燕国緊急事態と捕虜達への懐柔策
「しょ、将軍!緊急事態です!」
「どうした?」
捕虜となった約10万人の兵士の処遇を話し合っていた燕章将軍の元へ、伝令兵が緊急事態を告げる。
「燕国後方の同盟国である獅国が反旗を翻し、総勢6万人で現在燕国に侵攻を開始しています!既に城は3つ落とされました!」
「なんだと!?」
これには十五も燕章将軍もびっくり。
「クソが!」
燕章将軍は怒りの余り、地図を開いていた机を丸ごとひっくり返した。
「将軍!十五!急いで全兵を率いて戻ってください!」
「しかし!それでは城が!」
「国が落ちるのと城を失うの!どちらが重要なんですか!」
クロウは将軍であることも構わずに、彼の鎧を掴んで真剣な顔でそういった。
「分かった!すぐに全軍に出立用意をさせろ!10分後に出る!強行軍だ!」
「はっ!」
十五を始めとする全ての千人長百人長は素早く各々手下の兵士達を整える。クロウだけは燕章将軍に残るように言われた。
「今すぐお前の軍功を清算する事は出来なくなった。だが、獅国の阿呆共を叩きのめしたら、お前の将軍の位を取り合ってみる」
「ありがとうございます」
「ああ、それに加え、もしお前が捕虜を説得し、全て俺たちの兵に出来たならば、俺のできる範囲で1つだけ願いを叶えてやる」
「お?」
「話はそれだけだ、じゃあな」
「ご無事で」
燕章将軍はそれだけ言うと、その姿を翻して、用意された馬に跨った。
「時間だ!行くぞ!」
将軍はそれだけ言い、燕国へと戻っていく。クロウ的にはぜひともなんとかしてほしい、折角昇格できると思ったのに、国が無くなっては昇格どころじゃない。内心で将軍の勝利を祈りつつ、クロウは梧国の捕虜達の元へと向かった。
「お前ら、腹減ったか?」
「殺せ!生きながら恥をかくくらいならいっそ殺せ!」
捕虜代表の人らしき存在がクロウへ騒ぎ立てる。
「なぁお前ら、なんで軍隊に入ったんだ?」
「黙れ!殺せ!」
「お前らも、腹が減ったからじゃないのか?」
クロウは決して怒ったりせず、ただ淡々と彼らに問いかける。
「俺も分かるよ、小さい頃、俺は貧しかった。3つの時に、一番上の兄ちゃんが死んで、6つの時に親父が飢え死にした。10の時には弟が死んで、俺は14の時に木の皮を食って死にかけた」
もう騒ぎ立てる梧国の兵士はいない。なぜなら、多くの兵士はクロウと同じような貧困を味わったことがあるからだ。
「だから俺は家を飛び出して、軍隊に入って、少ないながらも、少なくとも腹が満たせるようになった。だがお前らはどうだ?梧国の兵士として、お前らは、腹が満たされたか?」
満たされるはずがない、略奪と侵略でしか国を運営できない彼らが腹いっぱい飯を食えるなら、こんな風に命を投げうって戦場にでる必要もない。
「なあお前ら、燕国に入らないか。俺が、俺達がお前らを腹いっぱい食わせてやる。嘘は言わねぇ」
クロウはそう言って、懐に手を伸ばす。そうして事前に作ったまだあったかい、質素な塩おにぎりを取り出した。そのおにぎりを先ほどまで騒ぎ立てていた梧国の兵士に渡すと、彼は震える汚れた手で、一口そのおにぎりを食べた。ゆっくりと、味わうように食べる彼は、溢れ出る涙に顔を濡らしながら、一口一口、涙も鼻水も構わず、啜り泣きながらもおにぎりを頬張った。
「うぇええええん!おっかちゃあああん!アニキぃいいいい!」
騒ぎ立てていた兵士が大きな声で泣き出したのを筆頭に、残った10万人の兵士も、我慢できずに涙を流す。クロウはそれを見て、自分の手下である100人に大きな鍋で炊き出しをするように言った。今この城にはクロウ達100人と捕虜10万人、それから城下町に住んでいる住民しかない。
「もしお前の家族がまだ生きているなら、俺はこの城でお前達を歓迎する。確かに俺達は敵同士だったが、根っこは同じだ」
クロウは牢屋の扉を次々と開けていく。そして彼らに外に出るように言った。
「ここから出ていきたいものは出ていけばいい。お前達が梧国に戻って辛い生活をしたいなら俺は引き留めはしない。だが、できる事なら俺はお前達が一度国に戻って、家族を連れて再びこの城で会えることを願っている。その時は、また一緒に飯を食おう」
そうしてクロウは手下の弓兵達に、梧国の捕虜達に飯を食わせるように言った。捕虜達は暴動を起こす事も、暴れまわる事もなく、素直にクロウの手下達の指示に従って、1人ずつ炊き出しに並んだ。
巨大な鍋で作るおかゆ1杯、焼いた豚肉2枚。
「おかゆはおかわり自由だ。好きなだけ食ってくれ」
捕虜たちは大きな器を受け取り、おかゆと豚肉を受け取っていく。他の捕虜もおかゆを飲みつつ、豚肉を食べて大いに涙を流した。質素なおかゆに塩味の効いた豚肉は、長年の飢餓に苦しんだ彼らにとっては甘露に変わりなかった。
「城門は既に開けてある。このまま残りたいものは俺の部下に知らせてくれ。城内にある空き家をプレゼントしよう。もちろん、国に戻りたい奴らや家族を連れて戻ってきた奴らも部下に知らせてくれ!梧国に戻る奴らには多くはないが路銀を用意する。家族を連れて戻ってきた奴らにも、家族と共に住めるように大きな空き家を様子するのを約束する!」
クロウは大きな声で食事をしている捕虜達にそう言うと、部下に城門を開けるように言い、残りを任せた。捕虜達もそれを聞くと、綺麗におかゆと豚肉を食べ終え、クロウの部下に泣きながら頭を下げて感謝を述べた。そのまま芝﨑城で過ごすことを決めた兵士達は、クロウの部下に名前を告げ、綺麗な服とある程度の食料を受け取り、そのまま後方の居住区に入る。1度国に戻ると決めた捕虜達は、必ず家族を連れて戻ってくると、聞いてもいないのに、後ろに立っているクロウにも聞こえるような大きな声でそう言った。そうして少量だが不自由はしない程度の路銀を受け取ると、彼らは城門から出ていった。
その夜、捕虜10万人の内、2万人はそのまま城下町で生活を始めた。8万人は梧国へ戻ってしまったため、暫くはこの2万人をどうしようか考えていた。




