魔壊冥獄仙人
昼の空を冒すように、空が黒く滲みだす。青い空は黒に、白い雲は赤に侵食される。そうして空が赤黒く染まると同時に、黒い空や、赤い雲からボトリと、赤い塊が落ちてきた。その赤い塊は地面に触れると、べちゃりと地面に広がり、そのまま近くの死体や生き物を探してうごめきだした。
「うわぁ!脚が!俺のあしががががが!」
「招雷!招風!発火!仙術が!使えない!?」
蠢く肉塊に足を貪られた人間は、あっと言う間に全身を取り込まれる。そして人間を全て飲み込んだ肉塊は、その場に蹲ってもごもごと急増殖を始めた。あっと言う間に小さかった肉塊は人の背丈まで延び、そのまま人型を取り始めた。
円柱形の頭部に凶悪な牙、眼と鼻はないが耳は生えてきており、両手は鎌状になっており、背中にはハエのような羽が2対生えてきた。そのまま不愉快な音と共にぶんぶんと体を浮かび上がらせると、その場にいる全員が耳を塞ぐほどの巨大な悲鳴を上げた。
それを皮切りに、空からはより多くの肉塊がぼとりぼとりと落ちてきた。それらの肉塊は同様に周囲の人間を取り込み、化け物へと変化していった。
「(&!@^%+!」
空飛ぶハエのような化け物は容赦なく狭山家の人間を斬り殺していく。長い両手の鎌は人間をバターのように安易に切り裂いていく。そんな化け物に逃げ惑う人、勇敢に立ち向かい、無惨に死んでいく修仙者、先ほどまで一仕事を終えたように安堵していた狭山家は、今では阿鼻叫喚の悲惨な光景しかなかった。
「クラスⅧ暗黒魔法<闇癒の触手>」
「ぐああああ!うわぁあああああああ!」
「あっ、起きた」
「だ、誰?」
「だーれだ?」
「そ、その顔、は、し、師匠?」
「お、よくわかったね」
「なんで、ここに?」
「札」
「札....ああ、そういえば」
「しっかし丸焦げだな、瑠果」
クロウの生み出したハエの化け物達は予想よりも弱い生き物たちに最初は驚いていたが、今ではその弱小さに歓喜の声を上げて空を飛びまわっている。彼らは両断した死体をおもちゃのようにもてあそんだり蹴り飛ばしたりしているが、クロウはそんな中、瑠果の手当てに集中していた。
「瑠果、自分の体質については知ってる?」
「ああ、悪魔混沌体、仙気と魔気、仙術と魔法を両方使いこなせる体質なのだろう?」
「それだけじゃない、邪法と魔術も修練でき、悪魔と魔人すら屈服させられるのがお前の体質だ」
クロウは空飛ぶハエの異形を手招きすると、化け物達は従者のように恭しく飛んできた。そしてクロウと瑠果の前に降りると、そのまま頭を垂れて膝をついた。
「どうだ?お前の復讐のために、人を捨て、正道王道を捨て、魔に堕ちるつもりはないか?」
「復讐の為ならば、私は、何もいらない。ただ、力が欲しい」
「ならば、生き残ってみせろ」
クロウは上空に近代的な魔力炉を生成する。そしてそれを<魔神の御手>と言うスキルを使って、魔力炉をまるで粘土のようにこねくり回す。そうして最後には人の心臓くらいの小さな脈打つ球体に落ち着いた。
「永続型悪魔の心臓、取り込んで己の力にしろ」
クロウは脈打つ球体を瑠果の胸部へ押し込む。最初は少し拒否反応が起きたが、直ぐに球体は瑠果に馴染んだようで、彼女は先ほどまでの重体などなかったようにクロウから飛び上がった。
「師匠!?これ!?」
「七つの大罪、強欲の悪魔、マモンの心臓。その心臓は強欲に周囲のあらゆるものを強奪できるようになる。たとえ命だろうと、修練だろうと、なんだろうとね」
「なぜ傷が」
「そりゃ、生命力も強奪しているからだよ」
クロウの前で跪いていた凶悪な化け物達も干物のように干からびて死んでいる。だが、対称的に瑠果の生命力、修練の進捗、MP量などはどんどんと恐ろしい勢いで上昇し、成長している。
「おめでとう、これで瑠果は涼達に並べるだけの素質を手に入れた。後は君次第だよ」
クロウは最後に瑠果の頭をなでなですると、手刀で何もない場所を一閃する。すると、空間に大きな傷ができ、クロウはその避けた空間を手で広げて足を踏み入れた。
「じゃあね、後はがんばってね」
クロウはそのまま全員を空間の傷跡に入れると、あっと言う間にいなくなった。
「師匠.....ありがとう、見ててね」
瑠果は最後まで自分の復讐を果たすために、クロウに貰った力を使いこなすためにも、己の持てる全てを使って狭山本家の人間を1人残らず殺し尽くした。そうして自分の力を完全に使いこなせる頃、彼女は魔壊冥獄仙人として広く恐れられるようになった。
曰く、魔術と魔仙の頭領であり、悪しき法で罪人を未来永劫苦しめる地獄の審判者だと。
曰く、冥府と地獄も自由に行き来が出来、彼女が訪れた場所には生きた者一つ残らないと。
天仙郷の正道、王道が涼の率いる武青山ならば、瑠果の率いる魔悦山は魔道と邪仙達の桃仙郷と言えるだろう。こうして、クロウの最初の愛弟子は、その名を天仙郷の人々に恐れられる恐怖の存在となった。