おかえりクロウ
目覚めると、目の前には美女が2人いた。
一人はメカメカしい美少女。
一人は紫色の長い髪の美女。
「ゲーム間違えたか?」
プレイ予定のギャ〇ゲーの発売日は来週だったはず、体験版は既にクリアしてアンインストールしたはずだが...
「おかえり、クロウ」
メカっ娘が聞きなれた声で自分のキャラクターの名前を呼んだ。その声を聴いて、クロウは頭痛に襲われた。クロウは自分がいなかった時期の出来事を頭痛と共に一気に想起する。3分後、
「痛たた、俺のいない間にめちゃくちゃ変わってんなマキナ」
「思い出したか」
「ああ、えーと、そっちはルナティアさん?だったか」
「呼び捨てで構わんよ」
「了解、ルナティア、ベルアルが世話になった」
「いいさ、時期に彼女にも会える、ほら」
2人の背後の空間から、突如青い稲妻が迸る。バチバチと周りに放電を繰り返しながら、空間が渦巻き状にねじ曲がり、黒いポータルが開かれた。そうして人間の背丈ほどまで広がると、そのポータルからヒールを履いた綺麗な足が鈴の音のようなヒール音と共に一歩踏み出された。
「20年ぶりか?」
「ああ、20年と半年くらいか」
ポータルから出てきたのは、以前よりもずっとずっと、強く、気高く、儚く、美しくなった女帝。
「ただいま、ベルアル」
「おかえり、クロウ」
ゲーム史を大きく揺るがした、1人のPCと1人のNPCの再会だ。
***
クロウがいない間、ゲーム<オーバーザホライゾン>は大きな変化と社会現象を引き起こした。
第一に、プレイ人口が40億を超え、ゲーム史の五本指に含まれるほど莫大な人気と同時接続数を誇るゲームと化した。今や日本では3人に1人がプレイしており、後数年もすればその普及率は携帯電話と並ぶほどと言われている。
第二に、プロリーグの開設と、他国ではゲーム内通貨の現実への換金が実現した。プロリーグには数多くの資金が動き、上位プレイヤー達は膨大な年収でクラブチームに招集され、今や世界的なeスポーツの代表格の一つとなった。
第三に、数多くのバージョン更新。現在では、ベルアル達とセシリアの努力により、南国はアズガルド大陸に存在する唯一にしてたった一つの国として、その他4か国の領土を全て併合し、エインヘリアルとネフィリムの技術を世界中に応用、クロウ現役時代のゲームバージョンが3.0ならば、現在は26.0と言えるほど、世界は近未来と化していた。同時に、旧女帝領、現外惑星領の領主である北星帝ベルアルの未来技術と外惑星科学技術により、時間遡行と多元宇宙の行き来が可能になり、現行のゲームバージョン以外にも、旧バージョンで遊ぶことも可能になった。それにより、近未来なサイバーパンク的VRMMOがプレイしたいプレイヤーと中世RPG的VRMMOがプレイしたいプレイヤー2つのプレイヤー層を獲得することに成功し、これも膨大な人気を誇る原因の1つになったと言えるだろう。
なおこれらの国内外の変化をクロウは全く知らず、毎日飛行機での超距離移動や仕事に忙殺され、ここ1年間のうち三分の二の時間は情報すら追えず、諦めて全力で仕事をしていたクロウであった。
***
とりあえず地下から移動する前に、クロウは自分のメニューを開く。ゲームバージョンが大きく変わり、今はv26.0になっている。操作は大きく変わっていないものの、物凄く仕様や項目が増えており、これに慣れるまでクロウも暫く苦労する羽目になった。とりあえずゲーム運営のメールボックスを開く。400を超えるアイテムやメンテ謝罪アイテムなどを受け取り、暫く自分の棺の縁に腰を掛け、告知などを呼んでいた。5分後、お腹が空いてきたクロウは、3人と共に一旦地上に上がる。小さなエレベーターを美女3人にぎゅうぎゅうにされながら乗るのは、少し恥ずかしいクロウであった。
「おいおい...どうなってんだこりゃ」
空飛ぶ車、ホログラム式ショップにベルトコンベアのような歩道と車道、近未来的学生服を着た生徒達が薄い装甲式の汎用型エインヘリアルを着て、並んで空を飛んでいる。おかしい....王道ファンタジーのはずだが、いつの間にこんなサイバーパンクになっているんだ...
「山籠もりから出てきたご隠居様みたいな顔をしているなクロウ」
マキナがずばりとクロウに言う。
「その例えは本当によく俺の気持ちを代弁しているよマキナ」
「でもまあ、これもクロウ、お前のおかげだぞ」
ベルアルがクロウにそういう。
「とりあえず飯にしないか?」
空腹で力尽きそうなクロウであった。
***
近場のレストランに入る4人。冥月のルナティア、機甲神のマキナ、北星帝のベルアルの3人の存在は、既に南国、もといクロセルべ王国中に広まっており、周囲の人々は国民栄誉賞や名誉博士など無数の賞を勝ち取った人間国宝である3人を一目見ようと、サインを貰おうとすぐに集まってきたが、そんな3人に囲まれた浮浪者のような髭だらけの男がいることに気が付くと、顔を顰めて遠くから見ていることにした。現在の食事などはコスパや時短を中心としており、腹に溜まる固形食が一番人気で、4人がやってきたような食材の原型をあまり壊さず、綺麗に保ったまま提供するこういうレストランは、今では高級レストランの一つともいえる。3人はニコニコしながら20食目を完食したクロウを眺め、7桁を超える食事代を黒いカードで払い、次にクロウに美容室へ連れて行った。本当はプレイヤーであるクロウがメニューから外見を変えれば一瞬なのだが、本人きっての願いで、身支度を整えたいとのことで、女性3人にあれこれ言われながら、3人が納得するまで何度も髪を切る羽目になった。
(偽神ですぐ変えられるけど、これはこれで)
ゲーム内とはいえ、長かった髪と邪魔だった髭が綺麗さっぱりになったのは気持ちがいい。ツーブロックの短い髪形になったクロウは、ベルアルとルナティアでも見惚れるほど整った顔立ちをしていた。
最後は風呂。クロウ領の旧クロウ宮殿は今や観光スポットになっているため、もう自宅の風呂には入れないが、他のプレイヤーがもたらした入浴文化は未だに残っており、クロウ傘下の大企業は温泉旅館を含め、全て国営になっているが、3人の顔を見ると、すぐに融通を聞かせて貸し切りにしてくれた。
クロウは積年の汚れをしっかりと数時間かけてみっちりと洗い流し、風呂に浸かりながらゲーム内の変化や今の常識などをゆっくりと理解しようとしていた。




