瑠果の修行日その1
「師匠!朝です!」
早朝からがばっとクロウの布団を剥ぎ、容赦なく直射日光を室内に取り込む瑠果。
「うぎゃああ!目が!目がぁあ!」
「いや師匠には効かないでしょ」
「あっうん、そうだけど」
「師匠!私お腹空きましたので!よろしくお願いします!」
「すげぇ飯のたかり方。図々しいにもほどがあるだろお前」
「だって私6歳ですから」
「嘘つけ絶対12歳とかだろ」
瑠果との生活が始まってから1か月。彼女の身体はクロウの近くにいるせいか、それともクロウが発散する魔気を吸収しているせいか、特に不幸な事も起こったりはせず、彼女はものの数日で回復した。今ではわんぱく小僧同様の元気さとふてぶてしさを取り戻し、こうして早朝から腹が減った、などと言って一家の主であり命の恩人であるクロウの布団を問答無用で引き剥がしに来ている。
「今日は何が食いたいんだお前」
「ハンバーグ!」
「えっ朝から?キツくない?」
「私子供ですので」
「最強の免罪符じゃん」
そう言いつつもクロウは瑠果と共に厨房へ向かい、鍋を火にかける。
「師匠、それが<魔法>か?」
「おう、お前も使えるだろ?」
「そうだけど、仙術の方が得意だ」
「お前は両方使える稀有な存在だからな。軽々しく魔法なんて使うんじゃねぇぞ?」
「分かった!」
「ほら、今日は涼の所で修業だったろ、とっとと食って早くいってこい」
「うむ!」
家の小さな覇王様は元気に大きな口でハンバーグを頬張っている。こんな小さい身体のどこにハンバーグ2枚と山盛りのごはんが入る場所があるのか分からないが、クロウは食べ終えた彼女の口周りを優しく拭って今日も涼のいる場所へ送り届ける事にした。
「ほら、飛ぶぞ」
「しゅっこー!」
クロウは魔法で仙船を起動する。金と彼の手下の開発部が生み出した天仙郷の空中移動仙器、仙船。いわゆる飛行機のようなものだ。ただクロウと瑠果が乗っているのは小型の、せいぜい4人ようの小さいタイプである。
「師匠!では今日も行ってくる!」
「あっ!おい!今から高度を下げるか....飛び降りやがったよ」
瑠果は容赦なく飛び降りる。雲の上を飛ぶ仙船から着地して、地面に小さなくぼみを作りつつその小さな姿で大きく走り出す姿は、涼の内門弟子達にとっては慣れ親しんだ姿だった。かれこれ瑠果が涼の元で修業を始めてから2週間が経っている。どうしてクロウが教えないかと言うと、どうやらクロウは仙気を吸収できないようだ。世界の創造者だから分からないが、クロウは他の人間から見たら凡人と変わりないらしい。ただ涼や無明、金は知っている。本当のクロウは<魔>帝として修仙者の頂上に到達しているし、なんなら仙気が無くても魔気、いわゆる魔素と魔法で完全に別ベクトルでの圧倒的な力を齎せると。
対称的に、瑠果は小さいながら仙気も魔気も吸収できる得意体質のようで、家に帰れば魔気を、涼の門下生と修行している時は仙気と言う、2種類の強力な力の素を吸収している。おかげで他の生徒に比べて成長は遅いが、比類なき力を手に入れている。もはや門下生達では相手にならないので、今では涼直々に相手をしている。
「兄弟子!よろしくお願いします!」
「いいよ~」
瑠果は一礼して涼と同じような構えを取った。そうして2人は肉眼を超える速度で殴り合いを開始した。
他の内門弟子は必死に動きを追うつもりで目を見張っているが、ほぼ全員彼らの残影しか見えない。
「やっぱ2人共やべぇわ」
「うんうん」
30分後、仙気も魔気も気力も完全に使い果たした瑠果が地面に倒れる。
「ま、負けました」
「瑠果、腕上げたね、この調子だと、直ぐに筑基まで行けるよ。今は練気何層?」
「32層です」
「さ、30越えだと!?」
門下生がざわめく。それもそのはず、練気は層が多ければ多いほど修練者の基本的身体能力や五感が良くなる。金は練気が100層、無明は280層、涼に至っては500層を超えているが、彼らは膨大な時間をかけている。それに比べて瑠果は数週間で既に30層を超えている。この調子でいけばもしかしたら涼を超える土台を作り上げられるかもしれない。
「上々、流石師匠の愛弟子だね」
「えっへん!では、今日も修行してくる!」
「はいよ~、昼ご飯はいつもの場所でね~」
「うむ!」
寝転がっていた瑠果は再び地面に置いてあった荷物を担ぎなおし、とてとてと彼女お気に入りの場所へ向かった。
武青山の六合目、彼女は暫く涼と手合わせを行った場所からしばらく下った後、小さな洞窟の中にやってきた。人も動物もやってこない、光茸と綺麗な池のあるこの洞窟の中は、彼女のとっておきの修練場所だった。
「ふぅ.....」
淡く光る洞窟の中、瑠果は修練を始めた。呼吸法を平坦に保ったまま、周囲の仙気を体内に取り込んでいく。だが、取り込むたびに体内に存在する黒い魔気が嫌がるので、何とか仙気を薄め、綺麗に混ざるようにする。その過程は非常に苦痛だが、灰色の魔仙気と言うべきか、その特殊な仙気は間違いなく自分に常人離れした力を齎していた。