辛王国武装蜂起
翌朝、長閑な朝と鳥の鳴き声が自分を起こしてくれると思っていたけど、外から聞こえてくるのは、豪火と悲鳴と建物が崩れる音だった。
「おいおい、マジかよ」
梨々花の話によれば蜂起は今日の夜だったはずだが?クロウは部屋の窓を開けて外を確認する。
「ひゃっはー!全部持ってけー!」
遠くの大きな城門は既に開いており、外から途切れなく反乱軍の兵士が流れこんでくる。
「いやぁ!助けて!誰か!」
反乱軍、蜂起軍、辛王国の圧政に抵抗する者、大義名分はあれど、彼らの実際の行いを見ていれば、旗女村を襲った山賊との違いは、クロウには分からなかった。
(悲しいなぁ)
「お客さん!お客さん!暴動です!早く!早く逃げ....」
「おっ!ええ嬢ちゃんがおるやないか、お前ら!連れてけ!」
「ああ!嫌!放して!嫌!」
クロウはドアを開けて助けに行こうかと思ったけど、1人助けた所で他にもクロウの助けを必要とする人間は大旗城にいる。ここだけじゃない、17か国に分裂した今、いったいどこに安寧があるというのか...
***
「おい!誰かここにいるのか!開けろ!」
反乱軍がクロウのいる部屋を荒々しくノックする。
「アニキ!開けちゃいましょうぜ!」
「おらぁ!」
思いっきりドアに蹴りを入れる。木造と和紙の綺麗なドアだが以外にも大きく揺れるだけで、開く気配はなかった。
「おらぁ!この!クソ!」
最終的には剣を抜いてドアを叩き斬る。中に飛び込んでみると、中には大量の金貨が置いてあった。
「おひょー!お前たち!見ろ!」
ベットの上には山のように金貨が積まれており、反乱軍はそれを見ると我先に金貨へ飛び込んだ。
「うひゃ!ははは!金貨だ!金貨だ!見ろ!こんなに!」
無数の反乱軍が金貨を両手に抱え、錯乱したように只管金貨を掬いあげてはその量に喜びの声を上げているだけだった。
「あははは!あははははは!あはははははは!」
<白昼夢>
中位モンスターであるリリスの使う<魅惑>スキルの1つ。太陽が出ているときのみ使えるスキルで、精神力の低い相手を死ぬまで行動不能の白昼夢に陥れる強力なスキルである。
「<吸精>」
「あはは!金貨!きん....か!き.....んか.....」
金に目のくらんだ反乱軍はあっという間に顔面蒼白になっていく。容赦なく命の最後の一滴まで吸い尽くしたリリスは、皮と骨だけになった反乱軍6人を他所に、窓から外で歩いているクロウを恍惚とした眼で見つめる。
「愛しい、我が主....♥」
***
「ごほっ!ごほっ!うぅえ!」
昨日まで賑やかだった城下町は火と煤、そして灰と煙で包まれいた。昨晩の焼き鳥を買った屋台は踏みつぶされ、先ほどまで寝ていた酒館はあっという間に破壊された。綺麗な居酒屋や被服屋からは女の悲鳴と男の野太い歓声が上がっている。それに加え、従業員を斬り殺し、血の滴る剣を手にしたまま、店から奪った酒を飲んでいた。
「はははは!城主は死んだ!野郎ども!もう誰も俺達を止めるやつはいねぇ!お前ら!好きにしろ!」
城主らしき存在の首が城の方から戻ってきた兵の手にぶら下がっていた。彼はその首を城下町にいる反乱軍の頭領らしき存在に渡すと、彼は首を受け取り、ツバを吐きかけて地面に放り投げた。
「けっ!このクソ野郎が、お前ら!こいつの首はそこらへんの犬に食わせておけ!」
クロウは今、潜伏スキルで隠れているため、恐らく強力な反潜伏スキルを持たない限り、誰にも気づかれることはない。クロウは廃墟になったこの城下町から、人を2人探していた。城下町に来る時に馬車で少し話をしていたあの親子だ。
「おい!バカ!力入れすぎだよお前!死んじまったじゃねぇか」
「うるせぇな、しょうがねぇだろ!こいつもいい歳してんだ、遊べただけマシだろ?」
「まったく、じゃあお前代わりの女探して来いよ」
「分かったよ、しょうがねぇな」
彼らの会話からクロウの背筋に悪寒が走った。急いで声のする方へ走り出す。適当にそこらへんから拾った剣を使って、話していた男2人の首を跳ねて死体の方へ向かう。
「お前....どうして」
テーブルの上で男達に無残に服を破られ、汚されて、顔中がボロボロになるまで殴られた女性が股を開いて死んでいた。クロウは無残になってなお、その顔を覚えていた。一番会いたくない状況と場所で、一番会いたかった人に出会ってしまった。馬車で話したあの親子の母親だ。
(......)
クロウは彼女に<清潔>の魔法をかけ、綺麗な服に着替えさせ、彼女の遺体を棺に入れてアイテムボックスにしまう。生きたNPCやプレイヤーはアイテムボックスにしまえ無いが、死んでいればそれは<死体>と言うアイテムになる。クロウは泣きそうな気持ちを堪え、彼女の娘を探す。小さな女の子だが、きっとどこかに隠れているだろうと心から願っている。
だが、そんなクロウの思いも、彼が立ち寄った壊れた住宅の裏で泡沫に帰すだけだった。
「どけ!邪魔だ!失せろ!」
潜伏スキルが解除するのもお構いなしに声を張り上げ、小さな死体を食んでいた野良犬達を追い払う。小さな子供特有の、その愛らしい手には、いつしかクロウのあげた小さな旗が握られていた。
クロウはなりふり構わずその遺体に駆け寄る。愛らしいその顔は半分以上を犬に食われ、目玉は鴉に啄まれ、腹部も胸部も、引きずり出されるように無残に食い散らかされていた。クロウはなりふり構わず、悲惨な声と共に小さな彼女の腸や肺を必死に元あるべき場所へ戻そうと、震える手で必死に掴んで彼女の体内へ詰め込む。
「ああああ!ああああああ!ああああああああああああああ!」
ついに耐え切れなくなったクロウは大声を上げて涙と共に彼女を抱きしめる。己へのダメージを無視しながら必死に使えない<神聖魔法>の<ヒール>を使う。白い光がクロウと小さな女の子を包むが、クロウは全身を焼き尽くすような痛みも構っていられないほどの勢いで必死に彼女を復活させようとする。<悪魔系>の復活術を使えば彼女を生き返らせられるが、その時は彼女を悪魔にしてしまう。そうなってしまってはもう彼女は彼女とは言えない。
「<ヒール>!<ヒール>!<ヒール>!<ヒール>!」
自分のHPがどんどんと減っていく。だがクロウは死なない。並みのアンデット系やデーモン系の存在ならば、とっくに死んでいるはずの神聖魔法だが、クロウは肉体的な痛みよりも、少女の死という痛みが心をもっときつく締め付けていた。
「ご主人様、おまた....」
先ほど呼び出していたリリスがクロウの様子を見てビックリする。クロウは既に全身血まみれになっており、リリスはどこから聖人クラスの敵が現れたのかと思って周囲を警戒したけど、あるのは自分へのダメージお構いなしに只管神聖魔法を使用しているクロウだけだった。リリスは彼が胸に抱いている小さな女の子の遺体を見て大方を察した。数分後、声が枯れたクロウは、その小さな女の子にも同じように<清潔>の魔法をかけ、綺麗な服に着替えさせて彼女の母親と同じ棺にしまう。
「ご主.....」
リリスは改めてクロウに話をかけようと思ったが、棺をアイテムボックスにしまい、こちらを向いたクロウは酷い顔をしていた。彼の顔は血を失い、真っ白になっていたが、瞳まで真っ黒になっているクロウの目から、血の涙が首元まで伸びていた。リリスはそんなクロウの顔を見て即座に跪く。
「リリス」
中位モンスターとして、魅惑族として低くない地位にあるリリスだが、そんな彼女も今のクロウには平伏するしかなかった。地獄や冥界に生きる生物は、その業の多さで位を決める。業が多ければ多いほど地獄や冥界での力は強く、リリスのような中位モンスターも既に100を超える人間を吸い殺し、100を超える業を手に入れていた。だが、クロウの業は百万を超えている。業が万を超えれば<王>を、十万を超えれば<帝>を名乗ることができる。ならば百万を超えるクロウは一体どんな名を冠せば彼の恐ろしさを体現すればできるのだろう。
「リリス、俺は悲しい」
今のクロウの足元からは常に無数の怨霊とアンデットが、クロウから離れようともがき苦しんでいる。だが、その業はクロウを縛り付けているのか、それともクロウがその業を縛り付けているのか分からなかったが、その有様はリリスすらぞっとさせる恐ろしさだった。
「分からない、なぜこうなってしまったのか分からない」
クロウはそこらへんにいる適当な反乱軍を捕まえ、その兵士に向かって口を開ける。すると、クロウの口から大きな蛆虫がその兵士の額から脳内へと入り込む。兵士は悲鳴を上げてその場でのたうち回ると、そのままピクリと動かなくなった。そしてしばらくすると、白目をむいたまま立ち上がる。
「リリス、反乱軍を5人連れて来い」
「はっ!」
直ぐにリリスが<魅了>スキルで5人連れてきた。先ほど頭の中に虫を埋め込まれた兵士は目の前の5人を見ると、正気を失ったようにそのまま彼らの首に噛みついた。20分ほどたった時、5人目の兵士を喰らいつくした男の腹部が破裂し、巨大な円形の肉球が現れた。
<悪魔の苗床>
宙に浮いたその円形の肉球には女性の上半身や男性の下半身、人間の腕や羊の頭部など無数の生物を粘土で乱雑に1つに捏ねたような赤色と肌色の巨大な球体からは無数の中位アンデットである<肉の運搬者>が生み出される。腐った肉のような見た目をしたスライム型のモンスターは近くの生き物を見つけると、なりふり構わず丸のみにして苗床の元へ吐き出した。そして苗床はその真っ赤な球体を開くと、運搬者が持ち帰った生物をかみ砕き、新しいモンスターを吐き出した。
「行こう、リリス」
「はっ!」
クロウは赤黒い二足歩行の羊頭のモンスターを生み出し始めた苗床を見て、そっとその場から離れた。
大旗城城外の草原。巨大な木の下で、クロウは魔法を使って棺が入るほどの穴を掘る。そして丁寧に棺を埋め、やさしく土をかけた。クロウは既にいつもの状態に戻っており、彼女達のための綺麗な墓石も立てておく。名前は分からなかったので、名の知らない優しい親子とだけ掘って、両手を合わせて彼女達の死後の幸せを祈った。




