長い眠りへその2
遊び終えた4人はクロに別れの挨拶を言い、クロウと共に再び南国に戻る。クロウは戦乙女達3人に別れを告げ、セシリアと共に南国の宮殿にやってきた。今日は久しぶりにセシリアの仕事の手伝いだ。といっても、彼女がすることなんて特になく、もう昼になる頃合いだけど、ずっとセシリアと2人で南国の繁華街で遊んでいた。
「クロウクロウ!このクレープ食べてみてよ!美味しいよ!」
「どれどれ、はむ、お!美味いじゃん」
味覚システムも完備しているこのゲームでは、腹は膨れないものの、味はきちんと分かる。優しい甘さの生クリームと豊かな牛乳の味がする生地で作られたこのクレープはお世辞抜きでとてもおいしかった。
「えへへ~、次はあっち行こ!」
女王ではなく、歳相応の少女のような彼女の笑顔は、クロウの仕事の疲れも癒してくれるようだった。
日が暮れた頃、せっかくだからとクロウはセシリアに南国の宮殿にいる全員に食事を振舞うことにした。
数百人を超える分を作らなければならず、他のシェフも心配そうにしていたが、クロウが魔法である<見えざる手>を発動させると、大きな厨房中の食材や包丁がポルターガイストのごとく勝手に動き出すと、他の人は少し驚いたけどすぐに安心してダイニングルームでおとなしく待つことにした。
「どうせならすごい高級な料理にするか」
とは言うものの、高級なフレンチなどは作った事がないし、出すにしても練習した方がいいと思うので、今回は高級食材を簡単に作ることにした。
まずは簡単なオードブルを作る。エンペラーシャークのキャビアと北帝領の極寒地で取れた野菜を使ったサラダをまずは人数分出す。同時にクロウ領で温室栽培された高級白ブドウの白ワイン、同時に味の深い赤ワインも出す。もちろん酒が苦手な人のための熟成葡萄ジュースも用意しておく。
みんながサラダとジュースを楽しんでいる間に、ハイムーンカウの牛肉と骨で作ったテールスープを盛り付けていく。魚料理は遡り鯉という、竜になりかけた鯉で作ったアクアパッツァを作る。メインはスカイシープという、空で雲を食む羊の肉のステーキだ。食後のデザートはシンプルにイチゴパフェ。高級な食材でもなんでもなく、ただクロウもセシリアも好きな味というだけの理由でよく食べていたイチゴパフェだ。
食事を作り終え、後片付けを済ませた後、ダイニングルームに向かうと、みな感謝を言いにクロウの元へやってきた。クロウも1人ずつ丁寧に応対する。そうして全員と話を終えると、彼ら彼女らは素早く仕事に戻った。
クロウもセシリアと軽く話をした後、彼女に別れを告げると、1人で東部王国の方へと向かった。時刻は既に夜になり、街を歩いていても人っ子1人いない。江戸時代をモデルにした場所だけあって、今夜満月の夜には、辻斬りが出そうだ。
「.....」
そう思って道沿いに歩いていると、道の先に月明かりに照らされた剣客が立っていた。
「え~....」
マジで出たじゃん。もう刀抜いて構えてこっちに走ってきてるし。しょうがないか。
「召喚:<邪龍の血刀>」
邪悪な龍の血で錬成した刀。召喚されてなお、刀身から龍の怨嗟と慟哭がまき散らされる。
「剣聖一刀流一ノ型、落葉」
すれ違いざまの一振り、それだけで、相手の刀と頭は、秋の落ち葉のように、地面に転がった。
「飯だぞ血刀」
死体に向かって刀を向けると、黒紫色の龍のアギトが死体を一口で食らいつくした。地面に散った血痕まで綺麗になっており、戦いの痕跡は1ミリも残っていなかった。クロウはアイテムボックスから<蛍提灯>と言うアイテムを取り出し、引き続き道沿いに歩きだした。
「久しぶり、海佐」
開国将軍、クロウの旅仲間、ただのNPCだとわかってはいるものの、ついつい来てしまう。
「聞いてくれよ海佐、あれから幕府はすごく民にやさしくなったって評判で...」
桃仙花酒という酒を取り出さす。仙人の住む山の桃の花で作られた蒸留酒。極楽の味がするといわれているこの酒をクロウは惜しみなく器に注ぎ、彼の墓の前に置いた。クロウも自分の口に流し込み、再び話を続ける。
「そうだ、さっきめっちゃ怖い辻斬りに出会って、しかもいきなり斬りかかってきて...」
クロウが一口飲み、海佐の分を墓石にかける。話は止まらず、現実の話も始めた。蛍提灯に惹かれた野生の蛍も2人の周りに集まってきて、とても幻想的な景色になっていた。
「いっしょに行ったあの飯屋すげぇ美味しかったよなぁ~、あの熱燗今度また持ってくるよ、それから...」
月と蛍、墓と酒。
誰もいない夜の墓で、クロウは楽しそうに永い眠りについた旧友と酒を飲みながら話し込んだ。月明かりと儚い蛍に包まれた2人の静かな晩酌会は、クロウが墓石を抱いてその場で眠るまで続いた。




