アルイタ討伐戦その4
「<冥王の心臓>起動」
聞きなれた甲高い音と共に、クロウのMP量が指数関数的に増加していく。だが、既に戦いは始まっており、クロウはアルイタの攻撃をいなしたり躱したりしながらエインヘリアルに換装する隙を伺っていた。ステータス上では既にほぼ無敵に等しいクロウだが、自身に枷している鎖のせいで今の所アルイタとは同じくらいの実力を保っている。
「エインヘリアル起動:魔女狩りの夜」
空を覆い尽くすように夜の黒色が日中を侵食する。何もない砂漠のはずなのに、周囲は夜中の街道に塗り替えられた。
「*&(@~♪!@*#&#($~♪」
人々の歓喜の歌を歌い、大きな篝火を囲って楽し気に踊っているが、その顔に生気は無く、彼らの歌も上手く認識できない。楽し気な生者と死者の混ざる、生と死の境界が薄れたこの街で、アルイタは無限の夜道に迷っていた。
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擬似的な不死は魔王の特権と言える己の能力の1つだと思っているが、こいつの前ではまるで意味を成さない。特にこの不気味な街並みは、長く魔王として実力をつけた自身ですら、本能が生命危機の警鐘を鳴らし続けている。逃げろ、逃げろ、勝てないと。だが、どこまで走っても不気味な生者と死者が共に踊る狂う街並みが広がっているだけだ。
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死者と生者の境目が溶けだす魔女狩りの夜、クロウは青白い幽霊のようなエインヘリアルと共に、周囲の人間とアルイタを追いかけていた。このエインヘリアルの特徴はその不確定性。虚と実を入り交ぜた、古代魔女の祭日をモデルにしている。そしてこのエインヘリアル最大の特徴は、敵の恐怖が一定以上に達したとき、問答無用で相手の魂を引きずり出し、そのまま絞め殺せる点にある。
「あああ!うわぁああああ!」
おや、アルイタの精神が崩壊したのかもしれない。試してみよう。
「収魂」
クロウと同じ見た目のエインヘリアルのような幽霊が四方八方からアルイタに襲い掛かる。恐怖と驚愕に溺れたアルイタは、成すすべなくその霊魂を引きずり出され、クロウの前に連れ出された。
「特に聞きたい話もないし、そのまま俺の業に溶け込んでくれ」
アルイタの肉体は既に他の住民にバラバラにされ、スープにされたり、薪にされたり、跡形もなくなっている。
40万の業を持つアルイタの霊体は、100万を超えるクロウの業の化身にあっけなく飲み込まれた。こうして世界を騒がせた<略奪の魔王>アルイタは、クロウの業の溶け込んで、その意識が怨念と化すまで、延々と数百万の怨忌と恨念に苛まれる事になるだろう。
エインヘリアルを解除した後、周囲は再び廃墟に戻った。それと同時に、イベント終了の合図も運営から全プレイヤーへ告知される。以前と変わらず、今回も貢献度ランキング1位はクロウ。2位はチャーリー。イベント終了後、クロウはネフィリム達に帰還命令を出し、カバネの元へ戻った。
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アルイタ死亡の報告を聞き、カバネとセシリアは驚愕と歓喜の感情を顔に浮かべていた。仇敵とも言える<略奪の魔王>、神祝を受けた魔王のはずなのに、クロウはすんなりと彼を撃ち滅ぼした。カバネは涙を流して、大いに喜んだが、王宮にいるセシリアは事の不自然さを感じ取っていた。
「神祝を受けたアルイタがこんなにあっさりと死ぬ?ありえない......」
セシリアは大きく喜ぶことなく、引き続きアルイタの監視を継続せよとだけ命令を出し、アマネ経由でクロウへ連絡を出した。
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肉体も魂も消滅したはずのアルイタだが、神祝を受けた彼は一度だけこの世に再誕する神の慈悲を受けている。彼は遠く離れた砂漠の奥深くの地で空から降り注ぐ粒子を元に、再び復活した。だが、その顔に喜びは無く、今だクロウの業に囚われた霊体の恐怖と不愉快さが延々と今でも彼に伝わってくる。
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当のクロウはと言うと、カバネの砂王城で魔王討伐の祝賀会に出席していた。カバネ達と簡単に話をした後、クロウはやってきたチャーリーに連れていかれ、彼の所属するギルドの面々に囲まれて質問攻めにされていた。クロウは適当に返答し、隙を見計らってその場から退出した。
祝賀会の終わり、クロウは砂王城の裏の庭園で、月明かりに照らされながら、1人で月を見上げていた。
囲には何もないはずなのに、クロウは見上げていた視線を下ろし、じっと何もない物陰を睨みつける。暫くすると、クロウの睨んでいる場所から白いコートを着た人物が2名、両手を上げて姿を現した。
「魔導と魔王の導きを、だったか?」
クロウは彼らが何かを言うよりも先に、その言葉を彼らに言い放った。




