勇者とクロウその9
赤い蝶々が散らばった後、そこに立っていたのは背の高いヒノカだった。手には短剣がなく、
「あれれ?まあいっか」
と言った後、手のひらをかざすと、舞っていた赤い蝶が次々と集まり、赤い短剣になった。剣柄は綺麗な蝶の模様が入っており、刃の部分は燃え上がる炎で出来上がっていた。
「よっ、ほっ、これも」
出来上がった炎の短剣を空中に投げると、その短剣は空中で舞うように留まり、ヒノカ(?)は次々と短剣を作り出しては空中に漂わせた。
「とりあえずこれくらいでいいっか」
宙に浮いた12本の短剣、そして彼女自身も2本の短剣を握りしめている。
「君、魔王なんだって?」
「あ、ああ」
「じゃあ聞くけど、自害と僕に殺されるの、どっちがいい?」
「ふざけた事を」
「ふぅー」
彼女は優しく短剣に息を吹きかけると、それは無数の炎の蝶になって魔王の方へ飛んでいった。魔王はただの蝶だと思い、手で振り払ったが、気が付いたら上半身の多くが焼き爛れていた。
「もう一度聞くけど、いいの?」
「はっ!我は魔王、魔を統べる王であるぞ」
「はぁ、馬鹿だなぁ」
「魔水球!」
魔王は無数の魔水球を彼女めがけて発射するが、彼女は無数の蝶々になって魔水球を躱す。そのまま無数の炎の蝶々は魔王に襲い掛かる。魔王は闇雲に蝶々を振り払ったり、魔水球で全員を覆ったりしたが、そもそも炎の蝶々は水を恐れないようで、魔王の魔水球に潜り込んでは直に魔王を焼いていた。しかも、炎の蝶々は魔王の身体を止まり木のように留まると、そのまま魔王の肉を尋常じゃない熱量で溶かしだした。
「うわあぁあああ!」
流石の魔王もこれには対応策もなく、その場に転がってもどれだけ魔水球を周りに放っても、ただ魔王は無数の炎の蝶々に焼かれているだけだった。そうしてしばらくすると、魔王は骨も残らなくなり、炎の蝶々は再び人型に集まると、ヒノカ(?)が再び現れた。
「これで終わりかな?」
大きくなったヒノカは再び蝶々を生み出す。今度は緑と水色の蝶々が生まれ、魔王に倒された4人の元に留まると、彼女らの傷が目に見えて治っていく。クロウもそんな蝶々を不思議に思って追いかけていたら、いつの間にか彼女の前に立っていた。
「お兄ちゃん、いつまで隠れてるの?」
彼女には見えてないはずなんだけど、思いっきり抱きつかれた。
「なんでバレたの」
「あ、魔封じの蝶がいるから、魔法とか解除できるんだ」
「つっよ」
「なでて!」
「よしよし」
「えへへ」
大きくなっても撫でてほしいのは変わらないのがなんとも愛くるしかった。
「ところで、その姿は?」
それを聞く前に、全プレイヤーに<魔王が冒険者ヒノカによって討伐されました。皆さまお疲れさまでした>と言う告知が響いた。
「あ、これはね、多分だけど幻蝶乱舞の効果と精霊蝶の効果で、未来の私を生み出したんだと思う。数分しか保てないけど、切り札の一つだよ?強いでしょ」
「つっよ」
「なで、えへへ」
言われる前に撫でておく。
「あっ、そろそろ効果が切れちゃう。じゃあお兄ちゃん、また今度ね」
そういうと、彼女は再び赤い蝶々になって飛び立ち、気づくとそこにはいつものヒノカが眠っているだけだった。彼女の腹部は傷がなく、ただ疲れたせいか、すやすやとしているだけだった。クロウは全員纏めて後方にポータルで送ると、再び隠蔽魔法をかけなおし、モンスターを食い止めていた他のプレイヤー達を見に行く。魔王が死んで、モンスターもかなり弱くなったが、依然として数は非常に多く、プレイヤー達はあと少しで敗走しそうになっていたが、
「魔導砲第一第二発射!」
プレイヤー達の後方から、竜の息吹のような魔力の奔流がモンスターを消し飛ばす。この強力な魔法は他でもない。<ちゃちゃ丸>だ。
「あんたたち、残ったモンスターをとっとと片付けるわよ!」
上空からちゃちゃ丸が引き続き魔法砲撃を開始する。圧倒的な彼女の魔法攻撃は暴力的なまでにモンスターを葬っていき、あっという間にモンスター達は全滅した。近くの街や都市も同じく、モンスター達の氾濫は収まっていき、数日もすればモンスター達の数はあっと言う間にいつもの数量まで戻った。
「勇者ヒノカ!前へ!」
「はっ!」
各地の魔王騒動も収まったころ、南国サウフォードの宮殿では、魔王討伐の功を褒賞するため、全国各地から数多くの人が魔王討伐の新しい勇者を見に来た。
「勇者ヒノカ!女王セシリアの名を持って、貴女には子爵の爵位、火蝶爵を名乗りなさい!そして貴女を火蝶の勇者に認定するわ!」
「おめでとう、ヒノカ」
正装を着たマイが代表して子爵の紋章をヒノカに渡す。ヒノカは丁重に受け取った。次にヒノカのパーティメンバーである他の3人も男爵の位を貰い、南国での一代貴族になった。その後は魔王討伐の功労会である晩餐会が開かれた。今回クロウは何もしていないので、このまま抜け出そうと思ったが、セシリアとアマネには、
「クロウがヒノカを見つけて来なかったら、もしかしたら魔王にここにいる全員殺されていたかもしれないんだよ?」
それはないだろう。
「だからクロウもいなきゃダメ」
セシリアに手を引かれて、晩餐会に参加する事にした。晩餐会もいい感じに進み、そろそろお開きになりそうな頃、熱気あふれる会場に凍えるような冷気が差し込んできた。外からは重厚な鎧の足音がする。直ぐに空気は凍り、皆、凍り付いたように会場の入り口をじっと見つめていた。外の控えているメイドや門番から短い悲鳴が上がる。門番に至っては自分の脚に躓いたのか、近くの調度品を巻き込んで転んだようだ。既に会場の扉の目の前に立っているようで、扉の後ろから凍える冷気が侵入してくる。実際に流れ込んできているわけではないのだが、宮殿にいる者すべてがまるで巨大な雪の巨人が自分の首を掴んでいるような、そんな悪寒がまとわりついていた。ただ一人、クロウだけはその慣れ親しんだ寒気が何かに気が付いた。
「やべっ」
扉がみるみると凍っていく。大理石でできた頑丈な扉はあっという間に全て凍り付いた。そして扉の後ろに立っている人が優しく扉を押すと、巨大な扉は小さな雪のように粉々になってしまった。
「北帝領代表、凍氷のベルクだ。此度は魔王討伐の勇者がいると聞いて、祝辞を述べに来た」
雪のような白い髪に、氷のような透き通る青色の瞳。<冥凍鉄>と<凍氷龍の龍皮>を<獄炎>で叩き上げた神代の装備を超える鎧を身に着け、手には凍氷龍と言う、人類では討伐不可能な自然災害級の龍種の頭蓋で作った兜を持ち、背中には北帝領の文様が刺繍された氷白虎の毛皮と凍氷龍の龍鱗で作り上げたコートを羽織っていた。
ベルクはクロウの姿を確認すると、<念話>で「そろそろ帰らないとやばいっす」と内心で伝え、しっかりとクロウの場所を覚え、ひとまずはセシリア女王と勇者ヒノカの元へ歩み寄った。




