<嫉妬>の魔王とクロウ
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苦痛と非力さに顔を歪めるリリィ。晴れ上がった瞼で微かに見えるのは、クロウの体中に巻き付いていた鎖が弾け飛ぶ様子と、真っ黒な深淵のような彼の顔だった。暴力的なまでに増えていく彼の魔力、溢れんばかりのその魔素量は、わたしを髪を掴んで引きずる男に抵抗する間も無く地面に膝をつかせた。これが母様が言っていた、クロウ。彼の本当の姿。深淵色の魔力を体中から噴出させ、彼の足元には100万を超える人間の呪怨と怨念が溢れ出そうとしている。もはや彼の深紅の眼しか見えなくなったその顔からは、一切の慈悲が見えなかった。
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「お前、何者だ?親父以上の業を背負った奴なんて見たことねぇよ」
「貴様が知らなくてもいいことだ、その汚らしい手を彼女から放せ」
「はぁ?なんでおま」
そこまで言ってチェランは抗いがたい力に体中を押しつぶされ、両膝を地面にめり込ませる。額も地面に擦り付けており、呼吸が出来なくなるほど体中を押さえつけられている。
「が!て、め!」
「喚くな、騒々しい」
チェランは地面から伸びた黒い触手が口の中に抵抗無く入ってきたのが分かる。そしてその触手はいくら彼が必死に歯で噛み千切ろうともビクともせず、ただ痛めつけるように彼の舌を引きちぎった。引き千切られた傷跡は黒く、彼がいくら魔素を使って再生しようにも、注ぎ込んだMPは全て傷跡に際限なく吸収された。そこでようやくチェランは気づく。
(この男、魔王の殺し方を知っている)
それもそのはず、このゲーム、オーバーザホライゾンにおいて、人間界で最初にして唯一、自ら魔王になり、魔王を超えた存在になったプレイヤーなのだから。予め魔王として生まれたNPCとは違う。クロウは魔王が魔王たらしめる強さと、魔王を踏みにじる強さの両方を持っていた。
「邪魔だな」
クロウはチェランの方へと歩み寄りながら、彼の両足付近から黒い鎌のような触手を生やす。そしてクロウは邪魔そうに彼の方を向いて手をシッシッと払うと、その触手は滑らかなバターを切るように彼の両手足を切り落とした。
「ーー!----!!----!」
舌を切られ、両手足を切られ、声も出せず、呻く事しか出来なくなった。クロウはさらに鎖を弾き飛ばして、強力な魔法を使用する。詠唱と同時に魔法陣も両手で出現させる。
「大海の鯨、渡世の白鳥、無常の牡丹に韓紅の白椿、断ちて繋ぎ、切ってくっつけ、落として拾った御霊の加護は海より森より天に還る。六道輪廻・天道回帰!」
クロウの両手から白い白蛇がリリィの身体に巻き付く。その蛇は温かい光と共にリリィの傷を無かった事にしていく。
「こ、これは?」
傷も疲れも痛みも何もかもが無かった事になっていく。リリィは何事もなかったかのようにクロウに支えあげられて立ち上がる。先ほどまで戦っていた証拠は、彼女の壊れたエインヘリアルだけが物語っていた。
「っつ!」
リリィに触れられた場所が赤く燃え上がる。鎖を解除し、深淵魔法も使用した今、クロウの身体は以前よりもより魔族に近づいていた。未だ獄帝や冥帝の権能までは解除しておらず、絶対耐性は獲得できていなかった。
「ご、ごめんなさい!」
リリィは急いでクロウから離れる。クロウは大丈夫と言いながら、地面に伏せて寝転がっているチェランを見る。真っ黒なクロウの顔は、その魔法以上チェランに深淵と言う底なしの恐怖を与えることになった。
「!(@&#^+」
クロウは<高速詠唱>のスキルを使い、チェランの頭を掴んで魔王にとって致命的な深淵魔法を発動した。
人間や蛮族でもない、この世界の言葉ではない言葉を使っているため、チェランもリリィもクロウが何を言ったか聞き取れなかったが、チェランだけは気づいた。彼の身体に流れる魔素は全て有毒物質になっており、MPが多ければ多いほど彼は体中の肉を啄まれ、骨をえぐり取られる痛みに襲われる。
「--!---!---!!!」
魔王クラスの魔物には2つの心臓がある。一つは生物としての心臓、もう一つは魔王としての魔素で作った心臓。それにより、チェランは魔素で作った心臓があるので、体中、内臓という内臓にその痛みが走ることになった。
「<沈黙><沈静化>」
あらゆる魔法を封じるバッドステータスを付与し、同時に彼が気絶しないよう沈静化の魔法もかける。
「リリィ、こいつはセシリアの所に連れていく。多分クロセルべも表には出ない組織があるだろう。そいつらにこいつの口を割らせる」
「わ、分かりました」
「怖かったな、帰ろうか」
クロウは再び自分に鎖をかけ、いつものクロウに戻る。そして右手でチェランの髪を引きずり、チェランがリリィにやっていた事を、チェランにも同じようにする。同時にクロウは召喚陣から無数のハウントウルフを召喚し、行方不明になっていた生徒たちを探しに行った。
「召喚:白雲鹿」
雲を踏む純白の鹿が現れる。クロウは自らを縛っている鎖を同じものでチェランの首を繋ぎ、リリィを鹿に乗せ、クロウも鹿の手綱を握って、チェランを宙に垂らし、リリィと夜明けの光を背中に、ロゼの学園へ帰っていった。




