新依頼
アベリーが榛の皇帝になってから3か月、ナベリーも女帝として、榛国は双帝が支配する国家としてセシリアやベルアル達のいる大陸にもその名を轟かせていた。それを機に、クロウは国父の辞退、そのまま2人に依頼達成の認可を得ると、馬車でマイータにあるアルテマの集いに向かった。現状、プレイヤーや数多くの人々は榛国に従うか、マイータに逃げ込むかの2つの選択しかなく、ナベリーも毒舌卿とオリアナをマイータに派遣して、既に永続中立領としてマイータの独立を許可、同時に永続友好条約も結んだ。オリアナはと言うと、クロウへのささやきへの一件から、昔のようには熱烈に迫ってくることはなく、むしろ逆に貞淑になった。逆じゃね?とクロウは思ったけど、これはこれでいいやと自分の中で結論付けた。
「先生、正直、やりすぎじゃないですか?」
「え?」
久しぶりに会ったイルルに、開口一番そういわれた。
「いえ、私達は先生が金国を落としたら再び会いにくるんじゃないかなーって思ってたんですけど、まさか統一するとは」
「いやまあ本人達がそう望んでたしな、あと、はいこれ招待状」
大陸統一記念の食事会をやるとのことで、アルテマの集いのギルドメンバー全員参加してほしいと言う意味を込めた招待状をクロウに渡した。
「なるほど、いくしかないですねこれは」
「おう、多分まだまだ忙しいし、これからは戦争じゃなくてもっぱら内政に苦しむことになると思うから、支えてあげてな」
「え?先生は」
「ああ、傭兵稼業は続けるよ、国が1つになったからって、モンスターがいなくなるわけじゃないし、もともとこっちの方が性分に合ってるからな」
「確かに、じゃあ先生には次の依頼を!」
「待った、まだ報酬をもらってない」
「何のです?」
「アベリーとナベリーの」
「ああ、はいこれ」
イルルは一枚のギルドカードを手渡す。そこにはアルテマの集い、最高戦略級軍事顧問と書いてあった。
「おめでとうございます、これで先生はアルテマの集い、戦略級軍事顧問になりました。パチパチ」
「はー?何企んでるんだお前ら」
「いえ、ただ先生には今後何かあったらそのギルドカードを通して連絡を取りたいだけです」
「こんな豪華な役職はいらないだろ」
「何言ってるんですか、大陸中の人に知れ渡っていますよ?国均しのクロウ」
「やめろよ...」
「そんな先生に、E級のカードでも渡したら、私頭おかしいと思われます、なので、これは受け取ってください」
「そう言う事なら...分かった」
クロウは大人しくギルドカードを受け取る。
「それで?次の依頼って?」
「はい、護衛です」
「護衛?誰の?」
「元、瑠国の王女様」
話によると、瑠国の前国王が安々と挑発に乗り、伝国押印を榛国に明け渡した事が気に入らず、死んだ国王に代わって多くの人々が現王女に鬱憤をぶつけているんだとか。中には生まれたばかりの2歳にも満たない女王の弟を新しい国王にする勢力も出てきており、状況は非常によろしくない。
「報酬は?」
「それは王女かアベリー達に聞いてください」
クロウは諦めたように増設されたマイータから榛西部行きの馬車に乗った。馬車が進むにつれて、芸術的なオブジェが増えてくる。ヒマワリを抱いた石像や、ガラス瓶に牛乳を注ぐ娼婦、夜空を描いた油絵など、数多くの芸術作品が道の至る場所に飾り付けられており、瑠国国内に差し掛かった事がすぐに分かった。
「到着しましたよ、お客さん」
御者に銀貨1枚を渡し、釣りはいらないと告げる。そのままクロウは街を散歩しだした。
「思ったより...静かだな」
もっと荒れているかと思ったが、意外にも長閑であり、数多くの旅行客がさまざまなガラス製品や芸術品を眺めながら観光をしていた。待ち合わせの場所は美術館、クロウは芸術はさっぱりだったが、見よう見まねで鑑賞しているふりをすることにした。道すがらそれっぽく振る舞いつつ、美術館に一流評論家の振りをして入館する。
「なるほど...(なんだこれ....?)」
「分からないなら無理に見る必要はありませんわ」
横から声をかけられた。そちらを向くと、赤いドレスを着たいかにも気の強そうな少女がいた。背は高く、167cmと言った所か、胸はないが、怒りっぽそうに既に顔を顰めている。
「貴方が国外から来たと言う護衛ですね?」
「国外って...」
「偉大なアルテマの集いであり、四英傑のイルル様が言っていましたわ。自分達の先生を護衛にすると」
クロウが依頼を受ける前から既に護衛の話が纏まっていたようだ。
「そうなんだ、まあ国外から来た事は事実だな」
本当は大陸外から来たんだけど。
「腕は立つようですし、暫くの間、よろしくお願いしますわ」
「ああ、よろしく」
「では行きましょう」
「どちらへ?」
「会合です」
「???」
なし崩し的に馬車の御者もクロウがやることになった。王女と言うからにはいろいろお付きの者がいると思っていたんだが、全員王女を裏切っって、王女の弟派閥に着いたらしい。今では護衛とクロウしかいなんだとか。しかもそんな護衛もいなくなり、おかげで現在はクロウしかいない。そんな彼女は未だに女王である事の責任を取ろうと、必死に仕事をしている。
現在、榛国ではいわゆる都道府県制を実行しており、実権は無いものの各国旧領の元統治者や双帝に忠誠を誓う旧領の元王家を長に統治を行っている。もちろん彼らの側近はほぼ<密榛>のメンバーで埋まっており、少しでも怪しい事をすれば即座に双帝へ報告が行われる。だが王女は既に切り捨てられており、双帝も瑠国のトップも本国へ反乱を起こさない限り誰でも構わないようだ。こうして瑠国王弟派閥を放任していると言う事は、恐らく既にそちらにも密榛のメンバーが既にずぶずぶに入り込んでいるのだろう。クロウは3歳の王女の弟がトップになろうと、3歳児にまともに政治ができるわけもなく、どう考えても摂政政治になる未来しかないので、クロウは王女派に着くことにした。別に摂政政治に文句はないが、傀儡政権など面白くもないので、しっかりと王女のような生きた人間の政治を応援することにした。
「誰との会合?」
「どうして貴方にそのような事を教えなくてはいけませんの?」
「確かに」
「護衛なら護衛らしく後ろで控えてくださいまし」
「はい」
おー怖い、食われそうなくらい睨まれてしまったクロウは大人しく黙って王女についていくことにした。




