シャルの修行その1
幸いシャルに後遺症はなく、普段から鍛えているおかげか、再び医務室で2日ほど寝ていたら完治したという。3日後、早速元気になったシャルは、朝から図書館庭園にやってきた。全員驚いたが、彼女が再び動けるようになったのを見て、安心した。
「みんな、ありがとう!迷惑をかけたな」
「シャル!元気なったんだな!」
「がいぢょおおおおお!」
「何よあんた!待たせるじゃないの!」
クロウ、タタ、フェリスはそれぞれシャルに駆け寄り、アリアンナとリリィは少し離れた場所から安心した顔を浮かべていた。その後、全員でいつものように小さな朝のお茶会を開いた後、フェリス、アリアンナ、リリィの3人は貴族科の学生会議へ、タタは生徒会へ戻り、いつもの仕事を片付けに行くことに。残ったのはシャルとクロウの2人になった。
「クロウ、頼む、私はもっと強くなりたい」
「いや会長は十分...」
「足りないんだ!」
シャルは縋るようにクロウに言い放つ。
「私は、天狗になっていたのかもしれない。鍛錬で手を抜いたことも、日々の訓練を怠った事も無い!だが、ここ最近の私は負け続きだ。このままでは皆の上に立つものとして、会長として示しがつかない。頼む!クロウ!私は、誰にも負けない強さが欲しい!」
「.......」
シャルは黙りこくったクロウの顔を見て、真剣な目を向ける。
「そんなこと言われてもなぁ、俺剣術は門外漢だし.....」
「頼む!そこを何とか!」
「分かったよ....」
クロウはシャルと共に一般科区画の模擬戦闘場へ向かう事にした。アリアンナも使っていたルーム9の横、ルーム10にて、クロウは模擬戦闘場全体を見渡す。道場のような綺麗な修練場は、シャルの心身の訓練には丁度いいだろう。クロウはルーム10の入り口付近のタッチパネルを操作し、唯一の入り口をロックする。そうしてルーム10全体を薄い膜で覆うと、自身の鎖を数本解除し、時空間魔法を使用した。
「時間加速、60倍」
一瞬空間が歪んだような感覚が2人を襲うが、まるでそれが違和感だったようにすぐにいつもの感覚に戻る。
「シャル、にわかには信じられないかもしれないが、時間を加速させた。今、この部屋の中の1時間は、外の1分になる」
「な!?」
「寿命とかは基準時間世界を元にしてるから早死になんてしないので安心してね」
「ほっ....」
「もう少し解除が必要か....よいしょ」
クロウはもう少し鎖を解除する。そうしてクロウは召喚陣を開いた。並みの召喚陣ではなく、シャルの師匠になりうる人物を召喚するため、古代の英雄を召喚する。
「英雄召喚:<二枝一花>九重桜」
召喚陣から一人の少女が出てくる。見た目は二十歳の少女だが、彼女の佇まいからは見た目にそぐわない老練さを窺わせる。
「む?この小童は?おや、九郎ではないか」
「クロウだ、九郎じゃない」
「同じではないか、どこが違うというのだ」
「このやり取り数年前にもやった気が...まあいいや、九重、お前に頼みたいことがあってな」
「言わずとも分かる。この小童を鍛えてほしいのだろう」
「おう、その通りだ、話が早くて助かる」
「分かった、九郎の頼みとあらば」
「おう、いつも通り、よろしくな」
クロウは九重にそう言うと、シャルの方を向いて改めて言った。
「シャル、彼女は九重桜、東部王国....って言っても分からないか、古代の大剣豪の一人だ。シャルと同じ二刀流の使い手で、<桜花二刀流>を極め、<二枝一花>の名を貰った人間だよ」
「!?」
シャルは桜花二刀流の剣技の名前を聞いて、驚いたが、九重に近づくと膝をついて師匠と一言呼んだ。
「気が早いわ小娘、まだ貴様と打ち合っておらぬ、剣を抜け」
「はい!」
***
小さい頃、祖父の話に聞いたロゼ家初代の話。小さい頃の話だが、今でも詳細に覚えている。
「じいちゃん、若かった頃は、じいちゃんのじいちゃんと一緒に、今の大きな王国がちっちゃな南の小国だった頃に、もっと南の方に住んでいたんだよ。その頃は、まだ今みたいな大きな家に住めなくて、じいちゃんは父ちゃんとじいちゃんと一緒におっきな麦畑で仕事しとった。でもその頃は、まだ今の聖母様じゃなくて、聖母様の父上を唆す悪い人が国を操っていたんじゃ。おかげで、怖~い北の氷の女王にケンカを売って大負けして、国の3割を北の女王様にあげる事で何とか戦争は無くなったんじゃ。戦争してた頃はそれはそれはひもじくてなぁ...でも、暫くすると、なんと聖母様が国のトップになって、聖母様の父上を唆していた悪い人たちをみんな牢屋に入れたり、クビにしたりして、そこからは毎日が天国のようだった。その時はみんな食べ物じゃなくて、金になるからって言って、服の原料になる白いふわふわの綿ばっかり作って、みーんな毎日腹を空かせてた。でもじいちゃんのじいちゃんだけは毎日諦めずに麦畑やじゃがいもみたいな食べ物を育ててたんだ。ある日、聖母様が偶然近くを通り過ぎてな、何やら近くに黒い髪の人と一緒にじいちゃん達の下にやってきたんだ。そうして聖母様はじいちゃんのじいちゃんと難しい話をした後、じいちゃんのじいちゃんはその日から周りの人にぺこぺこされるようになって、みんなじいちゃんのじいちゃんの話を聞くようになったんだ。そこからじいちゃんのじいちゃんは聖母様に毎年一杯食べ物をあげるようになって、代わり聖母様から一杯お金がもらえるようになったんだ。そうしてじいちゃん達はもうひもじい思いをする事もなく、毎年毎年どんどんと畑が大きくなるたびに、家も大きくなって、どんどん立派になったんだ。でも、悪い人にある日襲われてな、有り金全部渡してなんとかなったんだが、じいちゃん悔しくて悔しくて、じいちゃんの父ちゃんに黙って手紙を書いて、南国の軍に入ったんじゃ。その時に九重っていうべっぴんさんに会ってな、当時じいちゃんに戦い方を教えてくれた姉ちゃんだったんだが、それはそれはおっかなくてな...」
気が付くと幼いシャルはもうベッドで眠ってしまっている。だが、祖父の師匠であり、己の刀剣術の師匠の師匠である人の名前を忘れた事は一度もなかった。
九重桜
天下無双の<桜花二刀流>開祖に<二枝一花>の名を国から貰い、
<血染めの刃桜>の異名を持つ稀代の女傑。
ロゼ家初代の刀剣術の師匠にしてシャルのあこがれた伝説の女流刀剣士でもある
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