諸国再び
天仙郷での長閑な日々も満喫したクロウは、久しぶりに外の世界へ出る事にした。瑠果が魔仙頭領として自分の地下勢力を広めている間、彼女には時々魔法で連絡を取っている。だが、いちいち魔法を使っては面倒なので、彼女には通信魔法の刻まれた指輪をプレゼントした。彼女もかなり腕の立つ部下を揃えているようで、クロウの元へ指輪を取りにやってきた運搬用の梟も、もうすぐ人に化けられる直前まで仙気をため込んでいた。
「久しぶりに諸国でも見てみようかな?」
「ホンマですか?師匠?」
「金...どうしたその口調」
「いやぁ、長く取引先と話し込んでいると、口調が移って」
「まあいいや、金、久しぶりに外の世界に行きたいから、どこか商いの馬車とかない?」
「ありまっせ、えーと、南部の越国へ炭と塩を送る商隊でいいですか?」
「おう、ありがと」
「いえいえ、もったいないお言葉」
金はお辞儀をしながらこっそり陰陽心眼鋳で鍛え上げた金目銀眼を使ってクロウのステータスを覗き見る。だが、相も変わらず見えるのはクロウと言う名前だけで、他はすべて靄のようにかすんで輪郭すら見えなかった。
(まっこと恐ろしい人....)
「じゃあ、金、よろしくね?」
「は....ひぃ!?」
金はこちらを見たクロウの両目が蛇のように変化していることに驚いた。それだけではなく、何やら生ぬるい脈打つ巨大な生物の舌に舐められたような感覚を全身で感じた。
「ふむ....肉欲に溺れるのもいいけど、場所は選んだ方がいいかも、多分、飲料と香水に細工されてるね、このままだと近いうちに死ぬかもよ」
「は、あああ、あ、ありがとうございます」
「じゃあね」
クロウはそのまま魔法で空を飛んで自分の家へ帰った。軽く支度をした後、クロウは金の用意した商会に紛れ込んで再び外の世界へと姿を現した。
商会の馬車はそのまま長閑な牧草地帯を抜け、小さな森の中を進んでいく。そうして静かで綺麗な森を抜けると、宇桓城と言う場所にやってきた。
「ここが越国?」
「そうです、越国はうちら天仙郷の重要取引先でもあり、金さんの案内でいつも越国の重要都市である宇桓城であるここの近くに瞬転できるようになってるんです」
(瞬転、テレポートの事かな?なるほど、道理で小さな森を抜けたらすぐ着いたわけだ)
「マスター、ここからどうします?」
「そうだね、ここで降りるよ、ありがとう、これあげる」
クロウは小さな袋包みを今回の御者に渡す。中にはクロウの作ったいくつかの仙草や仙薬で作った丹薬が入っている。
「おお!?これは!」
「いい、お前も仙人になりたいんだろう、危険な道だが、中には風の霊根が入ってる。うまく取り込めればお前も晴れて修仙者の仲間入りだが、失敗すれば体内から風の鎌鼬に切り刻まれて死ぬことになる」
「ありがとうございます!ありがとうございます!」
御者は何度も何度もクロウに礼を言う。最初はただ感激過ぎているくらいだと思ったが、異様なまでに感激をする御者を見て、クロウは少し不気味さを覚えた。
***
宇桓城城内、洛炎宗二番弟子、<赤槍>の名を持つ玖はその赤い布に包まれた槍をすぐさま手に取って城門の方へ向かっていった。
長年、魔修や邪修と戦う彼は同じ魔修や邪修者の臭いを嗅ぎ分けられるという。そんな彼は鼻が曲がるほどの悪しき臭いにいてもたってもいられなかった。実際、一度その臭いを認識してから、全身にとんでもない不調を感じている。自分よりもランクの高い修仙者は自分よりもランクの低い修仙者を自動的に抑圧するというが、今の彼は城門に向かうたびにまるで幼児退行しているような不愉快さも感じていた。初めて歩き方を覚えた子供のような、そんな不自由さを感じている。
***
「止まれ!」
「!?」
離れる御者に手を振っているクロウの腰に槍が当てられる。
「え?え?え??」
「貴様...魔修だな?」
「そうだけど?」
「貴様、その実力にたどり着くのに一体何人の無実の人間を殺した?」
「え?無実.....無実な人は殺したつもりはないけど...」
「嘘をつくな!臭いで分かるぞ!貴様、少なくとも数万人の命を手にかけているだろう」
「........」
「否定しないか....」
(なにこいつ?)
久しく外に出てきていなかったせいか、それとも人見知りなせいか、いきなり知らない人に武器を突きつけられて、人殺し扱いされて困惑しているクロウだった。
「大人しく同行してもらおう!」
「どこに?」
「貴様には宇桓城の裁判所に来てもらう、そこで貴様の罪を裁くとしよう」
「罪?城に入っただけで罪なのか?」
「とぼけるな!俺には分かるぞ!貴様のその両手は数万人の命を手にかけている」
「それで?」
「貴様は魔修なんだ!」
「ああ、魔法の魔修」
「な!?貴様!悪魔とも契約しているのか!?」
「???」
何を言ってももう駄目な気がする。そしてクロウは言われるまま、宇垣城の裁判所の留置所に押収された。