北陸三か国統一戦前夜
翌日、燕章と流征は耀幽侯としてのクロウと話を始めた。芝崎城城主も1年前に比べて10倍以上税収に毎晩笑いながら寝ているという。税収の種類は多いものの、特に住民が苦しんでいる様子はなく、むしろ低税率にみんな喜んでいるという。税収についてもクロウが改革したのが功を奏し、幾国には以前より2倍近くの税収を、残りは城主とも相談をし、燕国に密かに流し込んでいる。1年近くかけて城主は既にクロウに付き従っており、実質的な芝崎城の主はクロウとなっている。
「クロウ、蜂起の時間だ」
「おま、朝からなんて言う事を」
「何言ってんだ、実質的な城主はお前だろうが」
「まあな」
「それで、どれだけの兵力があるんだここには?」
「50万」
「ぶっ!」
「うおっ!こっちに飛ばすんじゃねぇ!」
流征がクロウに向かって飲んでいた茶を吹き出す。
「常在兵力50万、予備役が約100万、後方部隊が30万人ほどだな」
「正気かお前、ここの城にいる人だけで国を落とせるぞ」
「もちろん」
豪邸の召使いはクロウ達に新しい茶を持ってきた。
「いやだが、どこにそんな数の人間が」
「お前らがここにやってくる時、石畳になっている道路があっただろう?」
「ああ」
礼儀として流征と燕章は芝崎城に来る前に、幾国の宮殿がある首都にまずは立ち寄った。そして首都から芝崎城へ向かう、道、つまり幾国の中央から東の端までの道は全て石畳になっていた。
「石畳がある地域は全て俺の人間だ」
今度は流征と燕章達が茶を飲むための小さな茶器を取りこぼしてしまった。
「あち!あち!」
「おい何してんだよまったく」
クロウは近くの者に布巾を持ってくるように言った。
「まあ宮殿内にはそんなに多くの人間は送れなかったが、幾国はもう形骸化していると言ってもいい、同時に隣の梧国からも延々と逃亡兵がやってくる。梧国は知らないようだが、梧国の兵士の間ではもう噂になっているんだとよ。軍功を上げれば隣の国の極楽浄土に行けると。まあ俺からしたら訓練の手間が省けて助かるよ」
「今、心の底からお前が敵じゃなかった事を喜んでる」
「当たり前だろ、お前らがいなけりゃ俺はこうしてここで茶を飲む事も出来てねぇ、恩人だよお前らは」
(スキャン)
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名前:燕流征
武力:110
知力:100
政治力:75
統率力:105
魅力:80
特性:天弓王将
スキル:天性の怪力、鷹眼<弓の精度+60%>
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名前:燕章
武力:108
知力:96
政治力:80
統率力:102
魅力:84
特性:天槍王将
スキル:天性の怪力、虎胆<戦闘時、デバフを受けない>
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(やっぱこいつらも程よくチート野郎共だよな)
クロウは彼らのステータスをスキャンし、自分のアイテムボックスから自分の鍛え上げた部隊の指揮権でもある軍令符を取り出した。
「流征、お前には俺の<幽弓隊>を渡す。1万人ちょっとしかいないが、弓と暗殺、それから毒殺なんかならなんでもできる。自由に使ってくれ」
髑髏と弓矢がそれぞれ重なったその鉄のアクセサリーのようなアイテムは、流征の手に渡った。
「燕章、お前には俺の<鬼槍隊>を預けるよ。10万人いる騎槍隊だ、うちの精鋭の一つでもある、大事に使ってくれよ?」
燕章には鬼面と槍が重なった鉄のアクセサリーのようなその符は、燕章の手に渡った。彼らはそれを受け取ると、朝飯をかきこみ、早々にそれぞれの兵営へ向かった。
***
泣き顔を浮かべた鬼の仮面をつけ、無音靴に強靭な短弓、それから毒の付いた短刀を腰に差し、一列に兵営で流征を待つ兵士達が経っていた。全身隅から隅まで服で覆われており、要所のみ薄くて軽い鎧に覆われている。
「幽弓隊、整列」
いつの間にか流征の後ろから、1人の男が現れた。彼の声は決して大きくは無いものの、その場の全員に聞こえるほどには低く響いた。
「初めまして、将軍、幽弓隊統括の逆鉾です。軍令符を拝見してもよろしいですか?」
流征は言われた通りクロウに渡された符を見せる。
「拝見いたしました、幽弓隊総勢1万人、御身のために動きます」
1万人の鬼哭面をつけた男たちが一斉に跪く。流征はこれほどないまでに、次の戦が楽しみになった。
***
***
鬼槍隊の兵営に足を踏み入れた瞬間、燕章はぞっとするような殺気を感じた。長年の戦の経験から、戦場で敵に向けられる殺気と言うものは自ずと感じられる。だが、この兵営に漂う殺気は、自分に向けられているというより、自らにじみ出ているようだった。
「何者だ」
大の大人が首を上にもたげないと顔が見えないほど巨大な赤い馬に乗った男が現れた。彼は怒った鬼の仮面をつけており、その後ろにも同じような大きな馬に乗った槍の使い手が燕章を囲むようにぞろぞろとやってきた。
「俺の名前は燕章、九郎殿から君達鬼槍隊の指揮権を渡された」
燕章はそう言いつつ、クロウに渡された軍令符を高く掲げる。筆頭の男はそれを見ると、男は再び口を開いた。
「クロウ配下鬼槍隊10万人、今より貴殿の指揮に下る」
筆頭の男はそう言うと、再び馬を手綱を引き、戻っていった。
***
「九郎!」「クロウ!」
「うわっ!なんだお前ら」
戻ってくるないなや、どたどたと走りこんできた流征と燕章
「本当に貰っていいのか?」
「え?」
「お前の兵士共だよ」
「貰うっていうか、貸すだけだぞ」
(そうそう返せだなんていわないけど)
呑気にお茶を啜るクロウ
「クロウ!話の続きだ!いや、とりあえずこの部隊達を連れて一度燕国へ帰る、ここの蜂起は早める!!」
流征と燕章将軍は急いでクロウの預けた兵士を引き連れて燕国へ戻っていった。一週間後の早朝、クロウは燕国の密偵から手紙を受け取った。内容を見てみると、今晩の夜遅くに燕国は幾国への攻撃を開始するという。そのためクロウが攻撃と同時に芝﨑城を中心に武装蜂起、芝﨑城と燕国の2方向から幾国王宮に向かって攻撃を開始するという。それと同時に燕章将軍と流征将軍は獅国への攻撃も開始するという。
「2正面同時作戦?」
燕国は確かに豊かな国だが、人口が足りていない。前線の兵士が飯を食い損ねるような事が起きては、作戦など意味を成さなくなる。そこらへんは分かっているのだろうか....
「まあいいか」
クロウは城主の部屋を訪れる。彼はクロウを見ると嬉しそうに駆け寄ってきたので、彼には今晩蜂起する事をあらかじめ伝えておく。彼はそれを見ると、すぐさま手下に指示を出し始めた。
***
「今宵は暗いな....」
その夜、クロウは自分の豪邸で、城主と共に外の景色を見ていた。今晩は月のない夜、街灯も既に消しており、よほど訓練された者ではない限り、こんな深夜の中では道を歩くのも大変だろう。
「幽鬼隊、報告しろ」
「はっ!既に芝﨑城城内及び城下町に潜む幾国の監視役は全て始末しました」
以前に西部王国大反乱の時に使用した通信魔法の魔術刻印を、石や宝石にではなく、部下の首に直接刻むことで、彼らは皮を剥がれない限りクロウとは魔術刻印に魔力を通すだけで会話ができる。魔力と通している間は声を出さずとも心の中で念じるだけで会話ができるので、とても便利だ。もちろん、いつでもクロウからの指示を受け取るために、普段は本人の極微量なMPを消費して待機状態にしている。
「良し、そのまま我々の影響範囲内全ての監視を始末しろ、行動開始だ」
「は!」
クロウは城主と共に馬に跨る。城主は普通の馬だが、クロウの馬は特別なモンスターの一種だ。
<幽霊馬>
精霊体を持つ馬であり、所有者だと認めた者しか騎乗できないその特殊は馬は、一切の物理攻撃が効かない。魔法攻撃もただ馬のエネルギーに換算されるだけで、騎乗者を殺さない限り神聖魔法でも死なない。クロウはそんな薄青色の馬に跨り、50万の兵と共に芝﨑城から出陣した。