレイヤー検索画面を開いた。

記憶しているコキリヤのプレイヤーIDを入力する。


「これだ」


コキリヤのプロフィール画面に遷移すると、

すかさずフレンド申請を送った。


『時間の繰り返しについて話をしたい』

というメッセージを添えて。


さあどう出る。

本当に記憶がリセットされていないのであれば、コンタクトがあるだろう。


『あなたも時間を繰り返しているの?』


!!!


すぐにコキリヤから返信があった。

こちらのメッセージに便乗しただけの冗談の可能性は残っているが、

ひとまず会話はできそうだ。


『うん。私も繰り返している。あなたは何故、時間の繰り返しを認識するようになったの?』


私は率直に聞いた。

まずは、コキリヤが時間の繰り返しを認識するようになった原因が知りたい。


『ユトリシアが私のスマートフォンの中に現れたの。

 時間が繰り返されていて、魔王ガモリーファを倒さなければ終わらないと教えてくれた。

 あなたは違うの?』


コキリヤからの返信を見て、私は愕然とした。

ユトリシアとは、ミスティックストーリーの世界における神様だ。

魔王ガモリーファとは対極の存在で、世界を救うべくユーザーを導くキャラクター。


ガモリーファによって時間の繰り返しが行われていると知ったユトリシアが、

コキリヤをけしかけて、ガモリーファを倒そうとしているのか。


『あなたはどうして時間の巻き戻しを止めようとしているの?』


コキリヤの問いには答えず、質問で返した。


『もうすぐ、弟が生まれるんだ』


コキリヤの答えに、私はひどく罪悪感を覚えた。

これまで時間の繰り返しによる悪影響を考えなかった訳ではない。


世界の時間を進ませず、止めていることは大罪であり、私とガモリーファのエゴだ。

私の大切なものや居場所を失いたくないという我儘だ。


奥底では、分かっていたはずなのだ。

私のせいで不幸になる人がいることは。



*



それからコキリヤと連絡を取ることは無かった。

何度かメッセージが来ていたが、見ることもせず無視した。


「今日でミスティックストーリーのサービスが終了する訳だが……

 みんな、本当によく頑張ってくれた」


社長がみんなの前で言った。

またミスティックストーリーのサービス終了の日がやってきたのだ。


私はコキリヤのことを考え続けていた。

あれからずっと、胸の奥が気持ち悪い。


「……」


仕事に手がつかない。

考えがまとまらない。


私はどうすればいいのか分からなかった。

いや、正解はたったひとつなのだ。

それでも、手放す勇気が私には無い。


居ても立っても居られず、私は社長室に飛び込んだ。


「社長!!」


勢いよく入ってきた私に、社長が驚く。


「な、なんだ!?どうしたんだ!?」


「社長は!!怖くはありませんか?」


「あ?」


「自分の居場所が、支え合ってきた人達がいなくなること……

 大切にしてきたものが無くなることが……怖くありませんか?」


社長は訳も分からず、混乱した表情を見せたが、

私のことをじっと見つめ、私の言葉の意図を探ろうとした。


「……それは……会社のことや、創ってきたゲームのことか?」


「……はい……」


「……」


社長は電子タバコを咥えた。


「俺はな……俺達の仕事は“自分達が面白いと思うゲームを創る”ことだと思ってる。

 開発段階から“面白いゲームを創る”なんてことできやしないんだよ。

 世に出て評価されないと、そうはならないんだからな。

 で、今まで色々なゲームを創ってきた訳だ。お前達と一緒にな」


「……はい……」


「もうこの会社は駄目だが……クリエイターをやめるつもりは無い。

 自分の周りが全部無くなっちまっても、やめられねぇんだよ。

 だから……無くなってもまたチャレンジするんだ。どれだけ怖くても、しんどくてもな」


「でも……でも……また失敗するかもしれません!!一旦は全部失うんです!!

 だったら、ずっと同じところで留まっている方がいいじゃないですか!!」


「何が言いてえのか分からんが……留まる気は無えよ。

 俺はゲームをこれからも創っていきたいんだ」


「ううっ……うぅっ……!!」


私は堪えきれず泣き出した。

嫌なんだ。本当に嫌なんだ。

私はずっとここにいたい。


「ありがとうな。

 この会社を……ゲームを愛してくれて。

 期待させたくなくて言わなかったが……

 会社を存続できるように、努力は続けているんだ。可能性は限りなく低いがな……。

 だから、結果を見届けてはくれないか……?」


「……うっ……ううぅ……はい……!」


社長と話したことで、私は決意することができた。

時間を進め、この会社の行く末を見守る。

ミスティックストーリーを終わらせる。

生み手としての責任を果たしたい。



*



サービス終了まで残り1時間となった。

ガモリーファとコキリヤは死闘を繰り広げていた。


コキリヤのステータスと装備は、完全に最適化されていた。

だが、低レベルであることが致命的であった。


ガモリーファの行動パターンを熟知したコキリヤは、

その卓越したプレイスキルによって、何とか戦闘を継続できている状況だ。


コキリヤは悟る。

防戦一方であり、このままでは勝てないと。


だが、どうする。

考えられる策を全て講じても、なお厳しい。

これでも駄目ならば、どうすればいいというのだ。


レベルを上げることができるのは7日間という時間の制約がある。

コキリヤにとって、それが大きな足枷となっていた。


『共闘を希望するプレイヤーが現れました。許可しますか?

 プレイヤー名:ミカン』


コキリヤは目を疑った。

ガモリーファとの戦闘はメインストーリーのクエストであり、共闘クエストではない。

本来ならば共闘は不可能のはず。

チートでも使った?


コキリヤは承諾するか迷った。

ミカンというプレイヤーは、時間の繰り返しを認識しているが、

コキリヤのメッセージを無視し続けていたからだ。


『共闘を希望するプレイヤーが現れました。許可しますか?

 プレイヤー名:ミカン』


催促するかのように、再びポップアップが表示される。

悩んでいる時間は無いようだ。

どうせ負け戦。罠だとしても関係ない。


コキリヤは共闘の許可を出した。


『ミカンが戦闘に加わりました』


ミカンは戦場に現れると同時に、魔法の詠唱を開始した。

カウントダウンが表示される。

ミカンのそれは上級魔法。

当たりさえすれば、ガモリーファに大ダメージを与えることが可能だろう。


コキリヤの役目は、詠唱完了までミカンを守り切ることだと悟る。

すかさず敏捷と防御のバフを自身にかける。


連撃でヘイトを集め、ガモリーファの攻撃を華麗に躱していく。

細かな遠距離攻撃の被弾は気にしないが、大技は丁寧に素早く回避していく。


そうしている間にミカンの詠唱が完了し、空からいくつもの火球が降り注ぐ。

次々にガモリーファへ命中し、ガモリーファは炎に包まれた。


いける。

火傷の状態異常も付いて、着実にガモリーファのHPを削っている。


コキリヤは詠唱時間の少ない魔法を選択し、ガモリーファへの追撃を狙う。

鋭い矢の形をした雷が、ガモリーファへ突き刺さった。


『ぐはっ!!』


ガモリーファが膝をついた。

スタン状態。


今しかチャンスは無い。

コキリヤもミカンもそう考えた。


ボタンをタップし、シンクロ技を選択する。

共闘時にのみ使用可能な技だ。

戦闘に参加しているユーザー達の魔力を合算して解き放つ最終奥義。

本来ならばガモリーファには使用できない技だ。


コキリヤとミカンの魔力が混ざり合い、大きな球体となっていく。

限界まで大きくなると、ガモリーファ目掛けて解き放たれた。

まばゆい光がゲーム画面全体を白く染め上げ、ガモリーファの体を浄化していった。


『ぐああああぁああっ!!!』


ガモリーファのHPゲージが勢いよく減少していき、0になると停止した。



*


ゲーム画面に表示される“勝利”の文字。

会社のミーティングルームの中で、私はひとり涙した。


ガモリーファを私は倒してしまった。


私が決めたことなのに。

共闘ができるように不正までしたくせに。

泣く権利なんか私にあるものか。


「……ミカン……」


ガモリーファの消え入りそうな声が聞こえた。

だが、その姿は見えない。

戦闘結果の画面が映し出されたままだ。


「……ガモリーファ……ごめん……ごめんね……」


涙がぽたぽたと落ちる。

これで、終わり。

ミスティックストーリーが終わってしまう。


「……泣くことは無い……これは我が望んだことなのだ……」


「……え……?」


「我の願いは、世界の終焉を阻止することではなかった」


ガモリーファの声はとても優しく穏やかで、

とてもゲームの悪役のようには聞こえなかった。


「我の願いは……役目を終えて、世界に平和をもたらすことであった。

 我が討たれなければ、永遠に世界は暗い闇に閉ざされたままだ」


「……ガモリーファ……あなた……」


「……死ぬことで、その役目を終えることができる。それが魔王であろう。

 最期に、この目で世界の平和を見ることできた」


私はスマートフォンを強く握りしめた。

現状維持を望んだ私と、正しい終わりを望んだガモリーファ。

何て私は自分勝手だったんだろう。


「ミカン。本当にありがとう。

 世界の平和を見せてくれて……

 ……私を……生み出してくれて……」


「うっ……うう……うぁああああっ!!!」



時刻は15時。

ひとつの世界が終わりを迎えた。



*



あれから何日かが経った。

繰り返した日々から進んだ世界は、何もかもが新しいことのように思えた。

昨日と今日で変わることは、それほど多くない。

でも、どんな些細な変化でも、何故か愛おしく感じた。


「おはようございます!」


私は会社に出勤すると、そのまま社長室へと向かった。

これからどうなるのか分からないけど、精一杯前に進みたい。

できる限りのことをしたい。


「社長!!」


朝一番にやって来た私を見て、社長は驚いた表情を見せる。


「次のゲームの企画を考えてきたんです!!」


私はテーブルの上に企画書を叩きつけた。

社長はそれを一目見た後、悲しげな表情を浮かべる。


「いや、気持ちはうれしいんだが……この会社は……」


「受託案件もいっぱい取って、泥水を啜りながらでも、また開発費を稼ぎましょうよ!!

 私たちがいる限り、ゲームをプレイする人達がいる限り、何度だってチャレンジできるはずなんです!!」


「お前……」


社長の表情が少し和らぐ。


「私は今度こそ、長く愛される世界やキャラクターを創りたいです!!」


「……はははっ!それで、これか」


社長は企画書を手に取り、ぱらぱらとめくり始めた。

まるで、新しい玩具で遊ぶ少年のような笑顔を見せる。


「はい。

 ソシャゲでまだ取り扱われていない新しいテーマは何なのか?

 ソシャゲと言えば何なのか?

 それらを考えたときに思いついたのが“サ終”です!!」


「ははっ!サ終ってお前……」


「サ終がテーマのソシャゲです!

 サ終するまでの7日間を何度も繰り返して、クリアを目指すんです!

 ユーザーに“時間の繰り返し”と“サ終”の疑似体験を提供します!」


「なんか面白そうだな!!よし、とりあえず企画会議するか!!準備しよう!」


「はい!」


ふたりは勢いよく社長室を飛び出した。


社長室のテーブルに置かれたままになった企画書。

その表紙に書かれたタイトルは……


― サ終するまであと7日 ―





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