辛王国の現状と幽燕公クロウ
***
「!(@#**&@#*?」
「)#I#*@*@(#!」
「#(&@#*&^@)!」
人型であって人ではない、黒い流動体が歪な口を開いて理解不明な音を発している。全長2mほどの黒い人型流動体は、手足をムチのように伸ばし、お互いを攻撃し合った。だが、お互いに有効打を与えられず、直ぐにその2つの物体は攻撃を止めた。
「見つけた!構えて!」
6人ほどの小さなプレイヤーパーティがその黒い生物を見つける。前衛2名、神聖魔法使い2名、シーフ2名の一般的な構成だが、神聖魔法使いはかなり高位の人物であり、教会内でも司教クラスの人物だ。
「聖槍召喚!発射!」
「聖剣降臨!」
「聖槌降下!」
神聖魔法が次々と降り注ぐ、黒い流動体は神聖魔法を喰らうたびに、悲鳴を上げ、身体から白い煙を上げているが、死ぬ雰囲気は無い。もう1つの黒い流動体も、6人に向かって攻撃を始めるが、前衛役の2人がしっかりと攻撃を受け止める。
「ぐぅ!腕が!」
「アレックス!もう少し耐えてくれ!」
「わ、分かった!」
神聖魔法の攻撃に耐えながら、再び神聖魔法の攻撃を繰り出すために、魔法の詠唱を始める。彼らは2体の黒い流動体にじりじりを後退させられながらも、何とか詠唱を続ける。
「出来た!行くよ!聖槍大k....」
「え?」
彼らが踏みしめていたはずの地面は突如消え、下から巨大な人の口のようなものが現れる。そして彼らはなすすべなく、魔法を発動する間も無く、丸ごと飲み込まれ、消えた。黒い流動体は地面に隠れて蠢く口の生えた巨大な肉の蛇のような生き物を見て、再び来た道を引き返していく。神聖魔法を喰らって煙を上げていた生物も完全に傷が癒えたようで、戻りながら再び横にいる生物とお互いを攻撃し合った。
旧辛王国領、通称、<地獄の肉巣>
クロウが生み出した肉球を止められる者はおらず、肉球が辛王国に残ったありとあらゆる生物を飲み込んで成長したせいで、肉球は辛王国に根を張り、その肉の触手をついに辛王国全域に伸ばした。並みの軍隊やNPCだけでは相手にならず、肉球だけではなく触手の範囲内からも次々と肉の生物が生み出されている頃には、火で焼くだけでは増殖する彼らを止めることはできなくなっていた。そうして辛王国の隣国を始めとする諸国は強力なプレイヤーに辛王国の異形生物を倒させるために、それらに報奨金をかけたが、死に戻りしたプレイヤーは皆、「地獄だ!二度と行きたくない」と言い、誰も旧辛王国領に行きたがらない。そのおかげでみるみると肉巣は範囲を広げていき、悪魔族と肉腫族の住まう地獄と化したのだ。
「あら、いい調子ね、いつまで持つかしら」
クロウの影に潜んでいたリリスが地面奥深くに埋まっている肉球の影から出現する。リリスはクロウに召喚されてから、たびたびメルティの指示でクロウの手伝いをするように言われている。最初は恐ろしくてできてば近寄りたくなかったが、実際にクロウのそばでは良い事尽くしだった。他の地獄侯爵や冥界貴族のように傲り高ぶることもないクロウの態度は、リリスにとっては非常に心地よかった。また、クロウが辛王国に出現させた肉球の支配権をリリスに渡した事で、肉球や肉球から生み出された存在もあり、彼女の業も1万を超え、無事に上位魔族であるノーブル・サキュバスに進化できた。
「うふふ、クロウ様、私の、理想のお方♥」
リリスは肉球のコアに腕を入れ、肉球のため込んだ業や能力を吸収する。肉球の生み出した生物は、本能的にコアである巣に死体を運んでくる修正があり、その肉巣も死体を吸収する事でコアに死体の持っていたスキルや魔法を貯めこむ事ができる。そうしてため込んだ能力は支配権のある者にしか吸収できず、この場合だとリリスが全て吸収していた。
「おや、神聖魔法、神性もいくつか....なるほど、特効に気づいたようですね」
リリスは少し惜しむように溜息をつくと、再び影に潜り、クロウの元へ向かう。影の中、光無き影の世界の中で、もっとも黒く、最も穢れてた、最も恐ろしい影がクロウの影だ。リリスはクロウの影を素早く見つけると、素早く影の世界を泳ぎ、クロウの影に潜り込んだ。
***
「あっ、リリスお帰り」
「ただい....ごほっ!ぶえっくしゅ!」
「うおっ、豪快だな、わりぃ、新居の掃除してるんだ」
時間は夜、流征はクロウに燕国での名家、もしくは将軍として知っておくべき事を色々教えてくれた。それだけではなく、流征自身も今代国王の4人目の息子であり、己を磨くために自ら兵営で一からやり直していたんだとか。
「辛王国の方の件ですが...」
「おう、聞くよ」
「クロウ様、なぜ清潔魔法をお使いにならないので?」
「うーん、気持ち的に魔法は表面上でしか綺麗にならない気がしてな」
「な、なるほど。ごほん、では報告を」
クロウはリリスの報告を聞きつつ、汚れた場所を綺麗にしていく。報告自体は簡単に要点良く終わったので、最終的にはリリスも掃除を手伝ってくれた。
夜
「<清潔>!」
クロウが強力な清潔魔法を邸宅全域にかけて、ようやく基本的な掃除は終わった。掃除しながら大まかな屋敷の構成は把握したので、後は離れに作業台を作って、屋敷に合わせた模様や雰囲気の家具を作るだけだった。
「リリス、手伝ってくれてありがとう、えーと、サキュバスへのお礼...?精気でも吸う?」
「!?」
リリスが一瞬、クロウの言う通り吸ってしまおうかなと思ったとき、彼女はクロウの目の前で己の影に落ちた
***
「リーリース?」
「すいませんすいませんすいません!!」
リリスは大きな玉座の上に座っている人物に頭を下げている。
「良いリリス、これはサキュバス族全体にも何度も言ってるけど、あのお方の精気はダメよ。業が高すぎて、並みのサキュバスが吸っては快楽で脳が焼き切れるわ」
「メルティ様、それ何度も言ってますけど、本当なんですか?」
「本当よ、強力な快楽耐性と高揚耐性を持つ私が.....くぅ....♥....彼の事を思うだけで我慢できそうにない...」
「うわぁ...」
「ごほん、そう言う事だから、分かった?絶対に好奇心に負けちゃダメよ?」
「う~んそう言われるとm....」
少し冗談を言うつもりだったが、メルティの本気の殺気に当てられて、リリスは大人しく頭を下げる事しかできなかった。
***
「リリス、トイレかな?」
久しぶりに外に出したスケルトン・ワーカーとスケルトン・クラフターと共に、クロウは作業台で屋敷専用の家具を作りつつ、急に消えたリリスの行き先を考えていた。




