西部王国大反乱その5
宮殿から反乱領までの距離はさほど遠くなく、クロウが引いてきた馬車に乗って30分ほどで帰れる距離である。3人は馬車をのんびり走らせながら、夜道を進んでいた。クロウが生活魔法である<灯火>の魔法で道を照らしているのである程度は前方が見えるが、魔法にも限界があるので安全第一でクロウは馬車を走らせることにした。馬車の後ろにはちゃちゃ丸とミナトが座っており、クロウは御者の席で荷馬車をコントロールしている。なので馬車の行く道に真っ白な男が立っているのを見つけたのもクロウが一番だ。
「ちゃちゃ丸、ミナト、先に帰っててくれ」
「ん?」
ちゃちゃ丸は御者席の方へ顔を出すと、クロウが馬車から下りて第Ⅲ人工聖人と遠くの開けた場所へ向かったのを見つけた。彼女も加勢しようかと思ったけど、ミナトもいるので、とりあえずミナトを拠点に送り返してから再び加勢する事にした。
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第Ⅲ人工聖人
西部国王の教会が多大な資金と禁術を使用して人工的に作り出した聖人、その3体目。処女童貞の信者の命を天使を捧げて作り上げた人工聖人は、本物の聖人には及ばないものの、対悪魔や対魔族の切り札の一つであった。天使の祝福で強化された肉体にまともな魔法は通じず、行使する神聖魔法は格の低い魔族を一撃で灰にできるほどの加護を授かっている。
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「初めまして、魔王クロウ」
「????」
セシリアもこいつも、なんで自分を魔王と呼ぶのか全く分からない。NPCを皆殺しにしたわけでも、王女を攫ったわけでも、悪逆非道を尽くしているわけでもないのに、新しく会う人みんなにやれ魔王だの魔神だの...
「魔法剣士のクロウだ」
「なるほど、そういう事にしておきましょう。私はⅢ号とでも呼んでください。では、教皇猊下の命により、今日は貴方をここで討伐しろと言われました」
「なるほど、それは困った」
教会派には何も手を出してないのだが、どうしてこんなに目を付けられているのだろうか...
「申し訳ない、だがこれも命令なので、<聖光降臨>」
聖人Ⅲ号は無詠唱で神聖魔法を発動する。クロウは特に躱す事も痛がることもなく、のんびりと魔法陣を作り出した。それを見たⅢ号は驚いた顔をする。
「<聖剣降臨>、<聖槍降臨>、<聖斧降臨>」
神聖魔法が引き続きクロウに襲い掛かる。天から聖剣、聖槍、聖斧が一つずつクロウの突き刺さる。だがクロウは変わらず、動揺する事も効いている様子もなく、巨大な魔法陣を二重三重に立体的に構成した。
「クラスⅧ大規模魔術<鏡世界>、発動」
そう言いながらその立体魔法陣にMPを流すと、クロウと聖人Ⅲ号を中心に立体魔法陣はあっという間に膨れ上がり、ぐるんと世界が一転した。先ほどまで帰り道の右側にいた二人は気が付いたら左側に立っていた。
「シュレミーにいきなり攻撃されたり、お前にも勝手に魔王呼ばわりされたりなんなんだよ教会ってのはなんなんだほんまに?え?」
そういいながらクロウは全身に刻んだ魔法陣の6%に魔力を通す。クロウの身体がゆっくりとチカチカ光り出す。Ⅲ号も本能的に身体が震え出すのを感じ、再び神聖魔法を使いだした。
「冥王の心臓起動」
一瞬、周囲の魔素が無くなったかと思うと、魔素分裂音が響きだした。聖人Ⅲ号はその音が何の音か分からないが、目の前の男の魔力が指数関数的に上昇していくのを感じて、久しく感じた命の危機を解消するため、自分の残ったMPを全て消費して、召喚できるかぎり最強の天使を召喚した。
「うおぉおおおお!召喚<大天使>」
そういった瞬間、天が裂け、神々しい羽根の生えた荘厳な天使がゆっくりと降りてきた。右手に十字架を刻んだ盾を、左手に巨大な聖槍を装備している。クロウは初めてゲーム内で本物の天使を見たが、本能的に脅威にはならないと感じ、再び衛星兵器に意識を向けた。天使が完全に地に降り立つと、聖人Ⅲ号はその場に跪いて天使に祈りを捧げた。
「偉大なる大天使よ!どうか御身の力にて眼前の敵を打ち倒し下さい!」
天使はクロウの方を見ると、心なしか一歩後ろに下がった。そして再び聖人Ⅲ号を見ると、何の迷いもなく聖人Ⅲ号の心臓に聖槍を突き刺した。聖人Ⅲ号は「な...ぜ」とだけ言うと、その場で燃え上がり、灰になった。
「旧式衛星兵器Ⅱ号、<キノコ雲>起動」
クロウの無数の衛星、その一つである旧式衛星兵器Ⅱ号<キノコ雲>が起動した。この衛星兵器はクロウが作った旧式の衛星兵器の一つで、リミッターや使用後の結果を考慮せずに作った大陸級破壊兵器の一つである。Ⅱ号にはクロウが現代の核弾頭を元に作った魔素弾頭が無数に配置されており、発射すれば戦略級の大打撃を与える事ができる。
「目標、大天使」
宇宙に漂う旧式衛星兵器の発射口がクロウの目の前の大天使を向く。
「第1弾倉、第2弾倉解放」
大天使は本能的に何か恐ろしいものが降ってくるのを感じた。クロウの方を見たが、真っ黒なクロウの眼からは何の感情も感じられなかった。大天使は恐怖の余り、ものすごい勢いでクロウに聖槍を向けて突進してきたが、大天使が動き出す前にクロウが純粋な魔力で物理的に大天使を地面に押しつぶす。地面にめり込み、大天使の装備に亀裂を入れるほど暴力的な魔力で押しつぶされて動けなくなっている大天使にクロウは歩み寄る。歩み寄りながら残酷な言葉を発した。
「天使が魔素で出来たいわゆる魔素体なのは知っている。この世から魔素が無くならない限り、何度でも召喚者と世界の魔素で身体を構築し、再誕できるのも知っている。魔素で出来ているから、天使たちには物理攻撃が効かず、魔法も全て魔素に変換されるため、物理攻撃は効かず、純粋な魔素による攻撃しか効かない。」
雲を引き裂き、天から2つの魔法陣が刻まれた大きな弾丸が降ってきた。重力加速度でどんどんと速く、鋭く地に伏した大天使に向かって落下してきた。
「あの弾丸には周囲の魔素を吸収して、魔素を崩壊、分裂させる魔法陣が刻まれているんだよ。わかるか?魔素を崩壊させ、分裂させるんだ」
大天使がついに絶望に歪んだのか、兜の中の眼を閉じてゆっくりとその滅びの弾丸が降ってくるのを待つだけだった。
「お前もわかったようだな。なぜお前たち天使や聖神が俺を殺そうとするか分からないが、帰ったらお前が味わう苦しみと痛みを全員に伝えろ。俺を殺すなら天使だろうと神だろうと殺してやるとな」
クロウがそう言い捨てると、2つの魔素分裂弾が大天使に着弾した。その瞬間、魔素体である大天使は体中が崩壊し、分裂する痛みに襲われる。しかし死んだ聖人Ⅲ号により、クロウを打ち倒すという契約が終わっていないため、瞬時に再生を始めたが、再び体中が崩壊、分裂した。魔素が無くなるわけではないので、大天使の意識は消えず、2つの魔素分裂弾の反応が終わるまで、永遠に意識を保ったまま、身体中がバラバラになり、分裂し、再構築されてはの無限の地獄に身を置く事になった。
クロウも<鏡世界>を解除したのは、西部王国全域に上がった2つの巨大なキノコ雲と、そのキノコ雲が晴れた後だった。砂漠となった人間大陸西部を見て、やはり旧式はできるだけ使わない様にしようと決めた。そうしてクロウが<鏡世界>を解除すると、そこには何の戦闘形跡もなく、ただ帰り道の右側で立っているクロウと、灰になった聖人Ⅲ号が残っているだけだった。




