<色欲>の魔王ミューラン
戦場に溜まった赤い液体は惹かれるようにある程度集まると、赤い池を形成した。流石の異様にミューランの手下たちも一時的撤退し、様子を窺っている。付近の蛮族兵が池に近づくと、突如池の中から赤いワーフがその蛮族を丸呑みにした。それを皮切りに、次々と赤いワームが池の中から飛び出して、周囲の地面をまるで我が家のように泳ぎ回っている。整備されているはずの道路も、ワームが泳ぐたびに赤い水たまりを形成していた。周囲の枯れ木や砂、崩れた木で水たまりを塞ごうとしているが、巨大なワームはそんな障害をものともせずに蛮族兵達を丸呑みにしていく。そうして敗走していく兵士も次々と喰らい尽くし、どんどんと蛮族兵の数を減らしていった。
クロウはワームの内の1つに乗って蛮族兵本陣へとやってきた。彼らの本陣のテントの内の1つから、無数の歓声と嬌声が響いてくる。男性の声も女性の声も聞こえてくることから、その名に恥じぬ、色欲の魔王がいるのだろう。
「魔術刻印想起、明陽の十火」
肉体ではなく、クロウの霊魂に刻まれた魔術刻印を呼び出し、発動していく。クロウは身体中がまるで燃え上るように熱くなっていくのを感じつつ、右手を空高く掲げた。
<明陽の十火>
天罰とも言えるほどの熱量が十個の太陽を伴って空に出現する。クロウの身体も血管を伝うようにどんどんと金色に輝きだす。そうしてそのままクロウは本陣での殴殺を開始した。
***
血の池ワームは城門や城壁を守るように、再び泳ぐ方向を変えていった。本陣にいる色欲兵本隊はワームがいつ襲ってくるか分からない恐ろしさに怯えていたが、それよりも突如空に出現した十の太陽に意識を奪われた。周囲にあったはずの木々は一瞬で燃え、川は蒸発し、武器は溶け、服からも火が上がった。服を脱げば皮膚が焼け、服を着れば火だるまになる。彼らはなすすべなく、生きたまま焼かれて灰になっていった。
だが、色欲兵の中にも上位種族がいるようで、火と熱に強いサンド・リザードマンや砂漠で長年生息しているカタクス兵は大きく行動力が減少しているものの、そのまま他の兵士のように息絶える事は無かった。だが、そんな彼らにとって本当の地獄がここからだった。
「貫!」
太陽の烙紋を全身に纏った男が、烈日を背負って敵を燃やし尽くす。鋭い手刀は容赦なく生き残った敵の肉を焼きその命を灰塵と化す。神聖属性に耐性のあるミューランから生まれた親衛隊も容赦なく燃え上えり、20万を超える今回の色欲兵達も、ついにミューランだけとなった。
「プロミネンス・レーザー」
クロウはエネルギーを右手の人差し指に集める。そして烈陽のエネルギーをそのまま直線のビームとして、容赦なくこんな環境下でもまるで隔離されているように男女の艶やかな歓声の上がっているテントを両断する。
「おいおい!誰だよ俺の肉壺を燃やしたのは!?」
両断されたテントの中からは、全裸の美男と、両断された肉の塊が姿を現した。
「ておい!なんだこの暑さは、やべぇな、うわっ!?全滅してんじゃん!?お前がやったの?」
綺麗な長い赤髪に、褐色に焼けた肌、黄金比とも言える肉体を持ち、立派な一物を持っている男だった。
「服を着ろ.....」
「えー、まあいいじゃん、それで、どうしてくれんのこれ?」
「?」
「俺の兵士じゃねぇ、俺の肉壺の事だよ」
ミューランは真っ二つになった人の肉の塊を指さしてそう言った。
「知らねぇよ」
「そう、じゃあお前も加われや」
ミューランの瞳が黄金色からピンク色に染まっていく。そのままハートマークが浮かんだと思うと、クロウは一瞬の眩暈を覚えた。どうやら強力な精神汚染のようだ、クロウに取ってはあまり効果のない行為だったが、ミューランは驚いている。
「ん?効かない?」
「<魅惑>とかの精神攻撃は諦めろ、お前よりもっと強力な奴を知っているからな」
「そうか、じゃあ死ね」
ミューランは一瞬で距離を詰めて攻撃してくる。どうやらアイアンナックルと言うメリケンサックのような武器を使うようだが、クロウの身体に触れた瞬間に、液体のように溶けた。
「ぐぁあああ!」
「周りの惨状に未だに気づいていないのか?」
「何者だお前!」
「色情に溺れる愚息か」
別に目の前の男の愚息とかけたわけではないが、あまりにバカすぎて何も言えない。クロウはミューランの首を両手で掴むと、烈陽のエネルギーを注ぎ込みだした。
「ああああ!やぁああああめぇえろぉお!」
「灰になれ」
そのまま体内から燃やされたミューランは、あっと言う間に全身が灰となって死んだ。
「ふぅ....」
クロウは空に浮かぶ十の太陽を消し、同時に自身の強化状態も解除する。
「神聖魔法が効きにくいとか、効かないとかって聞いてたけど、やっぱ生き物には変わりないんだな」
魔族特攻である神聖魔法への耐性があるからどうしようかと考えていたけど、魔族として倒すのではなく、生き物として殺せば問題ない事に今回の戦いで検証できた。ワーム達に戦場を片付けさせ、時空間魔法で戦闘前に周囲を戻し、クロウは宮殿に帰って魔王達の倒し方と、この世界における核反応についての研究をセシリアに提言する事にした。




