王女派と王弟派
瑠国中央にある大きなホテルの最上階で、クロウも王女に渡された正装を身に着け、王女のための目の前の部屋の扉を開ける。中には既に先客がおり、その先客の後ろに4人の護衛がいた。こちらは王女とクロウだけ。何の会合か未だに不明だがこの部屋に入ってから剣呑な雰囲気をひしひしと感じた。
「本日はお越しいただきありがとうございますわ」
「構わんよ、それで話とは?」
(<鑑定>)
どうやら相手は瑠国でも有数の富豪のようで、2人の会話から王女はまず資金を集めて活動費にするようだ。だが話はうまくいっていないようで、相手の富豪はまずは食事をしようと言った。
「久しく食べていないだろう。私のおごりだ」
王女の目の前に並んだのは高級なエビやステーキがずらり。長い間逃げ惑う王女には良く効くだろう。
(毒、麻痺毒、睡眠薬)
目の前の男が後ろの護衛に持ってこさせた料理に何一つまともな料理はなかった。クロウは水を取ってくる振りをして思いっきり目の前の料理をぶちまける。
「貴様ぁ!何をする!」
「貴方!?」
「あはは~すいません~ころんじゃいました」
「何をへらへらしているんだ!この料理に幾らかけたと思っている?」
「金をかけたのは料理じゃないんじゃないですか?」
「な、なにを言っているんだ貴様!」
ちらりと王女の方を見てみると、王女も何かに気が付いたようで、クロウを責めずに、目の前の富豪とは改めて会合をする意を告げた。だが富豪が指を鳴らすと、扉からぞろぞろと物騒な傭兵たちが現れた。彼らは既に武器を抜いており、全員王女の方を向いて構えていた。
「悪いな王女様、お前のここから生かして出すなと言われている、だがまあ、俺の妾となるなら考え直してやらなくもない」
富豪は本性を現したように、その下卑た笑みを浮かべながら口元の涎を袖で拭いた。
「くっ、それが狙いだったのですね」
王女は諦めたようにクロウの方を見た。
「この数ではどうにもなりませんわ、貴方は先に逃げてください」
護衛だけで言えば20対1、普通の傭兵では必死の状況だが、よくよく見ると何人か<密榛>のメンバーが混じっている。彼らは表面上は金目当ての下卑た傭兵だが、心音を聞いてみると今に爆発しそうなほど早くなっていた。
(このまま戦うってのもいいけど、可哀そうだしな)
クロウは問答無用で王女を抱き上げると、背中の大剣を抜いて近くの窓ガラスに向かって放り投げた。
大剣は安々と窓ガラスを突き破り、クロウは背中のマントで王女を覆い、悲鳴を上げる彼女を無視しながら窓ガラスから飛び降りた。自由落下していくクロウと王女の頭上から逃がすな!と言う声が聞こえるが、飛び降りたのは傭兵のフリをした密榛のメンバーだけで、残りの傭兵は見下ろすことしかできなかった。
クロウは<浮遊>の魔法で降りてきた密榛含めて全員無事に着地すると、王女が気絶しているのを確認し、近くのベンチに彼女を座らせ、跪こうとしている密榛のメンバー達を止め、情報を聞くことにした。どうやらあの富豪は既に王弟派に買収されており、今現在、旧瑠国、現材の瑠州ではもう彼女の味方は1人もいないんだとか。密榛の任務は引き続き情報収集と、できれば王女を説得し、彼女にはこのまま王弟派に位を譲って、彼女を王都で残りの人生を迎えてほしい所。双帝もその意があるんだとか。正直アベリー達もそう思っているのなら、これ以上クロウが何かする必要もない。クロウは王女に睡眠魔法をかけ、目の前にいる3人の密榛のメンバーに彼らを双帝の元まで届けるように言った。
彼らは頷くと、そのまま素早く王女を布で包み、クロウがアイテムボックスから用意した馬車を取り出して彼らに使うように言った。密榛の彼らなら大丈夫だろう。あの馬車にも榛国軍の紋章が大きく入っている。まさか榛国に面と向かってケンカを売るような事、流石の王弟派もそこまでは愚かじゃないだろう。
翌日、王女が会合で使ったホテルの部屋で目が覚めると、密榛のメンバーが横で跪いていた。
「偉大な国父、王女は無事に王都にたどり着きました。現在、王都で捕虜となっている母親と同じ家にいます」
「そうか、安全なんだろうな?」
「はい、ただ」
「ただ?」
「王弟派が動きます」
どうやら昨晩、王弟派は本当にクロウの馬車を襲撃したようで、もちろんその知らせは紫榛宮にも届き、現在王都から西方軍が向かっている。西方軍にはある程度の調査権もあるため、もし反乱等がバレたら瑠州は軍事管理下に置かれるだろう。もしそうなれば厳格な軍事統治の元、芸術も全て禁止され、衣食住のみが許された冷徹な州になっていしまう。クロウはそうならないように、一足先に王弟派を止めることにした。
「召喚<スピリチュアル・シーカー>」
召喚陣から一体の幽霊を呼び出す。この幽霊に瑠州中を探ってもらい、急いで王弟派を見つけるつもりだ。暫くすると、幽霊は帰ってきて、クロウのマップ上に王弟派の拠点を表示した。
「ここか」
クロウはアイテムボックスから1つの令状を取り出す。それを破り捨てると、上空に榛国軍の紋章が浮かび上がる。暫くすると、瑠州各地から紫色の鎧を着た榛軍がぞろぞろと集まり、次々とクロウの元で跪く。
<紫林兵>
国父であるクロウの私兵であり、その数は密榛のメンバーと引けを取らない。普段は各州の警察として働いているが、その実、密榛と双帝の監査を行っており、全員クロウが生命禁忌と言われている転移と転生の術を使い、記憶と戦闘能力をそのままに、龍人族へ遺伝子から作り替えている。単純な強さで言えば、紫林兵100人で100万を超える四方軍のうちのまるまる一方軍と戦える力も持っている。単純なLv差もあるが、クロウが直々に鍛え上げたと言う点と、古代上位種である龍人と言う、超えられない壁があるからだ。
「紫林兵、今から言う場所にいる奴らを捕まえて、双帝の元へ連れていけ、反乱を起こそうとする愚か者どもだ。先殺後報(先に殺して後から報告する特権)の権もくれてやる。1匹たりとも逃すな」
コラテラル・クリスタルで作ったこの世に1つしかない小さな札を紫林兵の代表に渡す。それを受け取ると彼らは深々と頭を下げ、クロウの言った場所へと向かった。




