シャルの修行その2
「死合い、始め!」
何やら掛け声がおかしかったような気がするが、そんなことを考える間もなく桜は斬りかかる。シャルは換装しようにもあまりに素早いその動きに反応できず、首の皮の1mm直前で止まった桜の刀を見て、その場にへたり込んでしまった。
「桜!一本!」
クロウは審判のように桜に勝利を言い渡す。
「???」
桜は試合の後、「この娘?この程度で?マジ?」と言う顔でクロウの方を向いた。桜はクロウとは南国改革時に多くかかわった関係がある。クロウはロゼ家初代の件は知らないが、当時作り直したばかりの南国軍の訓練官を任命していた事は覚えている。彼女の育て上げた南国軍の一つである<南国桜花隊>は、今こそは解散した者の、現在のクロセルべ辺境軍の前身として、未だに根深い跡を残している。そんな彼女は昔に多くの新兵を今のクロセルべの少将、中将まで育て上げた功績もあるので、強くなりたいシャルにとってはうってつけかなと思ったけど...
「お主、出直してきた方がいいのでは?」
「ぐっ!」
トドメの一言を言い放つ桜であった。
その後、なんとか彼女を説得したクロウは、修練場の端で彼女らの修行を見守る事に、どうやらまずは心の鍛錬から始めるようで、クロウから受け取った木刀を2本シャルに持たせ、眼をつむって木刀を構えさせ、そのまま目を瞑って静止させている。そうしてシャルの型が安定したのを見て、桜はシャルの額に触れた。クロウは桜花二刀流については<スキル>としてしか理解しておらず、「なんか強い技がこうやって使える」と言うゲームシステム的な理解くらいしかないので、まあ時間を費やせば極められるが、そんな事よりもシャルに良い刀を作るために、修練場の端で伝承の中の古式太刀の材料と製法を全知の書庫の中で探して習得する事にした。
***
「明鏡止水、心を落ち着かせ、邪心を払え。濁りあるその気持ちで刀を握っては、斬れるものも斬れぬ」
私の内心世界だろうか、心の中に直接語り掛けてくるその言葉に呼応するように、無数の感情と気持ちが沸き上がる。魔王セランに負けた時の敗北感、初めてクロウに味わされた無力感、入学当時の無敵さ。過去の記憶と気持ちが湧き水のように思い浮かぶ。
「それは邪念だ。捨てろ。敗北に打ちひしがれるな、無力感に囚われるな、過去の栄光に縋るな、小娘、貴様には闘志が必要だ。ただ眼前の敵を切り伏せると言う曇りなき殺意が」
彼女の言葉には確かな重みがあった。祖父が語っていた動乱の南国時代、もしくはそれよりもっと前の時代を戦い抜いた彼女のその言葉には、邪念を払うかのような確かな気持ちが籠っていた。
とっても難しいが、シャルは脳内の記憶と邪念を想像の自分で切り伏せる。最初は何度切り捨てたと思っても、霧散した気持ちが何度も何度も自分の心に襲い掛かる。それを必死に闘志で切り伏せ、切り捨てる。ただ二度と負けたくないために、二度と惨めな思いをしたくなくて、その一心で何度も何度も何度も邪念を切り捨てる。
数時間した頃、クロウはあらましの製法の閲覧を終え、次はアイテムボックスから材料を探そうと目を開く。どうやらシャルはいわゆる極限集中、いわゆるゾーンに入ったようで、彼女の全身からは桜の花びらを思わせる桃色の魔力が湧き上がっていた。
「ほう、なるほど。小娘、お前は小童の子孫か」
シャルは何も言わぬ、ただ殺意と闘志を顔に浮かべたまま頷いた。
「ならばその血がお前の力を引き出すだろう、余計な言葉は要らぬ。私と打ち合い、私の全てを盗むがよい」
桜は後方へ飛び、一度距離を置いてから早々二刀を構え、全く同じ構えを取った。そうして二人は打ち合わせていたかのように、同時にお互いを切り伏せんとその木刀を振る。
***
刀身一体、明鏡止水、霹靂一閃。
彼女の一振り一振りは自分のものとは比べ物にはならない。私の一振りは優しい桜の花びらを思わせる攻撃ならば、桜の一振りはその花びらが肌を掠めるだけで深い傷跡を残すような、まるで刃桜を思わせるような攻撃だ。彼女と打ち合いながら、私は彼女のその刀の振るい方を学ぶ。握り方、振るい方、力を入れるタイミング、何度も何度も彼女と打ち合い、何度も何度も彼女から学び、何度も何度も真似するように相手に返す。最初はおぼつかないものの、何度も何度も繰り返し使うことで、どんどんと彼女の繰り出す技に近づいていく。楽しい。忘れていたこの高揚感。ただ相手を切り伏せる一心で何度も繰り返す。もっと彼女から学びたい。もっと違う技も見せてほしい、もっと見て、もっと学びたい。
***
「ぐぁああああああ!!」
突如シャルの身体が持たず、彼女は修練場に倒れる。
「楽しかったぞ小娘、確かシャルと言ったか、流石は小童の後継者と言う所か。もう私の技の2割を習得しおった」
桜はそう言いながら彼女の身体のツボを突く。肩、腕、腹部、太もも、それからふくらはぎのツボを突くと、シャルはピタリを大人しくなった。
「え?」
流石のシャルも驚いているようで、困惑しながらすくっと立ち上がった。
「痛覚を麻痺させただけじゃ、筋肉の疲労と断裂はそのままじゃ、暴れるな、座れ」
桜はシャルを座らせると、懐から笹で包んだ黒、白、ピンク色の三色団子を取り出した。
「ほれ、食うがよい。私の特制じゃ」
シャルは特にその団子に違和感を覚えなかったので、そのまま3つとも平らげる。
「桜、ちなみに何でできてるんだそれ?」
シャルは何やら体の疲労などは無くなったようで、ぴょんぴょんと飛び跳ねている。
「あー、黒いのは黒鴨のエキスで白いのは霞白百合の朝露を入れたやつで、ピンクは何だったかな?白鳶の肉だったか?」
シャルは危うく吐き出しそうになる。全部クロセルべ王国の絶滅危惧種だった。
「これ私食べて捕まらない?」
「法令発表前に作ってデバイスにしまってたから大丈夫だろう」
まあ彼女が持ってるのはデバイスではなく、クロウが作った時間停止安全保鮮の機能付きの擬似アイテムボックス、もとい加工したコラテラル・クリスタルなんだが。
その後、クロウは今日は解散にしようと言い、桜を一旦返し、時空間魔法とその他諸々を解除した。外を見てみると既に真っ暗になっており、時間は午後8時と少しだ。シャルは「すまない!門限ギリギリだ!ありがとうクロウ!また明日!」と言ってエインヘリアルで飛んで帰った。クロウも桜にまた明日も頼むと言って、彼女を還し、再び鎖を体に巻き付け、寮の部屋ではなく工廠に向かった。




