ベルアルと一日
その後もベルクと馬車に揺られながら、クロウがいなかった時の話をあれこれ聞いたりして、なかなかに充実した時間を過ごした。南国領を抜け、北帝領に入る。そこからはベルクはエインヘリアルで帰ろうと言い、ベルクとクロウは共に汎用型飛行用エインヘリアルに搭乗して、北帝宮殿まで飛んで行った。
「おかえりクロウ、長旅お疲れだったな」
「いえ、滅相もないです」
ベルクの言う通り、顔は変わらないものの、既にティーカップを4つ握りつぶしたベルアルは、クロウの帰還を歓迎していた。
「楽しかったか?」
「あっ、いえ、はい」
「そうか」
それだけ言うと、ベルアルは何も言わずに再び紅茶を飲みだした。
「ベルアル、長い時間連絡もせずにごめんな」
「いや、魔王の件の連絡は入っていたから大丈夫だ」
「あっうん」
「だがな、セシリアとの子供はダメだろ」
「え?」
「相手は南国の女王だぞ」
「待って待って、誰から聞いたのそれ」
「風のうわさがここまで届いていたぞ、セシリアとの家もあると」
「家は、まあそうだけど」
「やっぱりか」
「待てベルアル、話を聞いてくれ」
ベルアルは既に専用エインヘリアル、<北国の女帝>に着替え、武器をクロウの首に構えていたが、話だけは聞いてくれるようだ。
「セシリアとの子供なんて無い!もし勇者ヒノカの事を指しているのなら彼女は戦闘奴隷だ。今はまだ小さい、奴隷契約破棄の痛さに耐えきれないと思ってまだ解除してないが、いずれ彼女を開放するつもりだ。家があるのは確かだが、あれはあくまで拠点であっていつもそこにいるわけではない」
「じゃあどこにいるのだ?」
「アマネ達のギルドハウスで..」
「<戦乙女達>か」
ベルアルは本気で武器を振りかぶったが、少し考え込んだ後、彼女の専用エインヘリアルを解除し、
「今日は一日中一緒にいろ」
それだけ言ってベルアルは再び紅茶を飲みだした。クロウはいつもの姿に戻り、ベルアルの横に座ることにした。翌日、クロウはベルアルの一日に付き添うことになった。
朝礼では女帝席に座るベルアルの後ろに控える者として立ったままベルアルの仕事ぶりを眺める。とは言っても特に面白いことなんてなく、今日もクロウ領でこれだけ黒字が出ましたとか、他国の情勢を聞いてみるとか、新しい技術開発の進捗チェックとか、そんなのばかりだ。
昼ごはんを軽く食べ後、午後もやることなど特になく、東部魔油採掘地の確認に行ったり、クロウと再び一緒に釣りをしたり、西部第3魔力炉の動作確認を行ったり、手下と一緒に近くの農地を視察したり、いろいろな場所を見てばっかりだった。セシリアやミナトとは違い、平和な毎日を送れているようで、クロウはすごく安心した。こういう日常がクロウは一番好きだった。
夜はクロウを招いて、北帝領内でも大きな魔王討伐功労晩餐会が開かれた。どうやらベルアル達は聖王国の勇者が当てにならないことは事前に知っていたらしく、もともと北帝領に近づこうものならベルクを向かわせる予定だったらしい。だがクロウがヒノカを見つけてきた事からその必要性はなくなり、せっかくだからベルクには南国へクロウを連れて帰ってくると言うお使いを頼んだらしい。晩餐会も、クロウは主役だからと言って、ベルアルと同じ席で食事をしていた。べオスは現在、辺境の街でも小型魔力炉を作り、完全な自給自足を考えて実地調査に赴いているんだとか。仕方ないのでベルアルと一緒に久しぶりの北帝料理を食べることにした。様々な海鮮な肉、それから米、麦などが数多く取れるこの北帝領では料理も革新的なものが多く、特に家畜ではなくモンスターの肉やドロップ品から作った料理が一番おいしかった。なんでも数多くの国民も自らモンスターを狩っては料理にしており、おかげで一般人も全員Lvが数百を超えているんだとか。
「食事は楽しめているか?クロウ」
ノース・キングクラブのパスタを食べながら、ベルアルは不意打ちのようにクロウに聞いてきた。
ノース・キングサーモンの刺身を食べながら、クロウはベルアルに答える。
「ああ、やっぱり北帝領の飯が一番おいしい」
これはお世辞抜きでそう感じたクロウだ。浮世の里の和食もおいしかったが、国としての格が他と違うのか、ゲーム上のシステムの問題なのか、心なしか北帝領で生産される食べ物は数段階上を行く鮮度と品質がある気がする。ベルアルはその返事を聞くと安心したように頷き、再びパスタをもぐもぐ食べ始めた。
晩餐会の後、クロウは自分の領に戻ると言ったが、ベルアルはダメだと言い、今日はずっと一緒だと言ったと、無理矢理クロウを自分の部屋に連れてきた。想像通りと言うか、ベルアルの部屋はとても広かったが、高級品はなく、質素で機能性溢れるアイテムや道具ばかりだった。
ベルアルは既に風呂も済ませたようで、淡い青色と黒色のネグリジェを着て、ベッドに入ると、クロウにもベッドに入れと言わんばかりに布団を開いて、手で空いた部分をポンポンと叩いた。
「流石にあかんて」
クロウは流石に女帝と同衾はダメだと拒否すると、ベルアルは一瞬そっぽを向いたが、暫くするとベットの縁に椅子を持ってきて、そこに座らせたクロウの腕をつかんだ。そのままクロウの手を握ると、布団を顔の半分までかぶり、綺麗な両目だけでクロウに「これならいい?」と言わんばかりに訴えてきた。クロウはこれくらいならと思い、ベルアルの手を優しく握り返す。そして空いたもう片方の手で、ベルアルのために空中でゆっくりと星空と柵を飛び越える可愛い羊を投影する。ベルアルは不思議に思ってクロウの投影を眺めていた。羊が一生懸命柵を飛び越える映像を見ていたが、40匹ほど飛び越えた頃に完全に眠ってしまった。彼女がすやすやと心地よく眠ったのを確認すると、クロウは小声で「おやすみ」とだけ言い、転移魔法でクロウ領の自室に戻った。




