ヴァルプルギスの夜
「<イグナイト>」
火炎加速の魔法を事前に用意した花火玉に使用し、擬似的に花火を打ち上げていく。
「んぐんぐんぐ、ぷはぁああ!うめぇ!」
魔法祭も終わり、残すところは後夜祭。通称、ヴァルプルギスの夜が開催されていた。
「はははは!<イグナイト><イグナイト><イグナイト>!」
ちまちまと最初は遠慮していたクロウだが、久しぶりに天仙郷で作っていた桃花酒を飲みながら誰もいない川の船の上で次々と花火を打ち上げているうちに、遠慮もしなくなり、遂には止まるところなくどんどんと打ち上げるようになった。
「<フラワーファイア>!」
いつの間にか準備されていた花火玉も全て使ってしまったので、クロウは自作魔法でもあるフラワーファイアで引き続き花火を空に打ち続けた。
「それそれそれ!あはははは!」
数時間後、魔法で少しだけ酔いを醒ましたクロウは、戻るのも面倒なので、小舟に乗ったまま夜空の景色を楽しむことにした。空では魔法で次々と生徒達が自由飛行をしており、皆楽しそうに話し合ったり魔法を見せびらかしたり、愉快な夜を過ごしている。
「はぁ~」
長い溜息をつくクロウ。このため息は安堵と安心の意味が込められている。今思えばここの所動乱ばかりで、あまり休憩を取っていない気がする。
「クロウ」
「ん?」
小さな小舟に身体を投げ出し、夜空を見上げていたクロウは、少しだけ身体を起こして首をもたげる。すると、ベルアルが小舟の縁に立っていた。
「クロウ、どう?」
「どうって?」
「現状、と言うか、今の世界」
「すごい曖昧な聞き方だな、まあ言いたい事は分かるよ」
クロウは体を起こしてベルアルの席空ける。彼女も自ずと縁から軽く小舟に降り、クロウの空けた席に腰かける。
「桃花酒、梅酒ならぬ桃酒だ」
「一杯貰おう」
度数はさほど高くない、甘い香りと味の酒。ベルアルはゆっくりと小さな杯を傾けていく。
「強くなったな、ベルアル」
「そうか?」
クロウはじっとベルアルを見つめる。その眼差しには優しく、時として苛烈だった。
「ベルアル、暫く、お前の所にいていいか?」
「!?」
杯を取りこぼし、自らに酒をこぼしてしまったベルアル、クロウはそんな彼女を見て、何か拭く物をと考えていたが、ベルアルはアイテムボックスをスクロールするクロウに思いっきり飛び込む。
「良い、クロウ、ずっとそばにいてくれ」
「ベルアル.....」
自分の胸の中で引き攣るようにむせび泣くベルアルを、クロウは優しくなでる。
「いつも似たような事を言って、結局どこかに遊びに行ってるけど、もうどこにもいかないよ」
クロウはベルアルの顔を両手で優しく包み、彼女の涙を優しく拭きとる。
「クロ.....ん!」
有無を言わさずにクロウはベルアルに口づけをする。彼女は泣き顔から驚き、そしてそのまま真っ赤になってその場に固まってしまった。
「約束、誓いのキスかな....ん!」
ベルアルも負けじとクロウに口づけをする。魔女と魔人の踊る夜、古の魔王と星々の覇者は、ゆっくりと流れる小舟に乗って、どこまでも2人で漂い続けた。




