榛の現状
貿易都市マイータから西に進むための方法は2つ。1つは船で運河と共に榛国へ向かう方法。榛国は新しくできた小さい国のため、丁度明日が3か月に1隻の貿易船が向かう日だ。もう1つは馬車。こちらはもっと少ない。なので今回は貿易船に乗って向かう事にした。
「こんにちは、榛国行きの船に乗りたいんですけど」
「あ?榛国?ああ、なんでお前がそんなところに行くか分からないが、まあいいや、銀貨1枚で良いよ」
クロウはイルル達にしっかり3億金貨を貰っておく。そんな中から銀貨を1枚取り出し、船頭に渡す。
「2時間後に船が出るよ!」
ここに来る際に既に長旅の準備は済ませておいたので、気にせずに船に乗り込む。古い船で、あまり多くの荷物が入っているようには思えず、クロウの<鑑定>スキルで見てみると、最低限の古い武器、腐りかけの食べ物、ボロボロの布など、余り物のスクラップしか入っていなかった。他には何もなく、クロウは乗客用の席に座り、榛国についてからどうしようか考えた。この船は貿易船だと言っていたので、まさかとは思うけど、これらの荷物を買い取るつもりなのだろうか、いやそのつもりだろう....
「はぁ、引き受けたのまずかったかな...」
一応、元生徒達からの依頼だし、あそこまで真面目に頭を下げられては断る事も出来ない。報酬も望むものを用意すると言われたけど、このゲームにあるものはだいたい手に入るので特に何もいらないと言った。
「抜錨!出航!」
船の大きな鐘の合図が響き、クロウを乗せた榛国行きの船はゆっくりと動き出した。珍しいことに事にこの船は直行便のようで、安酒を飲んでいる他の船員達にサウフォードから持ってきた果実酒を渡すと、すんなり話してくれた。
「榛国は新しくできた国の一つで、当主はもともとは金国っていう場所の地方貴族だったんだが、王国の重税に耐え切れなくなって、独立したんだと、金も榛を再び取り込もうとしてたけど、当主は<アルテマの集い>って言う傭兵団に所属してるすげぇ強いやつで、おかげでいまだに金もてこずってるんだとか。わかるよ、お前さんも傭兵だろ?わかるよ、悪いことは言わねぇ、金に付きな」
「情報ありがとう、こいつは礼だ」
クロウはその場にいた全員に銀貨1枚を渡す。話を聞き終えたクロウは自分の乗客席に戻った、席に戻ったクロウは榛国もミナト領と同じような状況だなと思い、どこから手助けすればいいか考え始めた。
気が付いたら船は大きな洞窟に差し掛かっていた。だが、洞窟の入り口には人間の死体がぶら下がっていた。先ほどまで騒いでいた船乗りたちも黙々と大人しくなった。洞窟の奥深くに差し掛かれば差し掛かるほど、ぶら下がった人間の死体は増えていく。そうして鍾乳石のような数の死体の洞窟を潜り終えた後、目の前に広がったのは廃墟だった。崩れた建物、死んだネズミ、荒んだホームレスが道端で蛆の餌になっているこの世の終わりみたいな環境だった。そんな廃墟を少し進むと、桟橋が見えてきた。近くにはやせ細った男が一人、生気のない目で弱弱しくサインすると、同じような手下と共に船に乗り込んで荷物を卸していく。
「お客さん、着いたよ、ここが榛だ」
船頭はクロウにそういう。彼も顔は暗く、早くここから立ち去りたい一心のように思える。クロウは大人しく船を降り、荷物の点検をしている男に声をかけた。
「忙しいところすまない、榛のトップに会いたい」
生気のない男はクロウにそういわれて、怪訝な顔を浮かべた
「なぜ?あんた傭兵?」
「ああ、そうだ」
「まさか榛につく気?」
「ああ」
「馬鹿だねお前も、今ここは金国に貿易封鎖されてるんだ、食べ物も金も何にもないよ」
「構わない」
「そう、大通りを西に行った小さな酒場の上に、あんたの探しているやつがいる」
「ありがとう」
クロウは礼として金の代わりに酒を渡した。そうしてまずは大通りに向かって歩き出す。どこを歩いていても餓死した死体と壊れた建物しかなく、クロウは眉を顰めながら酒場へ向かった
そうして廃墟の街の中で唯一明りの灯っている酒場にたどり着く。ボロボロのドアを開けても中には誰もおらず、若い少女が1人、クロウを酒台の裏から出迎えた。
「いらっしゃい、終末酒場へようこそ」
「終末酒場?」
「深い意味はないよ、もうすぐここも畳む。この国が亡んだらね」
「そうか、榛のトップに会いに来た。ここの2階にいるのか?」
「ああ、うちのアニキに会いに来たのかい、ついてきな」
緑髪金眼の美少女エルフだと思っていたら、ガテン系お姉さんみたいな口調だった。彼女に連れられて、2階の右の部屋に入る。そこにはソファで酒を飲んで酔っ払った同じようなエルフがいた。
「起きろクソアニキ!」
妹に引っ叩かれた男はすぐさま目を覚ます。
「どした!?敵襲か!?」
「ちげぇよバカ、お前に客だ」
「客?ナベリー、寝言はよしてくれ」
「酔いはまだ冷めてないみたいだな?あぁん?」
「醒めた醒めた!醒めたから!」
ナベリーと呼ばれた彼女は、再び1階に戻っていった。
「改めまして、初めましてです。僕はアベリー、下にいるのはナベリー、僕たち兄妹は共に傭兵団<アルテマの集い>に所属している傭兵だ」
「初めまして、クロウだ。今回、イルル達に依頼されて、ここにやってきた」
「クロウ!?まさか大先生!?」
「なんだそれは」
「そりゃ、アルテマの集いのほとんどのメンバーはみんな四英傑を先生と呼んでいるから、そんな彼らの先生ともなれば僕たちにとっては大先生だよ!」
アベリーはクロウの手を取るとぶんぶんと握手した。
「一応、こういう依頼を受けてここにやってきたんだ、目を通してくれ」
アベリーはイルル達の書いた依頼書を読む。
「マジですか、これってあれですよね、大先生が僕の先生になってこの榛国を救ってくれるんですよね?」
「うーん、そうなるかな」
「やったぁあ!ナベリー!ナベリー!」
アベリーは部屋を飛び出すと、そのまま1階へ降りて行った。数分後、ナベリーはアベリーをボコボコになったアベリーを引きずって戻ってきた。
「大先生、すいませんうちのバカアニキが。こんなアニキですが、根っこは優しい人なんです」
気絶しているアベリーを放り捨て、ナベリーは話し出した。
「当初、うちとアニキはルビィさんに連れられて、金国っていう場所で傭兵稼業をしていたんですけど、金国に丹氏って名乗る奴らが攻めてきたんすよ。丹氏と戦ってたんですけど、ルビィさんが死んじゃって、彼女の遺志を引き継いで、こいつらを追い払っていたら、いつの間にかすげぇ多くの人が集まってて、なんでもうちとアニキの決めたルールは金国のやつらよりマシだって言って、それでどんどん多くの人が集まったんすよ。なので金国のトップも周囲に押されて、うちのアニキは金国から正式に地方貴族になることを許されたんですよね。でもうちらだけやたら税の取り立てが重くって、3年間どうにかやりくりしてたんですけどもう耐え切れなくなって、独立したらこうなったって感じです。港や飛行艇も全て本国の金国に抑えられてて、生活も苦しいのに丹氏も攻めてくるしで、昔の仲間たちもみんないなくなって、今はうちらと数人しかここにいないです」




