クロウとフェリス
それからいつものように汎用型旧式エインヘリアルでシャルをボコっていく。試合と言いたいところだか、変わらず一撃で彼女が再起不能になってしまうため、今日も医務室へシャルを運んでいく。背中に大きな大きさが当たってしまっているが、もう慣れたことなので顔には出さない。今日は少し力を入れてしまったせいか、彼女は気絶しまっている。いつもは動けなくなるくらいだが、なんかやりすぎてしまったようだ。しょうがないので、女医に任せて一足先に訓練場を出る。一応アプリで謝罪と先に帰る旨を伝え、ケータイをしまって近くの食事処を探す。道に沿って歩いていると、横断歩道を渡っていた少女が突如バタンと倒れこんだ。
「おいおい!冗談だろ!」
少し走ればすぐにたどり着ける距離だが、向かってくる車が減速する予兆はない。死ぬ気で少女の元まで走る。
「間に合えぇえええ!」
すんでの所で彼女を抱きかかえ、目を瞑って衝撃に備えたが、空気が頭を掠めるだけだった。目を開けると車は既に飛び立っており、空の遠くへ消えていった。
「はは、ははは、飛べるんだっけか、忘れてたわ」
ほっと一息ついたクロウは倒れている少女を抱きかかえあげて歩道へ向かった。近くの交番を探したが、無かったのでとりあえず歩道脇のベンチに座らせる。このまま放っておくわけにもいかないので、とりあえず彼女の横でアイテムボックスから事前に作ったサンドイッチを取り出してもぐもぐ食べる。ふむ、赤く長い髪を黄色のリボンでポニーテールにした彼女。それに整った顔立ちと、体つきは普通だがすらりとタイツに包まれた足は美しい。
「何考えてんだ俺」
精神抵抗と知力のステータスを鎖に持っていかれてるせいか、思考が思春期中学生みたいになっていた。こんな好色ではなかったはずだが、そう言う所に目が言ってしまうのは男の性なのか....?
「ちょっとあんた」
「ん?」
声がした方を見る。どうやら彼女が起きたようだ。
「ん?起きたか」
「ああ、あんたが助けてくれたの?」
「そうなるな」
「そ、礼を言うわ。あたしの名前はフェリス・ファガンよ。助けてくれたこと、感謝するわ」
「ああ、俺はクロウ、気にするな」
「何?あんた平民?」
「え?」
数年ぶりにその言葉を聞いた。もうてっきりそういうのはないと思っていたが、まだ貴族平民差別は残っていたんだな。
「平民....平民?...多分...そうなるな」
「多分って...あんた家名は?」
「ないけど」
「ほらやっぱり平民じゃない」
「おぉん...まあそうだけど」
北帝領時代では<大公>、つまり公爵と同じかそれ以上だったんだが、まあそれは数十年も前の話なので今更話す内容でもないだろう。
「ふふん!感謝しなさい!この私、フェリス・ファガン!炎と剣を司るファガン侯爵家の長女と同席できる事を感謝しなさい!」
「いやお前座ってねぇじゃん」
「そういう同席じゃないわよっ!」
彼女の背中から火の玉が現れる。この現象、
「フェリス、お前、精霊体か?」
「な!なんでそれを」
「いや後ろ」
「わっわっ!見るな!」
フェリスは真っ赤になって背中の火の玉を消そうと後ろを向くが、当然、火の玉もついて回るので真っ赤な顔でその場でぐるぐるしている。なんか、こう、自分のしっぽを追いかけるわんこみたいで微笑ましい。
「もう見ない、見ないから」
手で目を覆って、もう見てない事を表す。彼女もそれを見て納得したように、真っ赤な顔と背中の火の玉はゆっくりと消えていった。
「そういえば、フェリスはなんであそこで倒れてたんだ?」
「え!?それはその...」
「あー、言いづらいことだったか?わりぃ」
「そんなことないわよ!ただその....空腹で」
「え?空腹?」
「何よ!あんた笑う気?!」
「いやいや、そのなんだ、精霊体は常人より多くのエネルギーを必要とするのは知っているから、笑わないから」
今にも噛みついてきそうな勢いで睨むフェリス。彼女がどれだけ純粋な精霊体かは分からないが、精霊体は精霊と同じ特徴を持つ。ならばと思い、クロウは彼女の前で魔力球を作り出した。
「え?」
「え?」
そのまま火の魔力を注ぎ、ゆっくりと赤熱させていく。しまった、少し温度が高すぎたか、クロウは口に冷気を含んでそのまま魔力球の温度を冷ます。
「あああ、あんた!なによそれ!」
「え?ただの魔力球だけど!」
「そうよ!知ってるわ!ファガン家の家書で見たもの!」
「??」
家書ってなんだよ、家の歴史書みたいなもんか?
「よくわからんが、まあフェリスならこれ吸収できるだろ、はい」
クロウは火の魔力球をフェリスに渡す。
「本当にいいの?」
「ああ、魔力球くらい、みんな作れるんじゃないの?」
「はぁ、何言ってんのよあんた、魔導編纂とマナプログラミングでみんな魔法を使う今、あんたみたいに直接魔素を使って魔力に変換したり、魔法を発動する人間なんて、古代遺物の部類よ」
「うせやろ」
可笑しい、1年間プレイしてないだけなのに、なんかこう、解凍されたマンモスみたいな気分だ。
「まあいいわ、あんたも入学志望者でしょ?あたしは貴族枠の推薦で入るけど、あんた一般入試?」
「そうなるな」
「ならあんたは一般科ね、私は貴族科になると思うから、頑張りなさい、それじゃ」
クロウに渡された魔力球を一口齧った後、フェリスは急いで家に帰った。
***
「うっぷ....」
重たい....。
最後に魔力球を食べたのは、確か大賢者アカリ様が家にやってきた時だ。彼女は突如先祖返りした私の噂を聞きつけて、私に精霊体について色々と説明してくれた。精霊体、常人よりも魔法や元素への親和性が高く、同じ魔素消費量でも常人よりはるかに高い効果が期待できる、天与の才能。だけどその反面、大量のエネルギーを消費するため、多くのエネルギー摂取が必要になる。アカリは、私の家で逗留する際に、多くの魔力球を作ってくれた。これは精霊や精霊体にとってはエネルギーの塊のようなもので、作り方にもよるが、並みの精霊なら1つ食べればまる1日何も食べなくても大丈夫だそうだ。だが、私のような大きな体では、魔力球はあくまで食事の補助にしかならず、やはり高エネルギーな食事が必要になる。だが彼、クロウが作り出した魔力球は手に取った瞬間に分かる。重い。アカリ様が作ってくれたのがテニスボールのようなエネルギーの塊ならば、これは大きなスイカ1玉のようなもの。純度100%の火のエネルギーが凝縮されているこの魔力球は、嗅ぐだけでみるみる枯渇しかけていた身体にエネルギーが充満していく。
「齧るんじゃなかったわ....」
頭に血が上っている、胃が重たい、吐きそう、鼻血も出そう。恐らく、エネルギーの過剰摂取で爆発しそうなんだと思う。早く家に帰って、この体内で暴れ狂うエネルギーを放出しなければ。
フェリスは家に帰った後、夜が更けるまで延々と魔法を裏庭で放ち続けたという。




