目覚めの悪さ
「終わったぁああああ!」
ようやく新取引先のゴタゴタが終わり、最初の取引も無事に完成した。かなり大きい額の取引だったが、信頼できる運送会社に高級食材を多く運んでもらい、アメリカにいる先方も商品を受け取った後、大喜びで社長にビデオ通話したんだとか。無事に八鳩も昇給の確約を貰い、今日は早上がりも許された。英語があまり得意ではない八鳩も頑張って海外の規約を理解し、数多くの海外企業とも交渉をし、その働きからボーナスも貰えることになっている。無事に早上がりした後、上司に連れられて居酒屋で祝勝会をし、一人家に帰ってそうそうに風呂に入る。そうして1年と半年ぶりにゲームを起動する。ネットでバージョン更新や新しいイベント、そして復刻イベントの情報は追っていたため、ある程度は何が起こっているか分かるが、やはりゲーム内で自分で体験するのが1番だ。ゲームを起動してすぐに巨大な更新の告知が出ていた。マジ?40G?何があったの??諦めて更新開始のボタンを押しておく。予測更新完了時間は30分、暇だしその間明日土曜日に一日中ぶっ続けでやるために先に食事を簡単に用意しておこう。クロウはヘッドギアをベットに置いたまま、台所に向かった。
***
マキナとルナティアは突如地下からの異変を感じた。具体的に何が起こっているかは分からないが、地底の奥深くから溢れ出てくる濃厚な悪寒。まさかと思い、マキナは急いで近くにいる精鋭ネフィリムと傭兵ネフィリムを大量に連れてクロウ領の最深部へ向かった。
「起きたのか」
「そうみたいだね」
「これほどとは、私の現役時代の彼より強いな」
「現役、つまり3代目冥皇よりもか?」
「ああ、冥府だけじゃない、地獄の皇帝に他の魔公爵、悪魔の女帝にその他数えきれないほどの怨念と業を感じられる。クロウと言う人物は神の子すら、いや神すら殺せるだろ。マキナ、二回目の神魔戦争でも起こす気か?」
「私が初めて彼に会ったとき、既にこうなっていたよ」
「恐ろしいな...」
マキナはクロウはルナティアすら恐れる人物だと内心で彼への評価を一段階上げておいた。クロウ領のマザーコアがある建物に入る。カーボンナノチタニウムと言う靭性と強度で言えば星8くらいの素材を中心に改修した建物だと言うのに、数多くの人々は既にビルから逃げ出し、残った労働用ネフィリムは避難誘導をしていた。
「急がねば」
「そのようだね」
正直ルナティアは現役時代に戦った冥皇よりも強い彼を少し警戒しているし、マキナも彼がいない間に彼の分身ともいえるクロウ型ネフィリムの膨大な戦闘データや習得魔法、スキル、情報などを延々と彼に送り続けていたせいで、起きた彼が何をするかもわからない。少し焦る反面、楽しみでもあった。
「エインヘリアル起動:冥月の女皇帝」
「エインヘリアル起動:救いの一手」
現在の南国に流通している薄手の装甲式軽量エインヘリアルではなく、旧式の戦争用重装甲式思念操作型エインヘリアルに着替える2人。エインヘリアルを生み出した本人を迎えに行くんだ、これくらいが妥当だろう。
***
膨大なデータがクロウの脳内へインプットされていく。以前は少しずつ、体に負担が無いようにデータを送っていたが、プレイヤーであるクロウが帰ってくるため、ここ数十年間の情報やデータを30分で全て肉体と脳に覚えさせるために、一度に大量の情報送信が始まった。意識は無いものの、痛覚という信号にクロウが脊髄反射を起こし、肉体が外敵による攻撃だと思って自動迎撃を開始している。そのせいで石像のメンバー達も強制的に一時蘇生し、クロウ自身も闇雲に周囲に攻撃を開始している
***
「<星位移転>」
「出力50%上昇、熱収縮砲、砲撃開始」
茨を自由自在に使う不死の騎士と、冥凍鉄すら切り裂く剣客、触れたものを凍らせる怪力の老人に、2mを超える巨大な戦士。単騎で国すら滅ぼせる2人の特注型エインヘリアルは、この5人に苦戦を強いられていた。ルナティアの移転魔法は確実に怪力の老人を捕らえているものの、びくともせず、マキナの右手から放たれる高熱の収縮砲は、巨大な戦士の肉体に当たった瞬間、少し肌を赤く温めるだけで、何のダメージも生み出していなかった。ここで全力を出してはビルが崩壊する。2人はとにかく赤目で暴れまわっている5人を鎮静化させる方向で行くことにした。
「<永久凍星>」
「強睡眠ガス、放出」
ルナティアが5人に冷気を吹きかけ、5人の動きが遅くなっている隙にマキナがルナティアにガスマスクを装着し、同時に強力な睡眠ガスを放出する。効き目は悪いが、冷気と睡眠のコンボにより、ゆっくりと彼らの瞼が重くなっているようだ。2人は更に出力を上げ、より冷たく、より強力な睡眠ガスを放出する。そうして20分ほど放出した結果、5人はばたりと地面に倒れ、再び石像に戻った。ようやく元に戻った石像に安堵し、ゆっくりと棺を開ける。眠っているクロウは以前よりも髪が伸び、長い髭が生えていた。安らかに眠っているクロウを見てマキナは安堵し、ルナティアは興味津々に観察していた。
「こいつが、クロウ」
「ああ、触るのはいいが、気を付けてくれ」
「分かってる。先ほどの石像達を再び呼び起されたら堪ったもんじゃない」
そう言いつつもべたべたと触っているルナティア。マキナは棺に繋がれたデータケーブルを点検し、不可思議な突如起こった大量送信について調べていた。
「マキナ、起きるぞ」
マキナは調査を一時的に止め、棺の方に向かう。ルナティア曰く、眼球が瞼の下で動き出し、彼の指が動き出したからだ。2人は棺から少し離れて、彼の目覚めを待つことした。
お待たせしました。新章スタートです。




