王家の魔塔
「なんでここにいるんだよセシリア....」
「先生授業でわからない点が」
「いやわかるだろう」
セシリアの元素系魔法は既にLvⅤを超えている。今の授業はLvⅢくらい。クロウもセシリアの自衛にために家庭教師として時たま一緒に魔法の授業をしているが、その時に既に3回くらい教えたはず。
「ぶ~!先生のいけず!」
「いけずじゃない!授業よりもっと大事なことがあるでしょ貴女...」
「この授業も将来のための大事なことなんです」
「そう?」
何度も言うが、既にセシリアは履修済みである。むしろ国王の下で、もっと帝王学とかそこらへんを勉強してもらいたい。だがまあクロウの前では年相応の少女だが、国賓や友人たちの前では王女という身分にふさわしい言動や振る舞いをきちんとできているので、特に文句は言えない。クロウは大人しく聞かれた点にわかりやすく答えを教えるのであった。
それから数週間達、百聞は一見にしかずということで、クロウは生徒達に実際に南部にある魔塔に登ってもらうことにした。今回の魔塔は水魔の塔。水系モンスターが多く存在するが、宝箱からは水系の魔法や蛮術に大きな恩恵を与えるアイテムが多く出現する。生徒の多くは既に必修科目として水の蛮術を全員習得ているので、彼らの将来のためにもいい収穫になるだろう。だが今回、彼らの魔塔攻略に同伴するのはクロウではなく、亜麻色乙女の三人に頼んだ。実際にクロウよりも多くのダンジョンや魔塔を踏破している現役の勇者3人に実戦形式で教えてもらえるともなれば、生徒たちはより盛り上がるだろう。アマネ達3人と生徒たちが魔塔に入ったのを確認して、クロウはセシリアを連れて南国の宮殿に一度戻ることにした。
南国宮殿にて、王家のみ伝わる一つの鏡があった。セシリアとセシリアの父である国王しか知らないはずだったが、プレイヤーであるクロウにとってはマップ機能でバレバレであった。国王曰く、ただの冒険者だった初代国王はまだ無名だったこの鏡の中の魔塔を制覇し、最上階にある豊穣の剣を手に入れ、地面に突き刺した瞬間に周りの土地は豊饒を迎え、国が出来上がったという。だが初代の死後、次代の王位争いによっていつの間にか剣は失われ、光を失ったこの鏡の中の無名の魔塔は王家の魔塔という名前になり、再び動き出したという。
歴代南国国王は最上階を踏破しようと挑戦していたが、現国王含めて今だ誰も叶っていないという。そんな王家の魔塔を、今回セシリアには踏破してもらうことにした。それが所謂セシリアへの卒業試験だ。もちろんクロウは同行しない、同行しないが何かあっては良くないので、強力な召喚獣を一人つけることにした。
「召喚:<ヘルハウンド>」
クロウの召喚陣から一匹の狼が現れた。毛皮は黒く、目は赤い。クロウを見ると、犬のように抱き着いて頬を舐めるが、セシリアはその狼は今のセシリアよりも数倍高いLvとステータスを有しているのを本能的に感じた。
「ヘルハウンド、セシリアが絶体絶命の時だけ助けてやってくれ、それ以外はずっとセシリアの影で潜んでてくれ」
ヘルハウンドはワンとだけ鳴くと、セシリアの影に飛び込んだ。
「じゃあセシリア、行ってらっしゃい」
セシリアも意を固めて、行ってくるとだけ言って魔塔に入った。
***
王家の魔塔、南部王国建国の逸話にも出てくる伝説の魔塔。一般人の立ち入りは禁じられており、南部王国王家の人間のみ入場が許されている。セシリアもここに入るのは初めてで、父曰く王家のふさわしいモンスターが多く出てくるのだとか。
王家の魔塔、第一階層にはキングゴブリンとキングスライムが多く出てくる場所で、王の名を冠するモンスターは、種族問わずに他とは一線を画す強さを誇っていた。だがセシリアも負けるわけにはいかない。元素系魔法剣士として、セシリアは身命を賭してでも彼らに打ち勝つ必要があった。
キングゴブリンとの死闘を繰り広げる。王と王の戦い。お互いに魔力が切れた今、勝負を分かつのは剣技だけであった。20分後、首を刎ねられたのはキングゴブリン。セシリアは急激な大量のLv上昇に身体が追い付かず、その場で少し嘔吐した。だが彼女はひしひしとその恩恵を感じる。いつもより剣は手になじむ。体中の魔素があふれそうなほど充満している。力はみなぎり、意思も固い。セシリアはドロップ品であるゴブリンキングの王冠をかぶった。すると、彼のこれまでの歩みを理解する。ゴブリンにも集落があり、戦争があり、家族がある。守るべき民、憎むべき敵。彼らも同じ王であったとセシリアは理解した。ゴブリンキングの能力は<剣技>、技も知恵も多種族に及ばない彼は、ただひたすら愛する民を守るため、剣技を鍛えた。そして彼の王冠を吸収したセシリアは、彼の剣技を入手した。他の者は取るに足らない所詮はゴブリンの剣技だと笑うかもしれないが、セシリアには、彼の不屈の剣技がひしひしと体に馴染んでいた。
次はスライムキング、魔法と剣技を駆使して打ち勝った敵から手に入れた能力は<隠密>。次はコボルトキング、手に入れた能力は<敏速>、そうして無数の王を屠り、最上階で待ち受けたのは死の王。王の最期は死。その当然の事実は、セシリアに重くのしかかった。彼女はクロウのように不老不死ではない。いずれセシリアも自分の子供に王位を継承することになる。その後に待ち受けるのは生命の終わり。それは変えられない事実であり、生物のゴールでもあった。目の前の王冠をかぶった死神に顔を向ける。恐ろしい。黒い空の眼窩は直視すると魂を吸い込まれそうで、手に持った巨大な鎌は何の抵抗もなくセシリアの首を刎ねるだろう。だが彼女は、剣を抜かない。魔法も使わない。ただ死の王に向かって、無抵抗に手を広げて歩いていくだけだった。死は避けらないもの、ならば受け入れよう。死を恐れるのではなく、死ぬまでに何を成し遂げられるのか考えよう。彼女がそうして死の王に触れると、まばゆい光と共に敵は消え、目の前には一本の剣が突き刺さっていた。
豊穣の剣
死した土地を豊饒の息吹きで蘇らせ、実りと平和をもたらす剣。
その剣は待っていたかのように、あっさりとセシリアに引き抜かれた。
たとえ彼女が堕ちていようとも、モンスターであろうとも、彼女が民草を思う王であるならば、その剣は迷わず彼女を選ぶだろう。
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