勇者とクロウその7
「皆刮目せよ!この方こそ勇者である!」
礼節に則り、勇者を国賓としてサウフォードの宮殿の謁見の間に招いたが、女王を見ても跪かない、しかも勇者の連れ人は女王が何か言う前にむしろ周りの人に勇者に跪けと言う。挙句の果てに、
「女王よ、名は?」
「セシリアです」
「ふむ、及第点だ。俺の後宮に入れてやろう。俺の妾になれ」
などとセシリアを口説く始末。お付きの人もなんたる光栄などと言っており、唾を吐き散らしながら必死にセシリアに承諾するように言っている。
「お気持ちは大変うれしいです勇者様、ですが今は国を争う一大事、この件は魔王を倒してから改めてと言うのはどうでしょう?」
「ふむ、それも一理あるな。では夜伽の栄光をくれてやろう」
「すいません、仕事で忙しいので...」
「ふん、つまらん女だ」
他の人には見えないが、セシリアの影に入れた召喚獣が彼女の影の中で怒り狂っていた。クロウはどうどうと落ち着かせる。〇すのは後だよどうどう。クロウもそこそこ怒っていた。どうやらこの勇者、自分こそが魔王討伐をこなせる勇者だと各地で吹聴し、それを笠にやりたい放題行っているらしい。
「では勇者様、国で一番の宿を用意しますので、そちらで決戦までお待ちください」
「よかろう!早く案内しろ!」
陰ながら目の据わった怒り爆発寸前のメイドに案内され、勇者御一行は宿で待機することになった。
謁見の間にいる全員、「とっとと帰ってもらおう」と意思を統一した瞬間だった。
そして決戦当日。既に魔王の体は出来上がっており、身長は3m、肌は紫色で、悪魔の角と翼が生えている。全員で今か今かと待ち構えていると、ピタリと周囲の魔素を吸収する感覚はなくなった。そして魔王はゆっくりと目を見開いた。
「ものども行くぞぉおおお!」
という勇者の掛け声と共に、聖王国の勇者と他のプレイヤー達は突撃を開始した。魔王はまだ目覚めたばかりだが、目の前の男が自分にとっての脅威であることはわかるようで、手を前に振ると、魔王の後方から大量のモンスターが出現し、勇者たちを迎撃した。数多くはゴブリンやコボルトだが、中にはハイオークやゴブリンシャーマンも含まれており、勇者とプレイヤー達は押されることになった。そして魔王は無意識に羽で空を飛び、移動を開始した。
「聖光弓」
モンスターの波から抜け出した勇者が魔王を打ち落とす。翼を穿たれた魔王はうまく飛べずにそのまま落下する。
「追いついたぞ魔王!覚悟ぉおおお!」
他の勇者補佐隊も追いつく。聖王国の勇者は目にもとまらぬ速度で切りかかっているが、ヒノカ達4人の後ろにいるマイはため息をつく。
「何一つ有効打がない。魔王なんて防御すらしてないし」
確かにマイの言う通り、彼の剣は魔王に弾かれてばかりで、傷一つついていない。そうして勇者が斬り疲れた頃、魔王が口を開いた。
「粗末な勇者だ」
魔王が再び魔素吸収を始める。周囲の魔素はみるみる吸われていき、代わりに魔王の穿たれた羽が修復されていく。
「なん、だ、それ、は」
勇者はみるみるとMPを吸われ、そのまま意識を失った。嘘やろ勇者君。知らないのかよそれ。
「お前たちは勇者ではないが、勇者よりもかなり強いな」
補佐隊のヒーラー役達が、必死に勇者にMP回復と気付けの回復魔法を使用する。その間、前衛の戦乙女達はヒノカ含めて魔王と打ち合う。流石の数の多さに魔王も少したじろいだが、1対100でも負けず戦えるところは称賛せざる終えなかった。なおクロウは相変わらずの完全隠蔽状態で観戦している。だが魔王は常時周囲から魔素を吸収しており、その強力な自己再生能力で常に傷を修復しながら戦っているため、勇者が起きる頃には全員戦闘不能になっていた。これはいけないと思い、力尽きた者は殺される前にクロウが素早く転移ポータルで後方まで逃がす。魔王もポータルが開ける者がいるのかと警戒していたが、周囲を観ても見つけられず、残ったメンバーを警戒することにした。
「魔火球」
魔王が手のひらから紫色の火球を打ち出す。ヒーラーの一人が防壁魔法を発動するが、あっけなく破壊され、火球に焼かれることになった。魔王の魔法は並みの魔法とは比べ物にならない威力を誇り、具体的には威力だけなら常に2つ上のクラスの魔法を発動していると考えるべきだ。勇者が完全に目を覚ました時、その場に残ったのはヒノカ達のパーティとマイ、勇者と隠れているクロウだけだった。他の場所からの増援は難しく、モンスター達は時間が経つごとにどんどんと増えているらしい。おかげで他に参加したプレイヤー達も全員他のモンスターと戦うことを強いられ、こちらにはこれなくなっていた。
「なんなんだお前は?」
指先で次々と勇者の剣撃を止めていく。
「くっそぉ!くそ!なんで当たらない!」
「そりゃ、お前が弱いからだろ?」
「馬鹿な!俺は勇者だぞ!」
「はぁ?勇者だからって強いわけじゃない、魔王に勝てるくらい強いから勇者なんだ、そこをはき違えるなガキ」
魔王はそう言いながら勇者の腹に蹴りを入れると、数m吹き飛んで動けなくなってしまった。残ったのはマイと4人。残念ながら全員神聖魔法が使えず、マイが一歩前に出る。
「あんたたち4人は後ろで寝てる勇者を呼び起こしてもらえる?ここからは師匠の見せ場だよ」
「で、でも」
「行きな!」
大きな声と共に、マイは両手で短剣を抜いて、自分にバフをかけ始めた。
「<闘争本能><自己再生力上昇><敏捷上昇><怪力><超怪力><巨人の両腕><空踏み><風渡><玄武甲殻><犀の皮><虎の牙>」
「面白い、来い!貴様は勇者なりえるのか!」
「幻蝶乱舞!舞え我が短剣!」
そう言いながらマイは手に持った短剣を素早く魔王に投げつける。急所を狙った油断のない攻撃だったが、魔王はそれを軽々しく躱すと、油断した顔ではなく、驚愕の顔を浮かべた。
「面白い!4本の短剣を使うか乙女よ!」
投げられた短剣は空中で折り返し、後方から再び魔王へと襲い掛かる。同時にマイ本人も再び両手に短剣を握りしめ、魔王に切りかかる。流石のこれには魔王も引かざるを得ず、魔王は横に飛んでこれを回避した。
「私の弟子はこんなもんじゃないよ、だけど今は私が相手してあげる」
再びマイは手に持った短剣を魔王に向かって放り投げ、宙に浮いていた短剣を握りしめて短剣と同じ速度で斬りかかる。クロウはなぜこの短剣術が幻蝶乱舞と呼ばれているかようやく分かった。魔力で操作している短剣が蝶のように舞い、死角や意識していない場所から敵に襲い掛かり、その短剣の操作者も独立した軌道を持って斬りかかってくる。なんとも恐ろしい攻撃だと思った。そうして魔王と30分ほど斬り合っていたが、急に一言、魔王が「理解した」と言い、舞うように攻撃していたマイの短剣を敢えて後ろから肉体で受け止めた。マイもそれを隙と見たのか、魔王の上半身に巨大な十字の切り傷をつける。そして油断せずに魔王から距離を取ろうとしていたが、気が付いたら魔王に両腕をつかまれていた。
「なるほど、精神力不足と言った所か」
マイは必死に操作しているはずの魔王の後ろにある2つの短剣を魔王の首に突き刺そうとしているが、短剣が突き刺さっているはずの背中は底なし沼のように液化しており、ずぶずぶと短剣を飲み込んでいた。そして魔王はそのまま直にマイから魔素を吸収する。直接MPを吸い取られたマイから悲惨な声が上がった。




