クロウと大将軍
東部王国、開国将軍<海佐>
大型アプデの際に、東部王国に新しく生まれたNPCの一人である。流浪の武士の一人だったが、他の武士たちの横暴ぶりに嫌気が差し、プレイヤー側である幕府派についたキャラクターである。彼自身、流浪の武士の中でも最高位の<大将軍>の位を持っており、そんな彼が惜しみなくプレイヤー達に流浪の武士の技術を提供し、無事に武士に押されていたプレイヤー達は押し返す事に成功した。その後、双方の和解や松田幕府設立に大きく貢献し、幕府のトップ直々に<開国将軍>の称号をもらったと言う。国が安定してからは、自身の武功や貢献を考慮して、隠居生活を始め、奇しくもそんな頃にクロウと言う旅の連れに出会った。それから2人はちょくちょく東部王国を旅にしていたのだが、西部王国の分裂や南国の魔王騒動で、暫く会えずにいた。
「原因は、わかっているのか?」
「まだ確信はないが、恐らく新しい松田幕府の将軍の仕業か、東部王国の地方の武士のせいだろうな」
「そうか」
NPCとは言え、クロウは悲しい気持ちになった。彼は話の馬が合う凄く良い旅仲間だったと言うのに、あっけなく遠い所へ旅立ってしまった。
「彼の葬式に出てくるよ」
クロウはベルアルにそう言って、東部王国へ向かうことにした。彼との旅路を懐かしむために。
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「いらっしゃい」
「三色団子2本と、抹茶一杯お願いします」
「はい、すぐお出しいたします」
初めて彼と出会った日と同じように、同じ店で同じものを注文する。今回は以前の青年ではなく、年老いたおばあちゃんがいた。以前と同じ、店の外の席で注文を待つ。賑やかだった店にはクロウ1人しかおらず、店先には悪質な取り立てではなく、全身真っ白の喪服を着た通行人しかいなかった。
「お待たせしました」
おばあちゃんは時間もかからず注文を持ってくる。クロウは注文を受け取ると、自分の膝に乗せ、おばあちゃんを呼び止めた。
「おばあちゃん、よかったら一緒に話をしない?」
おばあちゃんは驚いたようにクロウの方を見たが、すぐに了承すると、奥からクロウと同じような抹茶を一杯持ってきた。クロウは自分の横に座るように促すと、店番のおばあちゃんはゆっくりと腰を掛けた。
「おばあちゃんはこれが誰の葬儀なのかわかる?」
「ああ、わかるよ、海佐坊やの葬儀だよ」
「知り合いなの?」
「ああ、彼とはもう古い、古い付き合いだよ」
「そっか」
おばあちゃんも遠いところを見るように手に持った抹茶を飲みながら長い葬儀の列を眺める。白い喪服を着た参拝者の列は長く、前も後ろも端が見えないほどだった。
「俺も、運よく開国将軍と会ったことが会ってな、彼とは旅仲間だったんだ」
おばあちゃんは何も言わずにただクロウの話を聞いてくれる。
「彼には1度危機を作ってくれたこともあった。本当にいい人で、一緒に小さな鍋を食べて、夜まで酒を飲んだこともあった。今思うと、もう少し彼と一緒にいれば、彼と旅をしていたら、きっとこういう事にはならなかったんじゃないかなって思う」
「人生、変えられないこともあれば、変わらないこともある。それは神様の計画通りかもしれないし、運命のいたずらかもしれない」
静かに聞いていたおばあちゃんが、子供をあやすようにクロウに言う。
「思い残すことは多いと思うけど、そんな遺憾も人生の調味料だよ少年」
いつの間にか手に持った抹茶を飲み終えたおばあちゃんは、クロウの肩をポンと叩くと、店の奥へ戻っていった。クロウも抹茶を飲み終え、代金と共にカウンターに戻すと、食べかけの三色団子を持って、次の場所へ向かうことにした。
道の外れの小さな食事処、変わらない香りを漂わせた小さな名店の暖簾をくぐる。クロウは反射的に初めて彼と出会った席を見るが、そこには誰もおらず、ただ空いた座席が一つあるだけだった。
「あん肝鍋と熱燗、2つずつください」
無口な大将は、頷いてクロウの注文を作り出す。新鮮なアンコウから作るコクとうまみのあん肝鍋、そして香り立つ熱燗の匂い。自分の分を受け取り、大将にはもう一つはあの席においてくれと指をさした。大将はわかったように頷くと、何も言わずに鍋を置き、割り箸を取り皿の上において、熱燗を注いでおいた。クロウはそんな大将に軽く感謝を述べると、何も言わずにただ黙々と懐かしむように箸を進めた。
そうして彼との旅路の足跡を追い終えた後、クロウは長い葬儀の列を追い、大将軍の葬儀会場にやってきた。既に葬儀は終わりに近づき、数多くの人が立ち去っている様子だった。クロウは受け付けに名前を述べ、遺憾の意を告げ、ゆっくりと彼の棺に歩み寄った。歩きながら、彼は滅多に着ない北帝大公の服装に着替える。口に出すのも憚れるほど圧倒的な力を持つ北帝、そんな彼女の恩師ともいえる大公の名は、世界中にとどろいていた。むろん、この東部王国にも。
透き通るマナベール鉱石と天然のダイアモンドをふんだんに使った権力の象徴ともいえる杖、数えきれないくらいの女帝勲章と戦功勲章を胸に付け、公爵を超える権力の証を身に着けたその黄金色の礼服。肩には絶滅したはずの古代生物である神鳥ペリューの毛皮で作った純白のコートを羽織り、巨大なクロウ領の紋章と北帝領の紋章が向かい合うように刺繍されている。
大公クロウ、北帝領の死神、北方勢力の絶対権力者。一人で数百万人の兵士を殺した冷血な大英雄。そんな彼がゆっくりと杖をついて開国将軍の棺へと歩み寄る。
「久しいな、将軍」
誰も彼を若いからと言って見下すことはなく、ただ恐怖に慄き、その場に座り込むことしかできなかった。
「こんなに髭を生やして、皺くちゃになってしまったんだな」
クロウは棺の上から慈しむように彼の顔を撫でる
「友よ、願わくば安らかに」
そうしてクロウもアイテムボックスから一凛の花を取り出し、彼の棺のそばにそっと置いた。クロウの権能をもってすれば、今すぐ彼を蘇生することだって可能だ。天使すら焼き殺したクロウに不可能はない。だがそんなことをしても、彼はきっと喜ばないだろうし、それはある種の彼への侮辱だとも思えた。
安らかな友の棺を見送り、クロウは葬儀の場からゆっくりと立ち去った。




