下っ端クロウ
大旗城を離れてから数日、クロウはランダムテレポートというスキルを使い、新大陸のどこかの場所へランダムにテレポートし、そこで適当に商人か旅人としてぶらぶたしようかなと思っていた。だが、テレポートした先はどうやら徴兵所のようで、近くの兵営にかかっている旗を見てみると、そこには<燕>と書かれてあった。
燕国は新大陸北部の小国家の1つで、旧燕州に生き残っていたいくつかの貴族が復国を掲げて立ち上げた国の1つだ。以前にクロウが均しただけあり、ここ燕国はその自然資源の豊富さから、辛王国に比べて非常に豊かな国だと言える。他にも燕国は旧燕州内の他の国とも同盟を結んでおり、その北陸三か国同盟の中でも最も豪商と自然資源の多い燕国が自然と筆頭盟主となっている。
「次!前へ出ろ!」
「あっはい!」
周囲の人より少しみすぼらしい服に着替えておく。
「名前は」
「クロウです」
「九郎?どこの家の出だ」
「家.....家?」
しまった、そこまで考えていなかった。適当に作り話で誤魔化すか。
「おっかさんは飢えて死にました。おっとさんは賭場の人殴られて死にました。家はありません」
「そうか.....すまなかった。志望する兵科はあるか?槍兵、剣士、弓兵、盾兵」
「弓兵でお願いいたします」
「分かった。九郎、弓兵として登録しておく、弓兵営は向こうにある。そこで訓練に加われ」
「はい!」
クロウは支給された弓と矢、それから矢筒と受け取り、弓営の方へと駆けだした。
「お、新入りか!よく来たな」
「よう新入り、俺は百人長の十五だ。おっかさんの十五人目の息子だから十五だ」
「は、始めました十五さん!じ、自分はクロウって言います!」
「おう、よろしく、お前は九番目か」
「そうです!」
大嘘である。クロウは一人息子だ。
「よしクロウ、少し待ってろ、他の百人長も連れてこよう」
十五はどこかへ駆け出すと、他に4人の人間を連れてきた。
「お前ら、こいつは新入りの九郎だ」
「おお!新入りか!久しぶりだな!」
「よう九郎、俺は百人長の三虎」
「同じく鹿六」
「俺は十二」
「俺は猿七だ」
十五、三虎、鹿六、十二、猿七の五人が弓営の百人長、つまりこの弓営には500人しかいないわけだ。
(少なくない?)
弓兵は古代の戦場では遠距離攻撃手段となる。現代で言うスナイパーに匹敵するはずの貴重な兵科のはずだが、どうして...
「おい十五!新入りが入ったんだってな?」
「お!助八!よぉ!お前んところはどうだ?」
「今年はまあまあだな、ざっと500人ってところだ」
「おお!いいじゃねぇか、九郎、紹介する、こいつは盾営の千人長、助八だ」
「千人長?、は、初めまして」
「おう、助八だ、お前が新入り弓兵の九郎か、万年人員不足の弓営に新入りとは珍しい、しっかりやれよ?」
助八は身長180を超える大男で、背中にはその背丈を超える大きな鉄の盾を構えている。腰には流星槌を身につけており、その歴戦の顔と佇まいから、彼が千人長に任命されたのはその実力からであると伺える。
「十五、話によれば来月に山賊狩りだ。蓬莱山の方だ」
「またか、分かった」
「恐らくそんなに多くの人間は出さない、多くてせいぜい20人か30人だろう」
「了解だ、弓営からは3人ほど出しておくよ」
「よし、ならいつも通り盾営からも護衛を出しておく」
「助かるぜ」
クロウは2人の会話を聞きつつ、横にいる猿七に燕国の戦争について聞いた。長い話だったのでざっとまとめると、燕国は豊富な資源があるが対照的に人口が少ないでの、燕国の騎槍兵は非常に優秀であると言える。槍兵の中から特に秀でている者と騎兵の中から特に秀でている者を毎年選び出し、彼らを騎槍営と言う兵科に纏める。高機動で槍を振るう彼らは、敵の陣地を崩し、数万人の敵陣から相手の大将を打ち倒す精鋭中の精鋭であり、燕国の誰もが羨ましがる兵科の1つとも言える。
少数精鋭の騎槍兵を先鋒に、前方から盾兵、その次に槍兵、そして剣士、最後に弓兵と言う、オーソドックスだが、安定した軍隊構成となっている。だが、騎槍兵を除く一番人気は槍兵、そして剣士、盾兵、最後に弓兵だ。軍功がそのまま昇格に繋がっているこの燕国では、もっと敵を直接攻撃できる槍兵や剣士が人気であり、最初に弓を撃ち尽くして、後は最後に敵に斬りかかる弓兵は、一番人気がない。それに弓を引くのには並外れた力も必要で、戦場に出るには最低でも100m矢を撃ちだせるほどの弓を引けなればいけない、それにより例え弓兵になったとしても、なかなか軍功を上げられない事から、多くの人はすぐに槍兵や剣兵に転科してしまう。その結果、弓兵は毎年毎年人員不足に陥っているのだ。
「分かった、ありがとう」
十五が話を終え、早速戻ってくる。
「よしクロウ、お前は俺の部隊に入れ、早速訓練だ、いくぞ」
「はい!猿七さん、お話ありがとうございます!」
「おう、頑張れよ」
***
十五の訓練は弓営の中では各段厳しい方だ。他の百人長に比べて、彼は数倍の訓練量を部下に要求している。それは彼が訓練で汗を流せば流すほど、戦場で流す血が少ないという事実を理解しているからだ。午前はひたすら筋トレをし、特に上腕や体幹を中心に過酷な訓練を施す。昼食には許す限り必ず全ての兵士に肉を食わせ、短い仮眠の後に体力作りをする。走り込みだけではなく数多くの筋持久力を鍛える訓練もする。筋トレは毎日は行わず、隔日で行われ、筋トレを行わない日は弓の訓練をしている。100m、200m、300m、400m、そして500mの的が用意され、それぞれ100mから始まり、10本連続で的の中心に矢を当てる事が出来ればより遠くの的で練習を行える。
クロウは既に並外れた筋力を持っているため、筋トレや体力作りは常に1位の成績を収めていた。支給されている弓は普通の弓であり、百人長達が使っている弓より大分弱かった。だがクロウの腕力では100mの的に連続20本を的の中心に当てるのが限界だ。なぜなら弓がクロウの腕力に耐え切れられず、へし折れるからだ。
訓練を始めてから2週間、クロウは同じ一兵卒の他の弓兵達にも兄貴と呼ばれ始めた。なぜならクロウは訓練で遅れている兵士を決して見捨てたりはせず、肩を貸して最後まで体力作りの走り込みを一緒に負えたり、弓で困っている兵士がいれば惜しみなくコツや方法を教えたり、それを見ている十五は自然と彼は百人長になる素質があると気が付いた。
***
蓬莱山の足元にて、クロウは他の兵士と共に山賊討伐に来ていた。豊かな燕国だがそれは名家や豪商だけであり、一般人や農夫は未だに改善されない苦しい生活を送っていた。そんな彼らも他国の武装蜂起に影響され、思い切って豪商から武器や食料を奪い、山賊へ成り下がった。
「それで九郎、どうする?」
今回の山賊狩りに参加したメンバーは多くが新兵であり、中でも旗女村の時に山賊狩りをしていたクロウは経験があるということで、今回の指揮を任されていた。だが....
「弓兵風情が、引っ込んでいろ」
槍営の新兵の中でも最も優秀な、豪商の息子である将騎と言う人物がクロウの言うことを全て無視して、指揮者に成り代わっている。
「我ら誇り高く燕国の軍隊が山賊ごときに何を恐れるか!九郎!とっとと探してこい!」
「どこを?」
物凄くアバウトな命令をされた。と言うか監視役である助八がこっそり俺達を後ろから見ているって事に気が付いていないのだろうか。よくよく見れば十五もいる。
「知った事か!それは斥候である貴様が考えるべき事だ!」
「えぇ....」
渋々ながらもクロウは大人しく1人で探しに行くことにした。山賊がどんな構成でいつ出没するかも分からない今、とにかく足跡や野糞の痕跡から探るしかないだろう。もちろんスキルを使ってもいいのだが、折角だからクロウはスキル頼りではなく、プレイヤースキルを磨くことにした。数十分後、クロウは足跡を辿って山賊の住処を見つける。木々を切り倒し、結構立派な柵を作り上げており、木を登ってみてみると、少なくない山賊がそこにいた。彼らは旧坑道などを根城にはしていないが、簡易ながらきちんとした櫓、見張り、少なくない弓や武器がある事から、この山賊の頭領は頭のキレる人物だと思われる。大方の位置と人手をメモし、クロウはバレる前に元来た道を引き返した。




