北星領と略奪の魔王
翌朝、ルナティアにボコボコにされた痛みを引きずりながらベットから起き上がる。昨晩は全くルナティアの動きについていけず、ただ肉体的実力差で完全に押し負けていた。流石、冥月。伝承によれば冥皇すら怒った彼女に恐れおののくと言う。
「次に<略奪>の魔王についでです」
朝会で、べオスから報告を聞いているベルアル。どうやら魔王は既に西部教会領を丸呑みしたようで、その実力は恐ろしいほど上昇しているらしい。殺した相手のステータス、スキル、魔法を奪うその特性から、もはや神聖魔法は一切の効果を成さず、南部教会領が侵略されるのも時間の問題のようだ。
「ふむ、芽は早めに摘むべきか」
ベルアルは国境に追加の兵力を派遣する事を決定し、その夜にはルナティアとの最後の修行を少し速足で行うことにした。3日後、ベルアルはついにルナティアに一撃入れることに成功した。
「合格だ」
「ありがとう、師匠」
ベルアルはルナティアに礼を言う。長かった修行もようやく終わり、ベルアルは新しい力を完全に体得したと言える。ルナティアはベルアルの頭を撫でると、ベルアルに心配そうな顔を見て、彼女もマキナと同じようにクロウ領に残ると言い、背を向けて宙に浮いてクロウ領へ飛んで行った。
***
南部教会領。崩れた教会本部は、毛皮を着た蛮族達によって荒らされ、修道女は汚されていた。大司教は磔にされ、略奪の魔王は次の目標を考えていた。既にプレイヤーLvで言えば200を超えるほどのステータスを略奪した彼は、留まるところを知らなかった。
「我が王、次はどこへ」
略奪の魔王アルイタは手下にそう言われて、少し迷っていた。神聖性を手に入れた今、魔王特攻ともいえる神聖魔法は完全に無効化したと言える。それでも、彼を殺す方法は無数にあった。
「そうだな、中央か貴族領、いや、貴族領にしよう」
アルイタも愚かではない。数名のプレイヤーから奪った<魅了術>と<催眠術>を使えば、何人かは寝返らせることも可能だろう。部下に金品と女、それから食料を奪わせた後、その場で兵を整え、少数の兵を連れて服を着替え、独立貴族領へ向かった。
***
北帝ベルアル、星の力を手に入れた彼女は<北星帝>と言う新しい称号を獲得し、北帝領も北星領に改名された。同時にベルアルもマキナの元、より一層エインヘリアルとネフィリムの開発に力を入れた。同時に、アルイタと呼ばれている魔王の調査も続けており、神聖性を手に入れた魔王の殺し方についても考えていた。並みの人間や生物、あまつさえプレイヤーの能力すら奪える彼を殺す方法を。
「まあ遠くの星に放り捨てるか」
「エインヘリアルもしくはネフィリムで物理的に殺すのが1番だろう」
ルナティアとマキナはそういった。魔王とて生物、魔素と空気が存在しない星に強制転移させれば、生物としての心臓も魔素で作った心臓も両方止まる。また、ありとあらゆる生物から能力を略奪する事が出来るなら、生物ではない物で彼を殺せばいい。ベルアルは一晩考えた後、汎用型第3世代のエインヘリアルの技術を公開し、各国で略奪の魔王に対抗するべきだと考えた。本当は北星領に何の影響もない今、放置でも良かったが、このまま放置し続けて後々面倒ごとになっても困る。汎用型第3世代のエインヘリアルならば、既に思考操作が実現しており、なおかつ一番操縦者への精神的負担が少ない世代のため、他の王国達に技術を広めても何の問題もない。エインヘリアルと言う技術もいつまでも封鎖できるとも限らないし、下手な旧式のデータを盗まれるくらいなら、先に公開してしまおう。
その日、北星領から手紙と設計図を持ったエインヘリアルが各国に飛んでいった。
ミナト領には銃火器装備が可能な軍用汎用エインヘリアル
南国には強力な魔法行使が可能な魔術師型の汎用エインヘリアル
東部王国には刀剣を使う近接型の汎用エインヘリアル
彼らが分解研究できるように2機自動飛行でそれぞれ送っており、同時にベルクには彼の専用機に一番近い汎用型エインヘリアルを3機、遠隔操作で独立貴族領に向かわせている。
「間に合うか?」
遠隔操作機に乗ってリンクしているベルクを除き、他のメンバーはモニターに映し出された映像を見ていた。べオスの専用型エインヘリアルはあまり戦闘には向いておらず、主に思考能力と思考速度、そして知力を上昇させるタイプのため、あまり戦闘型の事は詳しくなかった。
「いやぁ、ギリギリぽいっす」
更に広くなった北星領から飛んでいくと考えると、流石の汎用型エインヘリアルもテレポートは使えず、長い道のりを飛行するしかなかった。独立貴族領までは早くても4時間。飛行型ならもっと早くたどり着けるが、今回は強敵との戦闘もあるため、飛行型ではなく戦闘型にした。
3時間50分後、少し早めについたが、既に独立貴族領はボロボロになっており、南国からの支援兵士も数人見られるが、ほぼ全員動かなくなっている。また、空中から観察するに、貴族紋章を付けておきながら既に魔王側に寝返った貴族もおり、催眠術や魅了などの状態異常に掛かっていると思いきや、スキルで<鑑定>してもなんらおかしい点は見つからず、シンプルに寝返ったようだ。
「構わんベルク、殲滅しろ、一人残らずだ」
「はっ」
ベルクはセーフティを解除し、汎用エインヘリアルの戦闘制限を全て解除した。




