瑠果の修行日その3
それから天仙郷では再び10年が経っていた。集落と街はそれぞれの王国を築き上げ、富と権力を手に入れた者は富豪や士族として、最初の統治者は王を名乗り、人々は自らの王に導かれ、世間の繁栄を謳歌していた。争いも起こらないわけではないが、クロウを始めとする仙人達も基本的には無干渉だった。だが、一部の仙人は王国の王と取引を行い、時には邪法に手を染め、時にはその権力を、時にはその見返りを求め、彼ら彼女らに手を貸すことが慣例となっていった。そうして、天仙郷での日々が流れていく最中、まるで時間に忘れられたように、クロウと瑠果は変わらない日常を送っていた。
「む~、あと10分....ん?」
いつもと違う枕の感触....なんか暖かいなこれ....
「おい!瑠果!お前また潜り込んだな!?」
「起きました師匠?朝ですよ?」
「知ってるよ!布団から出てけお前!」
「えー、どうしよっかな~?」
「ふん!」
優しく彼女を布団から放り出す。
「あぁん、もう」
昔とうって変わって、今の瑠果は傾国の美女になったと言える。豊満な体つきと昔とは違った優しい性格は時たま涼の門下生達を驚かせ、たまに告白される事もあるんだとか。だが彼女は修練の邪魔になると言って全て優しく断っている。
「ほら、今日は涼に呼ばれてるんだろ?早くいってこい」
「は~い」
瑠果は残念そうにクロウに朝ご飯を作っておいたと言い、自ら魔法で空を飛んで涼の元へ飛んで行った。
今の瑠果は元嬰期まで修練に成功しており、魔法の腕前に関しても五属性全てクラスⅥまで自由に行使できる。恐らくこの世界でも涼や無明達には及ばないものの、噂になるくらいの強者になっているだろう。
なんで涼が彼女を呼んでいるか分からないが、クロウは久しぶりの自分の時間のために、瑠果の作ったご飯を食べた後、久しぶりに山を下りて巷の様子を確認する。
(なんか、雰囲気悪いな...)
市井には何というか、賑やかさがなく、町の皆が下を向いていた。
(何か、怖がってる?)
クロウはいつもの果物屋の商店まで行く。店長からいつもより多めにフルーツを買って、なんとかやたらと静かな市井について話を聞いた。
「あれだよ、楓家、薬草を売っていた小さな名家の楓家が帰ってきたんだよ。10年くらい前に他所から来た黒い噂の絶えない薬師の名家に目を付けられて、罪状でっちあげられて、当時の楓家の人間全員打ち首になったって.....他所にいた楓家の面々が帰ってきて、なんでも最近は楓家の一人娘を探してるんだと」
「へー」
クロウは軽く礼を言うと、そそくさと家に帰る事にした。
***
正直、ここ数年、彼に出会ってからは幸せな日々が続いていた。もう寝床を追い出される心配もないし、食べ物を盗むために腕を折られる事もない。でも、同時に自分の目的も忘れていた。
復讐
無実の罪で処刑された父、凌辱され、汚され殺された母、奴らの玩具として死ぬまでいたぶられた幼い妹。許せない、絶対に許せない、あの日誓ったんだ、死んでも絶対に家族の無実を晴らすと
***
「師匠....お帰り」
「ただいま」
瑠果が暗い顔をしている。まあ聞かなくてもだいたい予想着くよ。
「2年」
「?」
「2年後、ここを出ていくがいい」
「な、どうして!?」
「その頃にはお前も18だろう、成人したからには、もうお前に教える事は何もない」
「師匠!」
「瑠果、お前にはやるべき事があるんだろう?」
「師匠....」
瑠果は久しぶりにクロウの前で涙を流した。そうして数日間は落ち込んでいたようだが、一週間後にはいつも通りに戻っていた。それから2年、瑠果は最後の時間を楽しむように、毎日クロウに絡んではいつもより数倍必死に修練をしていた。クロウも彼女の心の中の悲しみと決意をひしひしと感じていたので、何も言わずに彼女に合わせる。
2年後、18歳になった彼女は見違えるほどの美人になっていた。修練も金丹期を超え、元嬰期最盛、化神一歩手前と言える。荷物を自分の翡翠のバングルにしまい、彼女はクロウに最後の別れを告げていた。
「師匠、12年間、お世話になりました。私は、私の成すべき事を、果たします」
「うん、それから、これを持って行って」
クロウは一枚の札を瑠果に渡す。
「これは?」
「通告札だよ。絶体絶命の事件や状態になったら、その札を破ると良い、師匠が一度だけ助けるに行こう」
「ありがとうございます、師匠。では」
悪魔混沌体も完全に覚醒し、魔法と仙気も簡単にコントロールできるようになった彼女は天仙郷でも涼達以外敵う相手もいないだろう。早々絶体絶命なんて事もない、だがまあ万が一の為だ。
「いつでも帰って来いよ~、じゃあな~!」
剣に乗って飛んで行った瑠果を見送る。そうして彼女が見えなくなった頃、無明が虚空から現れた。
「師匠、いくつか報告が」