クロウとリリィ
「動くな、次に動けば当てる」
両手を上げてピクリとも動けないクロウ。それもそのはず、クロウの身体をなぞるようにナイフが後ろのドアに刺さっており、少しでも動けばナイフの刃で服が斬られる。
「アリアンナ、やりすぎですよ」
「ですがお嬢様」
「あの方が暗殺者なもんですか、見てみなさい、まだ番号札を持っていますわ」
「ですが!」
「アリアンナ?」
少し威圧を込めて白い主がメイドを窘める、するとアリアンナと言われたメイドは諦めたように短く返事をすると、指の先をくいっと引っ張り、クロウの周囲に刺さっていたナイフを再びスカートの下に隠した。
(魔力の糸か)
並みの人間にはナイフが一人でに飛んで行ったとしか思えないだろうが、クロウには彼女が操っているのが見える。
「驚かせてしまってごめんなさいね、私はリリィ、リリィ・サウフォードよ」
「いや、こちらこそ急に立ち入って済まない、クロウだ」
「まあ!貴方がクロウ様?」
「え?あ、ああ」
彼女はびっくりしたようにティーカップとトレイを綺麗なそのテーブルに置いて、そそくさと立ち去ろうとするクロウを引き留めた。
「良かったら、一緒にティータイムにしませんか?」
断ったらナイフで身体に風穴100個開けてやると言う後ろのメイドの顔での脅しに屈し、クロウは緊張しながらもリリィの対面の椅子に座った。
「改めて、初めましてクロウ様、私の名前はリリィ・サウフォード、セシリア様の養女の一人ですわ」
「私の名前はアリアンナ、リリィ様のお付きの人だ。主に失礼のないように」
「アリアンナ、初対面の人に対して厳しすぎませんこと?」
「当たり前です、下卑た顔でリリィ様を見ていれば厳しい態度にもなります」
「もう、会う人みんなにそういってるではありませんか」
「皆下卑た顔している。そう言う事です」
「もう!」
ぷんぷんと言う感じで起こっているリリィは、確かに男を下卑た顔にするほどの可愛さがあるなっと思った。
「えと、クロウです。家名もありません。入学志望者です」
「あらあら、そんなにかしこまらなくても大丈夫ですよ。アリアンナは言葉はあまり気にしないでください」
「リリィ様!?」
「分かったよ、リリィ」
「はい、クロウ様」
「貴様ぁ...」
「アリアンヌ、クロウ様に紅茶を入れてください」
「はっ」
「ありがとう、えーと、リリィはサウフォードって言ってたけど」
「はい、私はセシリア様の養女、文字通り、教会から引き取られた身分です」
「はー、そんな事してたんだな」
「ええ、セシリア様は偉大で慈悲深いお方です。彼女は各地にいくつも教会を開き、身寄りのない子供を引き取り、無償で勉強や食事をくださります。私もそうでした」
「そうか、大変だったんだな」
「ええ、ですが、セシリア様は孤児や浮浪児だからと言って差分せず、何度も教会に足繫く通っては沢山の愛をくださりました。ですからこうして、神聖属性の才能があると気付いた今、私はセシリア様の養女になる事ができました」
「はー、すげぇじゃん」
「はい、ですから、何度もセシリア様からクロウ様のお話を聞いたとき、ぜひ一度お会いしたいと思っていたんです。黒髪黒目の魅力的な青年だと聞いて、真っ先に貴方だと気付きました」
「そりゃまたなんで?」
「鎖で己の力を封じるなんて酔狂な事、クロウ様にしかできませんもの」
「な!?見えるのか、これ」
まさか自分以外に<天罰神縛>が見える人がいるとは思っていなかった。
「ええ、その鎖は本来、堕天使や邪神、魔神王と言った神々ですら滅ぼせない悪の存在を封じ込むための鎖です。そんな鎖を幾重に巻いてなお、ぴんぴんして居られる方なんて、クロウ様しかいませんもの」
あっそうなんだこれ。適当にスキルの中で一番強力な封印効果のあるやつを選んだだけなんだけど。
「クロウ様の雄姿や功績は何回もセシリア様からお聞きしていますわ。よく私が寝る前に聞かせてくれました。まだこの国が統一される前の群雄割拠の分裂時代、北の氷の女帝のために永久凍土を開拓し、南国含めた三か国の連合軍を一人残らず皆殺しにし、邪教と理由をかこつけて侵略し、あまつさえ無理矢理結婚をこじつけてきた他大陸の偽聖教の聖女を欠片一つ残すことなく蒸発させ、サウフォード家直伝の魔塔攻略に手を貸し、南国に出現した魔王に対抗するための勇者を育て上げ、あまつさえ天使と神から死ぬはずだったセシリア様を奪い取り、蘇らせた大英雄」
「ごめんリリィ、そんな話を小さい頃寝る前にセシリアから聞いてたの?」
「はい、それはもう事細かに」
「よく眠れたね!特に前半の話とか」
寝る前の子供に戦争の話するなよ、眠れねぇだろ。
「私からしたらクロウ様は白馬に乗ってセシリア様を助けた王子様ですわ」
白馬じゃなくてデス・ホースだったりスケルトン・ホースだったりするんだけどね。
「ですから、こうして一度お話したかったんです」
「なるほど、俺は大した事した覚えはないんだが」
楽しくてやったことだし、特に後先とかも考えてないしな。
「ふふ、そう言う所が、セシリア様のいう、クロウらしさ、と言うやつですよ」
「あはは」
その後、リリィとアリアインヌと共に楽しくセシリアの話をして盛り上がったり、マフィンを食べたりしてティータイムを過ごし、クロウは無事に図書館の上の庭園で一般科特待生枠合格の通知を受け取った。




